第38話 終焉 (稲森君の過去)
リグレットの公式オンライン大会、日本一を決める決勝トーナメント。
その決勝戦が今にも始まろうとしていた。公式大会ということもあり、実況が全国に向けてその熱を伝えようとイベントを盛り上げる。
「さぁ! 今回の公式オンライン大会も遂に決勝戦です。決勝のカードは順調に勝ち上がってきた前年度、突如現れた新星『レギレスタ』と――最も古参勢が多く在籍している『ルテリコ』です。どのような試合になるのでしょうか?」
「実に楽しみなカードですね。……ですが、最新の情報によりますとレギレスタのリーダー、セシル選手が決勝のスタメンにも上がっていませんね。コメント欄では、どよめきが上がっています。一部のセシルファンからは『ルテリコに敵なんていないから出て来ないんじゃないか』などという話も上がっていますね」
「まぁ、セシル選手は前年度、ルテリコをボコボコにしましたし、それだけ実力ある選手ですから割と正しい説なのかもしれません。ルテリコ側はこの煽りとも取れる行動に一矢報いていけるのでしょうか、まもなく試合開始です!」
動画サイトから流れてくる映像とアナウンスをチラッと頭に流し入れつつ、僕はクランメンバーに声を掛ける。
「さぁ、二日間にわたる戦いもこれで最後だ。一瞬でカタをつけるぞ。僕たちには覚悟がある。格の違いを見せつけよう。すべてはセシルのために――」
「おぅ!」
「やってやろうぜ、参謀」
セシルが居ない試合を強いられるにも関わらず、異様にクラン内の士気が高い。
その理由は時を戻すこと今から1日前――。
僕はレギレスタのメンバー達を集め、セシルが辿ってきた人生とその終焉の結末を伝えた。最初は『そんな事、どうでもいい。リアルを持ち込むな』と言われてしまうのではないかと内心、不安だったが、彼らは一様に『許せない』とか『そんなのってないだろ』と共感してくれた。
でも、それにはそもそも大きなワケがあった。
惠は『レギレスタ』を構成する数百人のメンバー全員と交流を持っていたのだ。
そして、セシルはみんなにこう言っていたそうだ。
「もし、ゲームだけじゃなくてリアルの悩みがあったら話を聞くよ」と。
「私に何ができるか分からないけど、ゲームの中でなら皆、家族だから」と。
だから、こんなにも連帯感があって負けないクランが――そして、こうも和やかで笑い合うクランが作られていたのだ。
「本当に惠……お前はすげぇーよ。仇は必ず、みんなで取るからな」
そして、ついに試合がスタートする。試合の形式は殲滅戦、フラッグ戦、攻城戦に分かれるが、レギレスタは各ジャンルで圧倒的な強さを見せる。
「さぁ、レギレスタが正面突破を見せる! ルテリコは防衛に回る! おっと、ここでレギレスタが中央の選手が一枚、二枚抜く! それに合わせて後方からプッシュ! 挟撃が決まった!! これは勝負ありだっ! ルテリコ、逃げられなぃ!」
「フラックを守るのは一人、ハインテット選手! それに対してルテリコは5人が攻撃を――おっと、ここで罠がさく裂した! すぐにカバーが入るが、ハインテット選手が一気に二人をノックダウン! それでも3対1! ここでハインテット、フラッシュ弾で視界を遮る! 高速移動で視界外からの攻撃だ!! まさかのワンファイブクラッチ!! ルテリコ全滅だぁ!!」
「さぁ、攻城戦! レギレスタが難なく城門を突破! ルテリコは前線から一気に人員を引かせる! レギレスタはこのまま正面から攻め……ないぞぉ? なんだ? レギレスタはメンバーが集まって来る? これは大技か!! メンバーのMPを使って一気に城ごとプレイヤーを削ったぁ!! エリアキル! 勝負ありだぁ!!」
コメントがわぁーっと大歓声のようにひしめき合いながら流れていく。
それは僕たちレギレスタが公式大会で優勝した瞬間だった。そして、その表彰とインタビューはリグレットのサーバー内で行われる。
「時間がない。急がないと――」
僕はクランメンバーすべてにサーバーへの集結を命じ、製造したゲーム会社の会長と解説、実況を除く、3名以外はレギレスタのプレイヤーで埋め尽くされる。
「すごいメンバーの数ですね。それにみな、一様に綺麗に整列しています。……ですが、これは――」
「準優勝したルテリコのメンバーが入って来れません。あっ、今、情報が入りました。このまま? 続行してほしいとルテリコ側から話が出たようですね。運営は――OKだそうです。はい。それでは表彰式へと……参りましょう、か?」
過去に類を見ない事態に実況席は混乱を極めている。それも当然だ。本来、選手しか知らない部屋に入ることができるわけがない。そう、内部にいる選手が部屋に入るためのワールドコードとパスワードをリークしない限りは――。
「それでは表彰式です。今、レギレスタの副リーダーを務めるハインテット選手に優勝トロフィーが授与されました。このトロフィーはクラン拠点に飾ることができる品です。栄光に輝いたクランだけが手にできるトロフィは実に輝かしいですね」
トロフィーの横でお辞儀するエモートを取ってみせるとコメント欄が盛り上がりを見せる。配信サイトの視聴者カウンターがみるみる上がっていく。いよいよすべてに終焉をもたらす時が来た。
「それでは勝利者インタビューに参りましょう。レギレスタのハインテット選手です! 優勝おめでとうございます! ハインテット選手。今のお気持ちをお聞かせください。また重大な発表があると聞いているのですが――」
「(恵……今こそ長かった戦いに、お前が終わらせられなかった戦いに『僕たち』が終止符を打つよ)」
