第35話 シグナル(稲森君の過去)
僕はショッピングモールから家に戻ってきてからすぐに仮眠を取った。それもひとえに、明日の全国大会に向けて準備と練習を進めなければならなかったからだ。
「ええっと、HPとMPのポーションの調達。明日のポジション決め。それからクランメンバーの状況確認に、大会関係者との打ち合わせだろう――?」
そんなクソ忙しい中、スマホが振動する。
ゲーム画面から目線を外し、スマホの画面を見るとメルミルからの着信だった。左手で通話をオンにすると太い男の声が響く。
「よう。ハインテット」
「なんだ? こっちは手が離せない」
「忙しい時に悪い。でも緊急事態だ。セシルがメンバーを怒鳴りつけたらしい」
「馬鹿たれ、明日は大会だぞ? いくらシード権を持っているとはいえ、ピリピリするのは当然だろ? セシルは頭ごなしに怒る奴じゃない。きっとそのメンバーがヘマをやらかしただけだろ」
「いいや、違う。そのメンバーはウチの『一軍のメンバー』だぞ? そんなチンケなミスをするやつじゃない。それに、そいつが送ってきた動画を見たが、明らかに動きが悪かったのはセシルの奴だった。それなのに『動きが悪い』ってオープンチャットで糾弾したらしいんだ」
「マジか、よりによってこのタイミングで……その動画、僕にも見せてくれ」
メルミルから送られてきた動画を見てみるとセシルの動きが遅れていて、全体の連携が崩れているのは一目瞭然だった。
「なるほど……こりゃあ、あまりいい感じじゃないな」
「ああ。糾弾された奴は自分が怒られたことよりもその時、その場に居たメンバー同様に明日の大会を心配している。ハインテット、悪いが、お前からセシルに探りを入れてくれないか?]
「了解。対応するよ。じゃあ。切るぞ」
通話を切ってからしばらく手を止めて考えを巡らせる。こういう事は月に1、2回は起こる。恵がそんな状態になる時は大抵、親との口喧嘩が原因だ。今年に入ってからは特に多い。
「でも、まぁ……無理も無いか。恵の留年は確定しているけど、退学の規定にも当てはまって来るから親と揉める率が高くなってるんだ。……できれば避けたかったけど、そろそろ『これ』を恵の家に持っていくべきかもな」
静かに机の引き出しを開けて目線を落とす。そこには通信制で通える高校の資料がドッサリ詰まっている。恵の今後を考えれば転入学という選択肢もある。折を見て僕から薦めようと思っていた。
「まぁ……でも、どうあれ今はゲームの問題を何とかしないとな」
右手でマウスを操りながら左手で恵へ電話を掛ける。
「もしもし……何……?」
「……。恵、明日の為に腕を慣らしておきたいんだ。今から一緒にクエストに付き合ってくれないか? 今、パーティーの申請を送った」
「……わかった」
最初の一言目で何か良くないことが起こったのだと悟った僕はいつも通り、何も知らないように振舞いながら恵と共にボイスチャットをつけ、二人だけで高難易度クエストを始める。たが、やはり恵の動きがおかしい。
『恵、大技が来るぞ!』
『えっ!? あっ……!』
見慣れているはずの敵の大攻撃を何度も食らう。僕は必死に声を掛けながら惠の支援をしつつ、無事にクエストを終える。こんな様子を見れば惠がいかに不調な状態であるのか聞くまでもなくよく分かる。
「恵、本当に大丈夫か? 今日は動きが悪いし、どこかボーっとしてるような感じだったぞ?」
「……うるさい、黙って! 優輝がもっと敵の注意を買ってくれていればこんなミスしなくても良かったんだからっ……!」
気に障ったのか恵は僕に喰って掛かる様に喋り出す。けれど、売り言葉を買うわけには行かない。僕は冷静に諭すように喋り出す。
「……あの大技はある程度の攻撃範囲まで下がらなければ打ってこない。それを知らないわけじゃないだろ? 気付いていないだけで無意識に下がってる。だけど、そんなミスをするほど《《セシルは弱くない》》。そうだろ?」
「っ……」
「なぁ……恵、リアルで何かあったのか?」
僕はゲームのリザルト画面を見つつ、確信を突くように話を切り出す。しかし、しばらくの間、惠は黙ったままだった。
「恵?」
「ううん。何もない。ただ、大会の前でちょっとピリピリしてて緊張してるだけ」
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん……気を使ってくれてありがとう。優輝こそ、大丈夫?」
「大丈夫って何が?」
「あっ……いや、陸部の練習。今なんか特にゲームに勉強、それに部活なんていう、一番きつい時期でしょう? だから――」
「バーカ。んなことどうだっていいよ。そんな事より僕は恵とゲームしている方が楽しいんだからさ?」
「そう、そっか……。やっぱり私って本当にダメだね? 優輝に頼りっきりでさ」
「ダメなんかじゃない。僕から見たら惠ってめっちゃくちゃ、凄いやつだと思うよ?俺が作った弱小クランをここまで成長させて日本一にしたんだから。明日だって大勢の人がセシルの活躍に期待してる」
「……うん。そうだよね。今日はちょっと頭を冷やしたいからもう寝るね? こんなんじゃ明日の大会、勝てないから……バイバイ」
「……。うん、おやすみ」
まるで消えゆく火のように小さな声でつぶやいた惠はそう言い残してログアウトして行った。PCの横に置かれたスマホに目線を向けるが、今の恵に電話をしても追い打ちをかけるだけで悪いことにしかならないと思った僕は目線をゲームへと戻した。
「このリグレットの世界だけは恵のために守り抜かないといけないんだ」
僕は心にそう言い聞かせてクランの運営に奔走するのだった、




