第24話 ぎこちない一歩
初めてのスライム狩りから数時間が経過し、私たちは二手に分かれながら順調にレベルを上げていた。
「リリー……? 次はあっちを狙うね?」
「わ、わかりました」
私とリリーも例外なく、魔物に向けて攻撃をしかける。
とはいっても、遠距離から弓を当てるだけなのでそこまで派手な事はなく、的当てゲームのような状態だ。それでも百発百中という訳ではない為、外すこともある。
そうなれば魔物たちはすぐにこちらへと向かってくる。
「あっ……外れた!」
「ミユさん! えいっ! はぁはぁ……!」
「ごめん、ごめんね……? 次は当てるから」
その度にリリーは怯えながらも剣を引き抜いて魔物を刺し殺す。けれど、朝の一件ほどではないにしろ、刃物を抜くたびにリリーは苦しそうな表情をする。
そんな中、私たち4人は『ビルドリング』の効果でレベル10にまでレベルアップを達成した。多分、一部は稲森君と由美子がノリノリで素早くスライムたちを刈り取ってくれたお陰もあるのだろう。
どの道にせよ、順調であることに変わりはなく、私たちは少休憩を挟んだ。
「いや~でも、思ったより楽しいね! そう思わない? 実結」
「うーん……私はそこまで楽しいとか……思わない、かな?」
「……ごめんなさい」
「あっ、リリーが悪い訳じゃないよ? 私って……こういう戦いは……あんまり好きじゃなくて……」
「確かに実結は元々、平和主義者だもんね?」
私達がガヤガヤと話をしているうちに稲森君は何やらロミテックを動かし始めていた。その視線は何か悩んでいるようにも見える。その真剣さから大切なことをしているのだという事は知っていたが、妙に気になって声を掛けた。
「稲森君……それは何してるの?」
「え? ああ、これですか? スキルツリーをいじっているんです」
「スキル……ツリー?」
私と由美子の視線は無意識に稲森君のロミテックに向かう。
「スキルツリーは自分の高めたい能力を、レベルアップしたときに得たポイントで獲得――習得できるシステムです」
「うわっ、本当だ。スキルがたくさんある。戦闘系に、生産系、サポートに、生活系ツリー? なんじゃこりゃあ!?」
「これは……稲森君じゃなくても悩んじゃうかも……」
私も実際にロミテックを開いてみたが、多種様々なスキルが乱立していて驚きを隠せずにいた。しかし、動揺する私たちを他所に、稲森君は『職業』の戦闘系スキルへすべて振る様に提案を出してきた。
なんでも、戦闘系のスキルに振ることで戦いを優位にする技や力を解放させられるというのだ。実際のところ、スタミナを犠牲にして高威力を出せる『疾風の一撃』というスキルや念じれば、矢が自動で手元に装填される『弓の境地』が獲得できた。
「すごい……これで随分、楽になった気がする。……あ、でも……リリーは?」
「リリーについては僕が雇用主――つまり、この子のマスターなので、管理しています。まぁ、振り方としては生産系に半分、戦闘系に半分といったところですね」
「え? 戦闘系に全部、振らないんだ? そうすれば私たちめっちゃ強い集団になるのに……」
由美子は少し落胆したように喋る。
しかし、稲森君はその発言に大きく首を振った。
「確かに長谷川先輩が言うように『強くなる』にはそれが一番、手っ取り早い。でも、剣だって刃こぼれもするし、弓の矢にしても消費する。それを買っていたら大赤字です。だからこそ、サポート系が必要なんです」
「なるほど……」
「じゃあ早速、リリー。これで矢を作ってくれるか? 白鳥先輩の為に――」
そう言って小さなナイフと木の棒を取り出した。
私と由美子の脳裏にはさっきまでの姿が頭を過る。
それでも、稲森君は私たちの前でリリーに近づいて、資材を彼女の手元に置く。
すると、彼女は動揺しながらも手に取り、少し離れた位置で浅い呼吸をしながらシュッ、シュッと音を立てて、一本、また一本と矢を作っていく。
稲森君はそんな彼女をみて静かに呟く。
「今はそっと、リリーを見守ってあげてください。リリーはリリーなりに、向き合おうとしているのかなと思うので……」
出会った時の表情や怯えは今もあるけれど、リリーは何かとひたすら葛藤してもがきながらも私たちとの関りを完全に拒んではいない。だから、私は彼の話を信じた。
「う、うん……そう、だね。……わかった。リリーがあそこまで無理をするには訳があると思うから」
「……。あのさ、水を差すようで悪いんだけどさ?」
そう前置きをした由美子は鋭い視線でこう続けた。
