第29話 魔王軍の襲来
ビビッ、ビビッ――!!
ロミテックがバイブレーションのように振動を始め、画面が浮かび上がる。
そこには【緊急クエスト:魔王軍の襲来(エルンガルト王国)】と書かれている。
しかも、その画面は触れたわけではないにも関わらず、勝手に文字が視界中央部に展開される。
【クエスト達成条件:魔王軍の殲滅】
【クエスト失敗条件:転生者の全滅。または王城の陥落】
そして、手元には街の南側から無数の赤点がこちらに向かってくる様子が投影されている。これは間違いなく、魔物の大群を表しているに違いない。そうこうしているうちに街中ではカーン、カーンと甲高い警鐘が鳴り響き始めた。
「実結、後輩君っ! これって……」
「由美子先輩。落ち着いてください。これは……魔王軍が襲来してきた際に発生するイベントです」
「「――っ!!」」
「けど……こっちはまだ、転生して三日目だ。いくらなんでも早すぎるっ」
「おい、坊主! どうなっている!?」
稲森君が憤っているとジークさんとライザちゃんも只ならぬ事態を感じ取ってか、装備を身につけて私たちに合流する。
「魔王軍の襲撃です」
「なんだとっ……! つい、この前噂になった程度だぞ!?」
「もう、こうなった以上は仕方がありません。僕らも行きますよ、先輩」
「でも……それは危険なんじゃ――」
私の指摘に稲森君は一瞬だけ目を落とす。
それでも、彼は引く気はないようで私の目を射抜く。
「危険なのは承知の上です。ですが、選択の余地はありません。恐らく、今回の襲撃時期を考えると中堅の冒険者たちだけでは太刀打ちができない。この場所も、すぐに魔物で溢れることになります。――そうですよね、ジークさん?」
「――お前っていうやつは……。あぁ、そうだ。あいつらの手には負えん。ライザ、俺たちも出るぞ」
「イエス、マスター。仰せのままにっ!」
ジークさんは全てを見通したかのように私たちを先導し始める。
私たちが出た時には既に街の南側は炎が立ち込めており、南に向かえば向かう程、損害は増えていき、周囲に阿鼻叫喚の声が響く。
「死傷者をこっちに運べ! 死人はいい、生きている奴を優先だ」
「「――っ」」
「こいつはぁ……ひでぇな。ココも……ココもか。魔物どもはこれを見越して南側を狙ったんだろうな。坊主も嬢ちゃん達も覚悟を決めた方が良いぞ」
ジークさんは意味深に燃え盛る店の看板を指さす。看板の内容からして商業関連の建物が多い。食品や衣類、生活必需品の店が火に包まれている。それ故に火の手が回るのも早いようだ。
「でも、魔物は街に入っていないはず……入られていないのに、どうして火が――」
「後輩君ッ! 空を見て!!」
「――嘘だろ!」
由美子が叫ぶと同時に赤く燃え盛った火球らしきものが宙から降り注いでくる。
咄嗟に稲森君は軽快なステップから碧いエフェクトを伴った斬撃を空中に放つ。
斬撃が当たると同時に猛烈な熱がその場に降り注ぐ。
「ふぅ、ダメージは……無しか。それにしても投石器なんてモノが出てくるなんて……どうなっているんだ」
息を付いたのも束の間で、兵士が前方で声を上げてこっちに逃げてくる。
その後方から大きい蜂のような魔物が追って来る。
「フェイザービーストだぁ!! 弓兵をぉ――うわわあああ」
「くっ、行きますっ! 先輩たちは自分の身を――!」
「稲森君っ!」
「ったく、年長者として坊主ばっかに格好つけさせるわけにもいかんな。ライザ、こっちは頼んだぞ」
またしても、稲森君は剣を下段に構えて走って行き、その後ろをジークさんが追って行った。私は咄嗟に援護しようと弓をつがえて構えるが、昨日戦った魔物とは違い、飛行している魔物は動きが不規則で照準が絞れない。
「だめだ……撃てないっ……」
「――坊主、後ろだ!」
華麗なステップで次々に襲い来る魔物を斬り捨てる稲森君に対して、フェィザービーストは背中を襲おうとする。しかし、ギリギリのところで長剣を上段に構え、滑り込んだジークさんが斜めに斬り捨てた。
それでも、フェィザービーストの襲来は止まらない。
「ジークさん! まだまだ前方にいますよっ! あの羽虫ども!」
「これは捌き切れんぞ、全員で撤退だ。別ルートから外壁に向かおう」
「あ、ちょっと待って! あれって美咲たち……じゃない?」
前方で屯していたフェィザービーストが一斉に方向を変えて大人数の一団を襲い始めた。そこには確かに見覚えのある制服に身を包んだ人間たちが剣を振るっているのが見える。その様子にジークさんは静かに声を漏らす。
「あの数に囲まれたらいくら転生者とはいえ、助からないだろう、助けに行くなんて馬鹿なことは考えるなよ?」
「――それは無理な相談です。僕たちが助けますよ、絶対に」
「「えっ?」」
全員の視線が稲森君に向く。美咲たちを囲むフェィザービーストは少なくとも10匹以上だ。到底、殺しきれる訳が無い。
それにここで美咲が死んだって所詮は自業自得。
