第27話 煮詰まり
「あの、実結……さん……」
私と由美子がじゃれ合っている最中、申し訳なさそうな目つきでリリーが私の服を引っ張る。遠慮したような様子から近くに居た由美子もリリーの顔を覗き込む。
「ん? リリーちゃんも寂しい? 混ぜてあげよっかぁ~?」
「あ、っ……。いや……えっと、そうじゃなくて……さっき取った……あれを」
少しモジモジしながら手の指を回したり、摩ったりしながら話すリリーを前に私は『あれ』の存在を思い出す。
「もしかして、あれって……木から取った果物のこと?」
「は、はい……あれを……その、頂いてもいい……ですか?」
リリーはやはり、私に対して未だ半信半疑のような態度を取る。
だけど、このお願いそのものを言い出したこと自体、相当の勇気を要したのだろうということは何となく察せた。
「ええっと……確か……これ、だよね? とりあえず、二つでいい?」
「はっ、はい! あ、ありがとうございますっ!!」
私がルフラスの実をロミテックから取り出してリリーに渡すとすぐに表情が明るくなり、周囲を見渡す。その視線の先にはテーブル清掃の為に出てきたライザちゃんに注がれており、軽快なステップで彼女に向かっていく。
「ラ、ライザちゃん!」
「ひゃえぃ!?」
「こ、これ……あげるっ!」
「え? これって……ルフラスの実? 私にくれるの?」
「うんっ! ライザちゃんもきっと好きだと思って!」
「あ、うん! ありがと! あとでいただくね? っ――?」
そして、ライザちゃんもまた同様にリリーから半身外しながら私の様子を伺うような視線を向けてくる。きっと、彼女は『私たちが何か意図をもってプレゼントを送らせた』と考えているのだろう。でなければ、わざわざそんな行動はとらないはずだ。
だから、わざと私はその場でルフラスの実を取り出して頬張り、彼女に声を掛ける。
「はむっ――ライザちゃん。実はこのルフラスの実なんだけど……あと37個あるんだ。もし、良かったら……もっと貰ってくれないかな? 多分、私たちが頑張っても10個を消費するのでやっとだと思うから……」
「……。そんなに……あるんですか? なら、ありがたく頂きます!」
ライザちゃんの反応にリリーは目をキラキラさせる。
しかし、当のライザちゃんは我に返ったかのように、じっとルフラスの実を見てから私を真剣に見つめてくる。そのあまりの表情に私は首を傾げる。
「……? ライザちゃん?」
「あぁ! ごめんなさい! その、実結さんは他に消費するアテが……あるのかなぁ~って思って」
「ううん……特には……」
私がそう答えるとすぐにライザちゃんはイチかバチかと言わんばかりに前に一歩、踏み込んでリリーを背後に隠す。
「実結さん、それ……良かったら全部、私に使わせてくれませんか? もし、必要とあれば代金もお支払いします」
「えっ……? このルフラスの実を?」
「はいっ……!」
「別にいいけど……。リリーはどうしたい? このルフラスの実はリリーのモノだから。リリーが決めていいよ?」
背後に隠されたリリーを覗くように聞くとライザちゃんの背中からヒョイっと怯えながら顔を出して小さく声を出す。
「……可能なら。……困らなければ……全部、あげたいです……」
「じゃあ、譲るね? ライザちゃん。代金も要らないから……」
「ありがとうございます! じゃあ、何か入れるモノを――」
ライザちゃんはルフラスの実を入れるためのカゴを用意し、その中に私は次々と放り込んでいく。全て詰め終わるとライザちゃんは興奮気味にカウンターへ出てきたジークさんの方へと駆け寄った。
「ジークさんっ、ジークさんっ! 厨房、借りて良いですか!?」
「お、おまっ……急にどうした? それにその実は?」
「今、実結さんとリリーちゃんからルフラスの実を貰ったんです! それで思ったんですけど、私たちに足りてないのは胃を掴むことだと思うんです!――だから、『ジャム』を作りますっ!」
「ほぉぉ? ははん、面白いじゃねぇか! やってみろ、チビ助!」