「――そっと見守ってあげてって言うけど、それってリリーちゃんを奴隷として好き勝手に使おうとしていることを、隠そうとしている『言い訳』のようにも聞こえるんだけど?」
一瞬で空気が凍るが、由美子の口は止まらない。
「もちろんさ、私がそんなことを言える立ち位置じゃないことは分かっているけど、後輩君だって今朝の姿を見たでしょう? それにさっきだって凄く怯えてた……それなのに、ナイフを持たせるなんて……」
「ゆ、由美子……」
彼がそんな身勝手な理由で動かすなんてことがないってことは私が一番分かっている。それでも、由美子が疑いを強める視線は稲森君から離れない。そして、また彼も視線を下げず、自分の考えを静かに喋り出す。
「確かに、長谷川先輩の言う通りかもしれません。弓矢や剣のメンテナンスをリリーに任せることで、自給自足ができる訳ですから」
「なに? 開き直るわけ?」
「いいえ。それは客観的な事実ですからそう言ったまでです。でも、だからってリリーを好き勝手に使ってやろうとは思いません。むしろ、僕は応援したいんです」
「応援? 何を馬鹿なことを……」
「馬鹿なことじゃない。由美子さんだって見たはずです。リリーがナイフを手に取った時の姿を――。あの状況ならナイフを置くことだって、捨てることだって出来たはずです。でも、リリーはそうはしなかった」
「そんなの……あの子に選択肢がある訳ないじゃん」
「そうかもしれません。それでも、僕は信じたいんです。あの子が過去と向き合おうしてくれているって! 他でもない長谷川先輩なら分かるはずです! 過去と向き合うことの難しさと、それが出来ない苦しみを――」
「……。それは……」
由美子は思わず、口を紡ぐ。
誰だってそうだ。過去と向き合おうとすれば嫌な過去と向き合いざる負えない。
それもトラウマのレベルとなれば、向き合うのも難しくなる。そして、その過去と正しい決別の仕方をしないと見えない傷は奥深く、根深くなってしまう。
「由美子……私には稲森君の言っている事……よく分かる。だから……見守ってあげよう? リリーが本当に過去と向き合おうとするなら私も向き合うのを手伝いたい」
「実結……」
「それこそ、私たちが稲森君みたいに、『背中を押して上げれる存在になってあげたい』って……そう思うから――」
私の言葉に全員が口を噤んだ。
そして、その静寂を破る様に稲森君は静かに語り始める。
「……僕は別にそんな崇高な人間じゃありません。でも、それでも……リリーに『普通の子らしい生活』をさせてあげたい。あの子が、あの子らしく生きれる日常を取り戻してあげたい。ただ、それだけなんですよ」
「はぁ……分かった、分かりましたぁ~! そこまで言うならもう、否定はしない! でも、あまりに度が過ぎていると思ったら私は容赦なく後輩君を止めるから」
由美子はそう言うとふぅっと息を吐いて笑みを零しながら場面を取り繕うように離れて歩き出す。由美子が私達から離れると稲森君は硬い表情ながらも、少しほっとしたような様子を見せた。
「確証はないけど……きっと大丈夫だよ、今は静かに――ゆっくり、時間を掛けて見て行こ……」
「先輩……ありがとうございます」
「私……リリーのこと、見てくるね?」
正直、私たちがリリーと関わった時点で背負わなくはいけないことだったんだ。
覚悟も才能も無い私だけど、リリーの傍に居続ける。それしか私にはしてあげられない。だから、私は彼女の横に腰を下ろして横から作業の様子を覗き込む。
「すごい綺麗な矢……。ありがとうね、リリー……?」
「っ……! い、いえ……私はただ、作れと言われただけで――」
「それでも……ありがとう。ありがとうね?」
「ミユ、さん……? 抱きつかれたら作れません」
「ぁ……ごめん……」
それでもじっとしていられなかった私は気付けばリリーを抱きしめていた。
急に抱きついたから引かれちゃっただろうかと思っていると今度は由美子がそこに乱入してくる。
「何なに?! 一人でリリーちゃんを独占してんの? 私にだってギューさせて!」
「ふにゃあ! 由美子さん……くるちぃ!」
「よーし、よしよし! ようやく名前言ってくれた~! もう、このこの!」
「そこは弱いから――にぅあ!」
由美子は持ち前の強引さでワシワシとリリーを撫でまわす。後ろを振り返れば、稲森君が少しだけ笑みを零していた。言葉は一つも交わしていないけれど、きっと私たちがぎこちいながらも、チームとして前へ歩き始めた瞬間だった。




