第25話 距離感
「そろそろ、全員で魔物狩りをしていきましょう。レベルが上がってきた分、一撃では仕留めきれなくなってくる頃合いだと思いますので」
「了解っ! 魔物が出てきたらこの由美子さんがビシッと、バシッと叩き斬ってやるから心配ご無用っ!」
「さすがに……はしゃぎすぎじゃない? 由美子……」
稲森君を先頭に私たちは森の中へ足を踏み入れた。街道は整備されているようだが、獣道のような場所も複数、存在していた。
「見通しが悪いので周囲に目を配ってくださいね」
「うん……」
それからしばらくの間、私たちは森の中で小さな豚らしき魔物『フォレストピッグ』や猪らしき魔物――『ワインダー』をターゲットに狩りを行いつつ、ビルドリングの力でレベルを上げていく。
「よし……これで、全員がレベル20に到達か。そろそろ休憩にしましょうか」
「賛成! ふぅ~さすがに疲れたぁ……」
「あはは……それは当然じゃない……? あれだけ子どもみたいに暴れまわっていたら……」
「ん? 実結、今なんて?」
「いや……何でも? ――それにしても気持ちいい所だね」
森の開けた場所で私たちは小休憩を取りながら、木々の間を通ってくる風の音だけが私たちを支配する。車の音も、人の声もしない。
「実結って昔からこういうノスタルジックな雰囲気というか、現実離れしたような場所が大好きだよね?」
「まぁね……? 単純に騒がしい所が嫌いっていうのもあるけど」
私が周囲に目を配る中、リリーが木を真剣に眺めていることに気付いた。
よく目を凝らしてみると枝には赤い小さな実が成っていた。
「……? リリー、もしかして……あの木の実が気になるの?」
「えっ……あ、はい。おいしそうだなって……」
「うーん……でも、あれ……危ない木の実なんじゃ――」
「いえ! あれはルフラスっていう果実で――っ……」
リリーは慌てて口を噤んでしまう。やはり、まだ私たちとの間には溝があるようでグッと感情を押し殺しているのが見て取れる。。
「(当然だよね……。だって、『信用できない』っていうのは私が一番わかるから。あ……そうだ……)」
私は素早く弓を構え、矢をつがえる。『疾風の一撃』と念じつつ、ルフラスの実が成っている木へ向かって穿つ。綺麗な青色の攻撃エフェクトが鋭く幹に当たり、風が吹き抜ける。
「ひゅ~実結、グッドショット! ――だ、だけど……撃つなら撃つって言って! さすがにびっくりするよ。ほら、後輩君も目を見開いてこっち見てるよ」
「ご、ごめん……」
そんな会話をしている最中、ルフラスの実がポトポトと落ち始めた。
ただ、思いのほか落ちた実の数が多い気がする。
「(ぁ……やり過ぎた、かな……?)」
「す、すごい!! ルフラスの実がこんなにたくさっ……!」
リリーは喜んで駆けて行こうとした後、急に立ち止まってチラチラとこちらを見る。あの木の実が好きな事はあの反応から分かるのに、どうしてこちらを見るのだろう。
私はそんな疑問を感じながらも、近くに落ちたルフラスの実を手に取ってリリーへと近づく。それと同時にリリーの顔が少しずつ曇る。そして、次の瞬間、リリーは地面に頭を擦りつけるように土下座をし始めた。
「も、申し訳ありません! 別にお腹が空いていたとか、頂いたご飯に不満があるとかそんな事、そんなことを思っていたとかではないんです! ごめんなさい!」
「「ぇ……!?」」
唐突な行動に私たちの思考回路は一瞬だけフリーズする。
でも、そこでようやく気付いた。
「(そっか……。リリーはわがままを言って怒られるって……思ったんだ?)」
どれだけ凄惨なことを経験したら、私よりも幼い女の子が楽しいとか嬉しいという感情を殺して許しを請おうとするのだろうか。そう考えると私の目からは自然と涙が溢れだしてきて、気付けばリリーの体をギュッと抱きしめていた。
「リリー、良いんだよ……? 嬉しいことは嬉しい、楽しいことは楽しいって言っていいんだよ!」
「っ……!」
全ての感情を押し殺して我慢していたはずのリリーがピクッと反応する。
「あの、えっと……」
「……?」
「少しだけ……泣いても……良いですか……?」
「うん……リリーがしたいようにしていいの」
そう私が言うとリリーはひたすら私をギュッと抱きしめながら静かに泣き始めた。