「イエス、マスター! ふふ、私たちの力を見せてやりますからぁ!」
ジークさんが厨房使用のゴーサインを出すとライザちゃんはリリーの手を掴む。
「実結さん! リリーちゃんを少し借りますねぇ!!」
「え? あ、うん……いいけど……?」
「え、え!? ちょ、ちょっと……ライザちゃん、どこに……!」
「いいから――付いてきて! 実結さんも良いって言ってるんだから!」
瞬く間にリリーを連れてライザちゃんは厨房へと消え去って行く。
そんな様子にジークさんは軽く「モノを壊すなよ」と言いつつもニンマリとした表情を浮かべる。私が見ていたことに気付くと慌てて彼は真面目そうな顔に戻して咳払いをした。
「……済まねぇな? あいつがリリーちゃんを連れ出して。でも、嬉しくってな? いつもライザの奴は人前で笑ってねぇんだ。それが、あんなに楽しそうにしているもんだからよ」
「……。仲良く……なれたらいいですよね」
彼は遠回しにライザちゃんが「表では仮面を被っている」と私に言いたかったのだろう。獣人の二人は辛く、苦しい生活を生き抜いて来た。それがリリーとの出会いによってライザちゃんの閉ざされた本来の心を少しずつ開かせ始めたのだろう。
「――大丈夫ですよ、先輩。あの二人は仲良くなります」
横で話を聞いていた稲森君は全てを見通すようにそう断言しきった。私も可能ならあの二人が仲良くなって親友になってくれたらと思う。けれど、それと同時に私たちと彼女たちとの関係は縮まるのだろうかと不安な考えも頭を過ってしまう。
「そうだね……。あの二人なら……仲良くなる」
「――はぁ、実結は分かりやすいなぁ? 行ってきなよ!」
「え……? どこに?」
「厨房に! 顔に『二人に混ざりたい』って書いてあるよ?」
「べ、別に私は……そんなこと……思ってなんて――」
さすが親友というべきだろうか。由美子は私の図星をピシャリと突いてくる。
しかも、私の性格を見越して逃げないように肩を掴んで覗き込んでくる。
「思っているでしょう? 実結って目先に何が何でも絶対に譲れない、やらなくちゃっていう事があるとグイグイ行くけど……『分かんない事』とか、『不安なことになる事』が少しでもあると、いつもやる前から『ダメになる』って考えて身を引いたり、止まっちゃったりするでしょう?」
「そ、そんなことは……」
「無いとは言わせないよ~? 実結と何年来の付き合いだと思ってんの。いい加減、この由美子先生も怒っちゃうぞぉ? ――ほぉら! 行った行ったぁ! ジークさん、実結も厨房にお邪魔するからね!」
由美子は強引にぐうの音も出ない私を立たせて厨房の方へ追いやり始める。
実際、自分でも分かっている。周り人間はいつも『人と人の関りは時間が解決する』なんて言うけど、あれは違うんだって。
――本当に解決するには一緒に体験や経験を共にすること。
それが出来なければ関係性を強めることなんてできない。
それは幸か、不幸か私が一番、良く知っている。
そして、それと同時に私が苦手としていることでもある。
「(……ここからどうやって会話の入り口を作ればいいのかな――?)」
「み、実結さん……!? な、なんでウチの厨房に?」
「ぁ……えっと……これは……」
ライザちゃんとリリーの視線が刺さって来る。
でも、私は痛いほど分かっている。長年、私は『虐げられる側』に居たのだから。
「そのっ……ジャム! 一緒に作ってみたくて――じゃないよね……。ううん、2人のこと……もっと知りたいの。ダメ、かな?」
言葉にまとまりが無くなって何を言いたいのか分からなくなる。
その恥ずかしさゆえに顔が一気に真っ赤になる感覚が込みあがってきて、逃げ出したくなる。そんな様子の私に二人は顔を見合わせて頷き合った。
「じゃあ、実結さん! 皮むきから一緒にやりましょう! この看板娘、ライザちゃん特製のジャムづくりを伝授してさしあげましょう! えへんっ! リリーちゃん、えいえいおーだよ! はい、えいえいおー!」