「あの、ハインテット選手?」
「我がレギレスタ、永遠のリーダー、セシルに黙とう!!」
僕は予定した通り、初めの言葉を噛みしめるように声を上げた。それと同時に500人近い人間が跪くエモートを取る。厳粛とも言える空気に誰もが息をのむ。
「……ご協力ありがとうございます。これでセシルも――いえ、皆川恵の人生も報われたと思います」
ゆっくりと刻みつけるように喋る。実況は「こいつ、何を言ってんだ」というような感じをかもし出している。
「え、えっと……あはは。セシル選手もこの中継をご覧になっているということ……なのでしょうかね?」
「ええ。きっと見てくれているはずです。ですが、もう彼女――セシルこと、皆川恵はこの世にはいません。昨日、現実世界で『佐藤優衣』という少女からのいじめに遭い、自殺してしまいました。僕はセシルの隣にいれたことを誇りに思いますし、この公式大会、優勝の栄光を得れたことをうれしく思います。しかし、レギレスタのリーダー、セシルはこの名誉を受け取ることができませんでした」
「そう……なんですね? ええではいったん――」
終わらせない。絶対に――。
この復讐はもう止めさせない。
「会長っ!! メールを確認していただけませんか? セシルにとってこの『リグレット』はよりどころであり、支えだった!! 運営には深く感謝しているんです! だから、どうか僕たちの、レギレスタの思いを叶えてほしいんです!! 最悪、うちは――『レギレスタ』はそれさえ飲まれればシード権を破棄されても構わない!! これはクラン『レギレスタ』、メンバー全員の総意です!!」
僕の言葉を最後に会長はしばらく黙ったままだった。
僕が送ったメールには『恵の葬儀会場の住所をこの場で公表させてほしい』という文面が書かれている。そう簡単に決断できるわけがない。
「ハインテット君、申し訳ないが、これは個人情報だ。公開する訳にはいかない」
「(くっ……何をいまさら『個人情報』だ……この分からず屋が!)」
思わず、グッと手に力が入る。しかし、もうすでに目標は達成できた。
今のご時世、ネットゲーム社会での『死』はネット民にとっては格好のネタだ。
そして、『昨日死んだという事実』と『皆川恵』、『佐藤優衣』という名前から《《マスコミ》》が嗅ぎつけるのも時間の問題だ。
――そう、僕が集めたのは『ゲームの雑誌社』だけじゃない。
「そうですか……。会長の判断ならば、仕方ないですね」
「……。だが、その代わりにうちの会社に献花台を設けることにしよう。リグレットをこよなく愛し、若く散ってしまった命に我々も誠意を見せようじゃないか」
会長はそう明言して見せた。しかし、この言動は世間からバッシングを食らう可能性すら帯びている。実況は慌てて口を挟む。
「か、会長! そんなことしたら――!」
「あくまでこれは私とハインテット選手が主催するセシル選手の献花台だ、会社には迷惑はかけないし、経費も使わんから安心したまえ。ハインテット選手もそれでいいな?」
「は、はい。ありがとうございます」
「よし。この放送を見ている諸君、明日9時からわが社の前にある広場で本大会、優勝を飾ったレギレスタのリーダー、セシル選手に対する献花を実施する。以上だ」
「それでは一旦、インターバル。休憩に入ります」
その言葉を最後にいったん、放送の幕が降りた。
それと同時にスマホが鳴り響く。それは全く知らない電話番号からでタイミング的にマスコミ関係者からだろうかと思いながら電話に出る。すると電話越しに中年男性の透き通った声が聞こえきた。
「ったく、やられたよ。ハインテット君」
「その声……あなた、会長ですか?」
「ああ、あたりだ。私も君に一杯、喰わされたよ。まさかゲーム雑誌だけでなく、週刊誌やテレビ局各社にすら情報を流しているとは……そこまでして一体、何をしたいんだ?」
「僕はセシルを追い詰めた犯人への糾弾をしたかっただけです」
「はっ……それは自己満足だというものだよ。ワイドショーでセシル選手が叩かれる可能性だってあるし、君だって叩かれかねない」
「そうかもしれません。でも、これで恵を追い詰めたやつが地の底に落ちてくれるのなら僕に後悔はありません。それに御社にも少なからずメリットはあるはずですよ」
「まぁ……宣伝という意味ではな。老婆心だが、そんな青臭い正義感は捨てた方がいい。嫌いじゃないが、社会じゃ通用しないぞ、少年」
そこでブツッと通話は切れた。
その夜、一夜にしてSNSでもその話が持ち上がり、ゲーム雑誌を飛び越えて週刊誌も一連の事件を追い、掘り下げ始めた。翌日以降のテレビでは『少女A、悲劇の末路』。『救えた命はなぜ、絶たれた?』など多くの見出しが付いてワイドショー番組が流れ、僕をはじめとしたレギレスタのメンバーによる献花シーンが世間をにぎわせた。
「もうやめてください。私はいじめてません。●●君のことが好きだっただけで」
マスコミの捜査力はやはり、侮れない。佐藤優衣が言い逃れをする様子が報道されると一斉に『三角関係』を疑う記事が流れた。しかし、すぐに僕はそれを全否定し、スマホの履歴を公開。すると、マスコミは『B少女の歪んだ愛情がいじめの原因か』などと報道し、多くの人を巻き込んだ渦になっていった。
ネットでは恵を追い詰めた少女として不特定多数の人間が佐藤優衣の写真を掲載し、彼女の人生は致命的なほどに終わっていった。
「自業自得だ」
部屋で記事や報道の動画を見ながらそう呟くが、復讐を果たしたのに未だに心が満たされない。まるで心に穴が開いたようなままだった。