回り回った罰が跳ね返ってきたと思えばいい。私たちが助ける義理なんて――。
しかし、そんな闇に支配される私の心とは違って稲森君は反論を許す暇もなく、由美子に視線を向ける。
「長谷川先輩、確か――スキルの【居合の一撃】を獲得してますよね?」
「うん」
「なら、それと先輩の【疾風の一撃】を組み合わせて乱気流を起こしましょう。直接的にダメージが入るかはわかりませんが、理論上では確実に奴らを地面に堕とせます。落ちたらそこを僕とジークさんでとどめを刺せば――」
「お前ら本気か!? 本当に死ぬぞ!?」
「――らしくないじゃないですか、マスター」
ライザちゃんは剣を抜き、強かな笑みをジークさんに向ける。
それはいつも見ているライザちゃんの笑顔とは程遠い絶対零度の眼差しだ。
「私たちはいつだって切り抜けてきたはずですよ。武器で。何も変わりはしません。いつもどおりです。私たちの利益の為に」
凍てつくような言葉を吐きながらライザちゃんは自分の胸に手を押しあてる。それを見たジークさんは険しい視線になりながらも息を飲む。
「……確かに危険な策だ。だが、理には適っている」
「先輩たちもそれでいいですね? ――1回くらいあのバカ女に一泡吹かせてやりましょう」
確かにそれはさぞかし気分が良いだろう。
劣っていると思っているものに助けられるなんて美咲のプライドが許さないだろう。
「決まったな。一旦、女々しいことを言うのは辞めだ! 頼んだぞ、嬢ちゃん達」
私と由美子はお互いに頷き合って、すぐに武器へと手を掛けた。
そして、由美子の発動を待って私も【疾風の一撃】を放つ。
「行くよっ! 【居合の一撃】!」
「っ……【疾風の一撃】!」
横凪に放たれた青白いエフェクトと空気をストレートに割く弓矢の軌道が合わさってジャイロのような回転をしながら爆風をその場にまき散らし、吹き抜けていく。
その風の残像をなぞるように稲森君とジークさんが飛び込んでいき、再び飛び出す前にフェィザービーストを速やかに殲滅する。
「「はぁはぁ」」
「おめぇは……後輩じゃねぇか!」
「玲奈ぁ! 無事っ!?」
「由美子……それに実結たちまで……ちっ! なんでテメェらがここに!」
「――! 玲奈先輩、話は後です!」
稲森君がそう叫ぶと魔物の進軍を防ぐために降ろされていた防御壁が木っ端みじんに砕け散った。その入り口から魔物たちが大量になだれ込んでくる。その絶望にも等しい光景に美咲はプライドよりも生存を優先させ始める。
「も、もう先生! 私~こんなのに~この私たちが付き合う筋合いなんてないと思うからぁ~! 一緒に逃げましょう~!」
「そ、そうだなぁ……。こんなのと戦えと言っていた張本人も居ないしな? 俺たちの知る話か。俺は生徒第一だからな! よし、逃げるぞ!」
「お、おいっ! お前ら逃げるつもりか!」
「あははっ! 魔王軍だか、なんだか知らないけど~あとは実結たちで何とかしなさい~あははは!」
場違いにも程がある甲高い声が響き渡ると同時にクラスメイトたちは足早にその場を離れ始める。しかし、魔物の群れは既に私たちを捕捉している。
「くっ――このままだと街中に魔物が溢れる!! ここで止めないと!」
「こんな量……さすがに……私たちだけじゃ……」
「でも、やるしかないんですよ! 先輩! 僕らが守らなかったら何の関係もない人達が傷付く」
稲森君はそう言いながら近づく魔物の攻撃を体の動きでいなして斬り飛ばし、地面を滑走して襲来する魔物を斬り倒す。
「――それにこの戦いで負ければ王国は滅んでしまう! そうなったら獣人迫害主義の帝国に逃げるしかなくなるんです。これはリリーとライザのための戦いでもあるんですよ、先輩っ!」
「納得はできない。でも……【弓の境地】」
――私が大切だと思う者を守る。
いつの時代、どんな場面だって結果的に立ち向かう理由はそれで十分なんだ。
私はすぐに弓矢で魔物を倒し始める。それでも魔物数はドンドンと増えていく。
「リリーちゃん、危ないっ!」
「――っ! 由美子さん、ありがとう……ございます!」
「さすがにこの量は抑えきれない! このままだと囲まれる!」
「くっ――近づいて……こないでぇ! 【疾風の一撃】!」
少しでも魔物を遠ざけようと私はスキルを使ってけん制射撃を入れる。爆風が直線状に吹き抜け、魔物たちを吹き飛ばす。それも所詮は多少の時間稼ぎだ。形勢が変わるはずもない。
しかし、スキルの風が吹き抜けると同時にその場に居た魔物たちがピタリと動きを止める。あまりに突然の動きに私たちも戸惑いを隠せない。
「……? 急に……止まった?」
「――おいおい、嘘……だろ? なんでこのタイミングで出てくる!?」
そんな私たちを他所に稲森君は頭上を見上げて険しい視線を向ける。
その方向には『闇を彷彿とさせる黒い甲冑に身を包んだ騎士』と『鈍様な空をイメージさせる灰色の甲冑に身を包んだ騎士』が宙を跋扈してくるのが見えた。




