第39話 旅立ち(稲森君の過去)
後日、惠の告別式や納骨が終わると僕は部屋の中に引き篭もってリグレットのギルド運営に熱中した。現実世界での関係を誰とも持たず、ただただ過ぎ去っていく時間を費やしていく。
「(僕はこれからどうしたらいい……?)」
恵に渡すはずだったペンダントを見ながら問いを投げかけてもその問いには誰も答えてくれない。自分が少しずつおかしくなっていく感覚を感じながら一日、一日を過ごしていく。そんなある日の夜、父さんが僕を呼び出した。
「優、急な話だが5日後に遠い街へ引っ越すことになった。もう少し心の整理がついてからとも思ったんだが、許して欲しい」
「……。もし、行かないといったら?」
「優……ふざけるのもいい加減にしろ! もう、前を向け!」
「前なら向いてるよ。復讐をしたんだから」
「お前な……! 自分のやったこと、きちんと分かってるのか!? マスコミを巻き込んで一人の人生を完全にダメにしたんだぞ! 恵ちゃんがそんなことを望んだと思うのか?」
「っ……! そんなこと……だって? 父さんに何がわかるって言うんだ! 父さんはいつだってそうだ! そうやって頭ごなしに怒って、勝手に物事を決めて、こっちのことなんて何も、微塵も考えてないじゃないか!!」
「……! 父さんは、お前が心配だから言っているんだ! 母さんもお前には一からやり直してほしいと思ってるんだぞ!」
正直、怒りは治まらない。僕にとって恵が大切な存在だった。それを奪われて復讐したことが『間違いだ』と否定されたことが何よりも許せなかった。
「(僕にとって恵は――すべてだったんだ。もういい。もういいや……誰にも理解されなくたって……)」
売り言葉に買い言葉。涙を流しながら僕は静かに口を開いた。
「ごめん、言い過ぎた……。引越し用のダンボール、僕の部屋の前に置いておいて」
そう一言だけ言ってリビングを出た僕はまだ一向に整理がつきそうにない心と共に眠れぬ一夜を過ごしたのだった。引越しの話が出た翌日からは多忙を極めた日々が続いた。突如、決まった引越しの荷詰めと『松村学園』の編入試験に追われ、慌しい一週間が過ぎ去って行った。
そして、引越しの当日。
引越し業者が荷物を次々と運び出し、トラックが出て行く。
長年、慣れ親しんだこの家ともお別れの時を迎えていた。
玄関先で家を見つめてみれば家族で過ごした多くの思い出と共に『恵との思い出』が重なり、心を掠めていく。
「どれもこれも、忘れたくない思い出だな」
「いよいよお前との腐れ縁もここまでか。残念だよ、優輝」
「ん?」
不意に掛けられた声に振り返れればそこには綾斗と野川さんの姿があった。
僕は悲しみをひた隠すように手を上げていつも通りに振舞う。
「綾斗か。ああ、本当にそうだな。これでお前ともお別れだな。野川さんも悪いな、わざわざ、見送りにきてくれて」
「いえ、そんなことは……」
野川さんは恵の死の一件を引きずっているのだろう。今までの明るさは無く、やつれた様な表情で目を伏せる。その視線に気付いたのか、綾斗がカバーするようにしゃべり始める。
「まぁ……その、なんだ? 優輝、寂しくなったら電話よこせよ? いつでも話し相手くらいにはなってやるからよ。だから、あっちでも頑張れ」
「ああ。ありがとうな。お前らも元気で」
そう軽く交わして父の乗る車に乗り込もうとしたが、野川さんがそれを阻止するように僕の手を掴んだ。振り返ってみれば彼女は大粒の涙を流していた。
「ごめんなさい……私が買い物になんて稲森君を誘ったから……恵ちゃんが……」
「野川さん。あれは君のせいじゃない。約束をOKしたのも僕だし、恵を守れなかったのも僕の責任だ。だから、野川さんが気に病むことじゃない」
「でも……でもっ……!」
野川さんは泣き崩れてしまい、僕は彼女を抱えながら地面に膝をついて言った。
「そこまで悲しんでくれるのなら恵の分も生きてあげて欲しい。あいつさ、自分よりも他人が傷つくのが嫌いなんだよ。だから、前を向いて生きてくれ――あとは任せたぞ。二人とも幸せになれよ」
僕は綾斗に視線を送りながら、そういい残して二人の元を離れて街を後にした。




