第31話 隠された命令
リリーが魔物の攻撃で意識を失ってから三日が経過した。
私とライザちゃんが日中と夜で代わるがわる彼女が目覚める時を隣で待ち続け、リリーが居ない間にレベルの上昇に伴って老朽化した武器を購入したり、生活基盤を安定させたりする為に簡単なクエストをこなして過ごしていた。
「っ……ん? あれ……わたし眠って――」
冒険から帰ってきてからベッドの横でずっと寄り添っていたこともあってか私はいつの間に眠っていたらしく、何かが動いた感覚で目が覚めた。顔を上げて見ればそこには体を起こしているリリーの姿があった。
「り、リリー……!! 良かった、よかったよ……。体は痛くない?」
私はとにかく、喜びと悲しみからリリーの体に抱きついて体を摩る。
そんな私の行動に反してリリーの体はガタガタと震えていた。
「ぁ……ごめん。ど、どこか痛い……?」
「い、いえ……ただ……ただ、ううっ――」
リリーはぐっと私に強くしがみ付いて声をあげながら子どもらしく、涙を流す。
死ぬかもしれない経験をしたのだ。恐怖が纏わりつくことは普通だろう。
「リリー、ごめん、私を庇ったばっかりに……もう大丈夫……大丈夫だよ? 私が居るから……。リリーが無事で本当に良かったぁ……」
だから、可能な限り恐怖をやわらげれるように優しくリリーを包み込み、互いの存在を感じ合う。時間は掛かるかもしれないけど、すこしずつ前に向かって行けばいい。
「――ミユさんは……ミユさんのことは……信じて……いいんですよね……?」
ぐすりと鼻を鳴らしながら怖いものを見るように私へそんな事を言う。
私はリリーの理解者になりたいと思っているし、そもそも私たちは仲間だ。
「うん。大丈夫。私も稲森君も全員、リリーの仲間だからね」
「っ……! ちがう……ちがうんです」
「え? 違うって……何が?」
リリーはそう言うと私に抱きついたまま、大粒の涙を流し続ける。
あまりに突然のことに私はどうしたら良いのか分からず、とにかくリリーを落ち着かせようと彼女の体を摩り続ける。でも、何かがおかしい。
「私……わたし、もう……死にたくないっ……」
「ぁ……。もう大丈夫だよ? 魔物はいないし――」
「マスターに殺されちゃう……また同じ目に遭いたく……ないっ……」
リリーが唐突に吐き出した言葉に私は固まる。彼女が言う『マスター』。
それはつまり、雇い主である稲森君だ。けれど、いまいち状況を掴み切れない。
「リリー? それ、どういうこと? 詳しく話してくれる?」
私の言葉に思わず、口を噤んでしまうリリーだったが、口から出てしまった思いはもう止められず、意を決して言い放つ。
「マスターは……私に『ミユさんの盾になれ』って命令をしていたんです……」
「そんなっ……! じゃあ、リリーが私と魔物の間に飛び込んだのも――」
血の気が一気に退いていく。リリーは私の身代わりで斬られ、挙句の果てには死を彷徨っただけでなく、また同じ目に遭うかもしれないという恐怖を負っているということになる。その恐怖は計り知れない。
「っ……。リリー、ごめんね。私、そんなことになっているなんて気付かなくて……もう、大丈夫だから」
稲森君に対する怒りが沸々と沸き上がりながらも、私は自分を責めた。
最初から稲森君が『何かの目的』で奴隷契約を結んでいたことを知っていたのに、助けてくれる稲森君との関係性を崩したくない――そんな思いで目を瞑っていた。
それこそが問題だったんだ。
「心配しないで。……私が、私がもうそんなことを絶対にさせない。リリーを絶対に死なせたりなんてしないから。リリー、一緒に来て。稲森君と話そう」
「えっ……。いや、だめ! それは――」
「……言いたい事は分かるよ。でもね、私はこのままにしたくない。私はリリーの味方。だから絶対に、こんなことは許せないの」
私はリリーを守りたい。彼女は私よりも強いし、賢い。それにこれからの未来だってある子だ。私はそんなリリーの未来を奪う稲森君が許せない。
「っ……。ミユさん、やっぱり……やめましょう。こんな事を言ったら――」
「心配してくれるんだね? ありがとう。でも、見逃すことはしない……。こういう事に目を瞑ったら、また同じことになるから……」
「み、ミユさんっ……!」
私は半ば強引気味にリリーの手を引く。彼女は私と稲森君の関係を想ってか、私を止めようとする。それでも私は彼を探した。
――だって、私がここで黙って見逃したら、自分が置かれてきた環境を再現しているのとなんら、変わりが無くなってしまうからだ。
そして、シーラスの一階部分を覗き込むとそこには渦中の稲森君と由美子が居た。
二人は私たちの存在に気付くとにこやかな表情を浮かべる。
「あっ、リリーちゃん!? 良かった!! ようやく目が覚めたんだね――ってなんで、泣いて……? それに実結も怒……ってる?」
由美子は私たちの表情を見て何かを察したらしいが、もう私の感情は荒々しく吹きあがっていた。
「稲森君。リリーから全部、聞いたよ? リリーに『私の盾になれ』って言っていたってどういうこと……!?」
「は? ちょっと……え、さすがにそれは……後輩君、嘘でしょう?」
その場に居た彼は私たちの言葉に無言で目を俯かせる。
そして、稲森君が重苦しい腰を上げるように口を開く。
「――そうです。僕は先輩に万が一のことがあれば、リリーに楯になってもらうつもりでした」
「ふざけないで……! そんなこと、誰も頼んでないっ!」
私が目線を鋭くして稲森君に噛みつくと彼は感情を珍しく昂らせる。
「頼んでいようが居まいが! 僕は絶対に先輩を守る責任がある! でも、僕がいくら守ろうと思ってもこんな世界です、守り切れない場合だってある! だから……守ってくれる人材が必要だった! それがこの子だった。ただ、それだけです」
「守る……守る責任があるって、どうしてそこまでして……私を守ろうとする必要があるの? リリーの命を度外視してまで! 意味が、意味がわからないよ!」
ゲーム知識もゼロ。典型的な陰キャの私だ。
私にそこまでの価値があるとは到底思えない。
「それは……先輩が『恵』にそっくりだからですよ。もう、僕はあんなことだけは経験したくなかったんです!」
稲森君はストレートに、それでいて悲しそうに言葉を吐き出した。
「恵って……あの稲森君の友達が言っていた人の名前だよね? その人と私がどう関係してくるっていうの?」
「……関係ですか? それはありませんよ。どこにも……」
「なら――!」
「分かってる! 分かってるんですよ……。これが僕のエゴだっていう事も……全部、ぜんぶ分かっているんです」
事実がめくれて憔悴しきったような表情になった稲森君はうなだれるように言葉を吐く。だけど、私が求める答えは一向に返ってこない。
「意味が分からないよ……ちゃんと説明して」
「良い話じゃないとしてもですか」
「うん……当たり前だよ。リリーの命を弄んでいるんだよ!? 稲森君には説明する責任があるよ」
「わかりました。そこまで言うなら――」
それから稲森君は静かにテーブルの上に肘を付いて手を組み、昔の話をポツリ、ポツリと話始めたのだった。