今、きっとリリーの中では『簡単に抜けきれない奴隷としての行動』と『普通の人としての自由な行動』という狭間でぶつかり合っているのだろう。
「リリー、もしかしたら今の私たちはあなたから見たら、真面じゃない人間に見えるのかもしれない。でも、怖がらないでほしいの……これが私たちの普通だから」
私は静かに彼女の頭を撫でながら泣き止む時を待った。
すると、恐る恐るリリーは口を開く。
「ミ、ミユさん……許されるなら……わたし……ルフラスの実を、集めたいです」
「うん……せっかく取ったしね? ライザちゃんたちにも越訴分けしよう? さすがにリリーだけじゃ食べれないでしょう?」
「はいっ……」
リリーは光を取り戻したかのように一心不乱に木の実を集め始める。
「由美子も、この木の実を拾うの手伝ってくれる……?」
「お安い御用だよ。ね? 後輩君?」
「はい。全く危なくない果実ですから最悪、僕らで処理できなければ街で売ることもできますし、集めて損はありませんからね」
「ふ~ん。こんな木の実が売れるんだ? んじゃあ……まぁ、とりあえず――はむっ! うん、甘いコレ! なんかリンゴみたいな味だ?」
由美子はルフラスの実を一つ頬張りながら私たちと共にルフラスの実を回収し始める。けれど、量があまりにも多すぎる。
「2、4、6、8、10……まだまだ滅茶苦茶、あるよ?」
「あはは……こりゃあ、完全に取りすぎましたね」
「ごめん……ここまでのことになると思っていなくて……」
「大丈夫ですよ。それより先輩、ロミテックに入れてしまってください。」
「うん……さすがに持ち歩けないもんね。ん? この白い花とかよく分からない葉っぱたちは?」
木の実が並ぶ地面に綺麗なスズランのような花が束になって置いてあり、それ以外にも八葉のクロバーらしき物やつくしのようなモノが束になっている。
私が不思議に思いながら触れると「癒しの花」、「解毒草」、『痺れ草」とポンポン文字がポップアップされる。
「それは回復薬を作るための薬草に、毒や麻痺を直す薬草です。ただ、こっちは僕の実験用みたいなモノなので気にしなくて大丈夫です。――はい、こっちが追加ですよ」
彼は素早くそれらの薬草をサッと手に取ってロミテックに押し込んで私の元にルフラスの実を流して寄こす。少し気にはなるものの、私は作業に追われるようにロミテックの中へ黙々と仕舞い込み続けた。
「さぁ、ここからペースを上げてレベル30を目指していきますよ!」
それから稲森君はほとんどノンストップで私たちを引き連れて、夕方まで魔物を狩りながら素材の採取を続けた。気付けば私たちのレベルは全員が『28』にまで上がっており、それ以外にも矢の生成に必要な木材、鋭利な石をリリーが入手した。
「ふぅ~なんか遊んでたわけじゃないけど、普通に楽しかったね! 実結!」
「うん……! いろいろ勉強になった気がする。まぁ、覚えることが多いけど……稲森君はどう、だった……?」
「まぁ、いろいろと試して分かったこともありますし、お二人にも戦闘の感覚を覚えてもらえたうえに、レベルも上がったので上々です。明日もこの調子でよろしくお願いします」
「んも~固いよ、後輩君!」
「そう、ですか……?」
稲森君は由美子の追及に言い淀む。でも、私も由美子の意見には同意見だった。
稲森君のやさしさに甘えているばっかりの私でも、稲森君が固くなっているのは目に見えて分かる。
「(でも、それもこれも……私が弱いから……だよね。この街が攻撃にさらされることになったら私たちは戦わないといけなくなる。だから、稲森君は焦ってる――そうじゃないの?)」
私は答えのない質問を心の中で放つ。多分、この質問を稲森君に投げかけたところで彼は「違います」と答えるだろう。私はグッと堪えるように目を閉じ、明日からも頑張らなくちゃと前を見据える。
「さぁ、そろそろ日も暮れてきますし、急いで帰りましょう。夜になると魔物も活性化し出すので」
「え……そうなの? なら早く帰ろ? ――というか、お腹空いたし!」
由美子が笑顔で手招きをしてシーラスへの帰路へ着こうと急かす。
しかし、私たちが歩き出した数秒後には由美子の表情から笑顔が消えた。
「……あっ」
「由美子さん? どうかしたんですか?」
リリーがそう問いかける中、私たちは彼女が見ている方向へ視線をずらす。
すると、その先には三年一組の面々と数名の兵士が居たのだった。




