第37話 導火線(稲森君の過去)
いつも会おうと思えば、会える距離に居た恵がこの世から居なくなった。
その事実は僕に立ち上がれないほどの痛みと傷を残していた。
もし、昨日のうちに電話を掛けていれば――。
もし、僕が直接、会いに行って話を聞いて居れば――。
こんな最悪な事態は防げたかもしれない。いろいろな思いが駆けまわっていく。
そんな中、不意に恵のスマホが鳴り響いた。
「電話……? 一体、誰から……」
恵の父親は、不登校の娘に電話が掛かってくるなんて僕だけだと思っていたんだろう。訝しげにその表示を眺める。発信元は見えなくとも『レギレスタ』の中核を担っている幹部連中だろうことは想像がついた。
なにせ、今日の夜は皮肉にもクラン戦の全国大会、当日だったのだから――。
「……貸して頂いてもいいですか? 僕も良く知っている人間だと思うので……どうか、どうかお願いします」
「優、それは……」
「いや、いいんです。娘の事で優輝君には感謝していますから……」
涙を流しながら必死に訴える姿に恵の父親も心が揺らいのか、僕にスマホを渡してくれた。通話ボタンを押すと電話先から「ようやく出たか」と言わんばかりの聞きなれた太い声が矢継ぎ早に聞こえ始める。
「セシル! お前、何やってんだ!? ハインテットの奴も来ないし! クラン戦の前にミーティングするって言ったのはお前だろ! モタモタしてるとクラン戦、始まっちまうぞ!?」
「メルミルさん……ハインテットです」
「はあっ!? なんでお前がセシルのスマホに出るんだよ? それより――」
「セシルが……リアルで死にました」
「っ……!?」
メルミルはその事実を聞き、思わず押し黙る。
少しの沈黙の後、酷く冷静な声が響く。
「……本当、なんだな?」
「嘘を言って何が、どうなるって言うんだっ……!!」
「そう、だよな。すまん……」
感情が高ぶった声が部屋に響く。
それでも俺たちは家族だった。仮に戸籍に無くても、オンライン上で繋がっただけの薄っぺらい関係だったとしても俺らだけは――。
「ハインテット。状況は分かった。クラン戦のことは考えなくていい。俺たちだけで何とかする。だからお前はセシルの傍に居てやってくれ」
「……それじゃあ、切ります」
「ハインテット! その、待ってくれ……」
メルミルは言い淀んだものの、決意を決めるように言った。
「……まさか、セシルは自殺したんじゃないよな?」
「なんでそんなことを聞く……?」
「いや……お前には言うなってセシルの奴が言っていたんだけど……セシルの奴、同級生からのメッセージで悩んでいるって言ってたから……もしかしてって――」
「メルミル、それはいつの話だ!!」
そんな話を初めて聞いた僕は思わず、声を荒げる。
「確か1ヶ月くらい前の話だ。俺はそんなの気にするなって、ブロックしとけって言ってたんだ」
全く知らないところで恵は何かを抱えていたことを知って唖然としつつ、メルミルが僕に伝えてくれていたらという怒りが湧いてくる。たが、怒ったところで恵が帰ってくるわけでもない。ぐっと堪えて酷く冷静な声で口を開く。
「……大丈夫だ。リアルの事はあんたのせいじゃないし、自殺でもない。だから、今は大会に集中してくれ。それがいかに難しいことか僕も分かってる。でも、これがセシルの名を刻む最後の戦いになるんだ。だから頼む……。必ず勝ってくれ」
「……わかった。クラン戦は何が何でもトップを守るって約束する。俺たち『レギレスタ』のリーダー、セシルのためにな」
「ああ、頼んだぞ……」
僕はそう言い残し、スッと通話を切った。
同時に心の内側から悲しみと怒りがフツフツと沸き上がる。
「(恵。ごめんな、最初に謝っとくぞ……。スマホの中身を勝手に見るのはいけないことだって分かってる。でも、僕はお前がなんで死んだのか、真実が知りたい。許してくれ)」
恵とはもう何年も一緒に過ごしてきた仲だ。だから、パスロックの解除番号が『1123』――誕生日であることくらいは分かっていた。
素早くロック画面を解除した僕は常日頃、恵と良く使っていたメッセージアプリを開いた。そこには数知れぬクランメンバーとのやり取りが記されて居たが、見覚えのある名前が一番、先頭に来ていた。
「(これは優衣の裏垢……!? あいつがなんで恵のアカウントに接触して――最後の履歴が昨日……?)」