「お、おぅ~? その……ミユさん、頑張りましょう!」
「う、うんっ……ありがと、2人とも」
私の『仲良くなりたい』っていう思いが届いたかどうかは分からない。
けれど、少なからず二人は私を挟んでワヤワヤと話をしながらジャムづくりをスタートする。
「ほぉ~実結さんって案外、器用なんですね? この皮むきって結構、面倒なのにサクサクと進んでる」
「そう……かな? まぁ、お母さんしかいない家で育ったから包丁慣れしているだけ……じゃないかな? あんまり意識したことないけど……」
「実結さんは器用ですよ! リリーちゃんは……本当に大丈夫? 今朝のアレもあったのに……。うーん、しかも『ソレ』はぁ……」
「だ、大丈夫……です。あと、これは……ち、違うんです。うぅん……」
取って付けた理由を喋りながらリリーは震えた手で皮むきをする。そのせいかルフラスの実が歪な形になっていた。それでも、小さい手で必死にもがく姿が可愛くて思わず、笑ってしまう。
「ふふっ……」
「ううぅぅ……ミユさん、何も笑わなくても……」
「ごめん、頑張っているリリーが可愛くて。……でも、大丈夫だよ。私だって最初からうまく行ったことなんてないから……」
「そうそう! こういうのって練習あるのみですよね! ――んじゃあ、皮を剥いたらルフラスの実をいちょう切りにします。それから塩水に通して――その間にレモン汁と砂糖、少量のミカンを用意して鍋で煮込みますっ!」
リリーをなだめながら私たち三人は代わるがわる鍋番をしながら、グツグツと煮込んでいく。数分もすると厨房内には甘い香りが充満する。
「おいしそう……」
「ノンノン、リリーちゃん……これで終わりじゃないのよぉ~」
「え? そうは言っても水分はある程度、飛んだからジャムにはなっているよ?」
疑問を浮かべるリリーに同調するように私もライザちゃんに視線を向ける。
すると、彼女は厨房の一角から黄色い液体を取り出してグルッと鍋に一周かけた。
「これが、ライザ流の隠し味だぁ! はいっ、食べてみて!」
ライザちゃんは自信アリアリの様子で私たちにスプーンですくったジャムを手渡す。
疑心暗鬼ながらも口に運んでみると柑橘系の甘みがフワッと広がりながらも強い甘みが広がる。
「「お、おいしい……!」」
「――でしょう? 『蜂蜜』は正義なんですよぉ! 柑橘系だけの甘さを際立たせて離さないっ!」
「そっか……これ、蜂蜜なんだ。こんなにおいしいなら……売ったらすごく売れそうな気がする」
私にはバズるとか、映えるという感覚は分からないけど、これだけのおいしさを誇るジャムなら商品として売ったところで元は取れそうな気がしてならない。
だけど、ライザちゃんは少し悲しそうな目で笑う。
「ありがとうございます。でも、所詮は『獣人の作ったジャム』、なんですよ」
「っ……!! そんな……。ごめんっ……」
「ら、ライザちゃん! 実結さんも頭をさげないでくださ――」
「だって、私たち人間が獣人を差別しなければ……ライザちゃんも……こんな、こんな辛い思いをしなくて済んだのに」
「はぁ……ええ、そうですよ。あなた達が私たち、獣人を差別しなければこうはならなかった。――そんなこと言うからには責任、取れるんですか?」
ライザちゃんは酷く悲しそうな目で私を射抜く。
けれど、同時にポンッと私の肩を叩く。
「――というのは冗談です。でも、それが本心ですから。だから責任も取れないのに、安易に謝るなんてことはしないでください? さぁさぁ! 片付け~片付けぇ~っと! リリーちゃんは鍋に入っているジャムをこっちに移して~」
「う、うん……分かった……」
ライザちゃんとリリーは表面を繕いながら動いていく。
こうなることも少しは頭にあったけれど、目の当たりにすると心が締め付けられる。
「(分かっていたはずなのに。不用意に二人の心の傷口を開くなんて……なにやってんだろう、私……)」
結局、私はジャムづくりを介して彼女たちの信頼を得ようとしたが、想定した結果通りにはならなかったのだった。