この時点で既に嫌な予感がしていた。恐る恐るチャット欄をタップするとそこには僕と野川さんが二日前、話している様子や昨日、ショッピングモールで買い物をしている時に隠し撮られたであろう写真と共に『恵が邪魔』だと言わんばかりの文字が書き連ねられていた。
『優輝君は野川さんとデートするんだってよ? ブスでゴミみたいなアンタのことなんか、微塵も考えてない。それにこの前さ、優輝君が言ってたよ。「マジで恵はめんどくさい奴だ」ってね。記録会のタイムも伸びなくて悩んでるの、あんた知ってる?? 本当にさ、あんた生きている意味無いんじゃないの? 早くこの世から居なくなりなよ。死ね、死ね。早く死ね』
「優? 聞いているの? いい加減にスマホをご家族に――」
「こんなこと僕は言ってない! こんなの見たら……恵は……」
引き篭もりだった恵の唯一の話し相手だったはずの人間であり、何より思いを寄せていた思い人からの裏切り。それは恵が自殺するに足る理由だった。
僕はこの『自殺の真実』を知ってその場に崩れ落ちた。
今まで必死になって恵を守ってきたつもりだった。
でも、何も知らなかったのは僕の方で、自殺の兆候にも気づけなかった。
「恵が死んだ訳が……分かりました……。全て、すべて僕のせいです。僕が、僕がもっと、もっとしっかりしていれば……」
「こ、これは……!」
僕の握っていたスマホの中を見た恵の父親は手を震えさせる。そして、目から涙を零しながら僕の隣にゆっくりと座り、僕の肩に手を置いた。
「優輝君、決して君のせいじゃない。……君は私たち以上に恵に寄り添ってくれた。それは私達が良くわかってるし、もちろん、こんな事を言わないことも知っている。だから、そんなに自分を責めないでくれ」
「でも、僕は恵の事を守れなかった。すみません。本当に、本当にごめんなさい」
「……頭を下げるなんてやめてくれ。私たちが責めるとしたら、こんなモノを送ってきたコイツと私たちの力の無さだけだ……」
その場で恵の両親と共に泣き続けたが、僕の母さんは事態を重く見たのかこの場に居続ける事を良しとしなかった。
「優、そろそろ……ほら」
「優輝君が良ければ泊まって行って貰っても――」
「いえ。お言葉はありがたいですが、恵さんとの残された時間はご家族で……」
母に続くように頭を下げ、恵の家を後にした僕は怒りを抑えきれなかった。
「許さない……。あいつだけは――この手で殺してやる」
家に戻った僕は復讐心に憑りつかれるように両親が寝静まった頃を見計らって台所で包丁を手に取った。闇夜に照らされた刃がぎらつく。だが、そこで僕の手はピタッと止まった。
「そっか、そうだよなぁ……殺すなんて生ぬるい。恵は生きる場も失って孤独に苛まれて死んだんだ。どれだけ苦しくて、せつなくて痛かったか……あいつを徹底的に破滅させなきゃ、恵が浮かばれないじゃないか――報われなさすぎる」
そう決断した時点で僕はナイフを置き、行動を起こした。
スマホを取り出し、メルミルに電話を掛ける。
「……ハインテットです。今からクラン戦に合流します」
「お、お前、大丈夫なのか? こんな時にゲームなんか――」
「考えが変わったんですよ……こんな時だからこそ、やらなくちゃならない。あいつはリアルで自殺した。いや、させられたんだから」
「……やっぱり自殺、だったんだな。すまない、俺がお前に――」
「そんな事はこの際、どうだっていい! あんたの力が今、僕には必要だ。セシルに悪いって思うなら僕に力を貸してほしい。復讐のために――」
「復讐? お前、何を言ってるんだ?」
「リアルで殺したくらいでレギレスタの恵が死ぬわけじゃない。元凶にすべてを償わせてやるんだ。つまり、仮想空間からリアルの人物に復讐するんだよ」
「お前、大丈夫か? ゲームで復讐? いかれてる……」
そんなメルミルの言葉に僕は一度、目を閉じた。
「イカれてる……か。それが? 僕にはもう何も失うモノなんて無いんだよ。僕はセシルが好きで、クランのみんなもセシルが大好きだった。それは変えようのない事実だし、今のレギレスタがあるのはセシルのおかげだ。今こそ、メンバーがセシルに恩を返す時なんだよ。端から理解されたいなんて思っちゃいないよ」
「……だけど、ゲームの中でセシルの『現実』に復讐なんて――」
「復讐なんて出来っこないって? できるさ、参謀を舐めるな」
その夜、僕はつながりのある各ゲーム雑誌会社に匿名で情報を流した。
大人気MMORPG『リグレット』で『レギレスタ』が公式大会で優勝したならば、その時は非常に重大な告知をすると――。




