第23話 初めての戦闘
私たちは朝食を食べ終わると『冒険』に出ることになった。
正直、冒険などという危ないことに関わりたくなど無かったが、これから私たち四人が生活をするためにはお金を稼がなくてはならない。
「とりあえず、このギルドで長谷川先輩の冒険者証と『仕事』――つまり、昨日、僕と先輩が受けたようなアルバイトを貰います」
「え? リリーの……冒険者証は?」
「それは奴隷商から既に貰っているので問題ありませんよ」
ニコやかに稲森君が話をする中、由美子はどことなく楽しそうだ。
「お~! なんかめっちゃくちゃ、異世界ゲーって感じが出てきたね!」
「あれ……? 由美子ってそういうゲーム……やる派、だったっけ?」
「まぁ、かじる程度だけどね? 要はゲームチックに言うと「クエスト」ってやつを受けに行くんでしょ? 後輩君!」
「ええ、その通りですけど……あの、その後輩君呼ばわりはなんとかできませんか? 長谷川先輩」
稲森君は表情を歪めるが、由美子は至って普通の表情で茶化し始める。
「いやだってさ? 後輩には変わりないでしょう? 早生まれで私が一番の年長者なんだから。ふふ~ん! あ、リリーちゃんも甘えていいからね~!」
「え……あ……う……」
「(あはは……リリーが反応に困ってる)」
それから私たち4人は固まりながらギルドへ入って行き、ティアさんの説明を経て由美子は冒険者証を獲得した。何でも由美子は剣士としての特性が高いらしい。
「となると……前衛が僕と由美子さん、後衛が白鳥先輩、サポートがリリーといった感じかな」
稲森君がそう独り言のように呟くとティアさんが話を被せる。
「ええ、私から見てもその編成が妥当かと思います。四人のパーティーですので」
「まぁ、何にせよ……実際に動かないと話にならないしな……。よし、郊外に行きましょう!」
そう言って稲森君はカウンターから離れて、数枚のクエスト用紙をティアさんに渡し、複数の仕事を受注した。その後、私たちはティアさんに別れを告げて宿屋シーラスの前を通り抜けて、エルンガルトの北側にある出口から外壁の外側――『街の郊外』へと出た。
そこには草原とどこかへ続く道があり、所々にプニプニとした異形のモンスターが存在していた。その異形種を見るなり、由美子はキラキラとした目で声を上げる。
「あれってさ! スライムでしょ!? うわ~ぷにぷにしてる! かわいい!!」
「長谷川先輩、そんなに興奮しないでください? 可愛いかもしれませんけど、あいつら――『スライム』だって僕らを殺せるくらいの力は持ってるんですよ?」
「え? うそぉ!? あんな弱そうなのに?」
そんな風に由美子が疑問に思うのも普通だ。草原を少し跳ねたり、地面を這いつくばって動くだけの青い液体生物が、武器を持つ私たちを殺せるとは思えない。
「実際、あいつは人も捕食する魔物ですし、今のレベルでは油断できない相手です。慎重に倒していきましょう。でも、その前に『パーティー』を組んでおきましょう」
「パーティーって……?」
「簡単に言うとチームみたいなもの……ですかね? そのチームを組んで行動するとその人物のレベルや体力、スタミナが分かるようになるんです。それにレベルを上げるときに必要なXP――つまり、経験値がチーム全体に分配されるんです」
「なるほどね? 本当にゲームみたいだね。――その、後輩君の言うリグレットっていうゲームの世界に近いっていう話はあらかた実結から聞いたけどさ?」
稲森君は『話したんですね』と問いかけるような視線がこちらに向けられたが、すぐに彼の視線は目の前の草原に向く。
「……実際のところ、ゲーム上の地理は合っていましたからね? ただ、僕の持っているノウハウが通用するかどうか、それだけ悩みの種です。とりあえず、レベル上げと一緒にいろいろとやってみようとは思いますけど」
「そうだね。もしかしたら後輩君の持っている知識とは異なる事が出てくるかもしれないしね」
「はい。……あっ、そうだ! 先輩はこれを装備してくれますか?」
「これは……?」
稲森君はロミテックから一つの指輪を取り出して私に渡す。
その指輪を注視するとそこには『ビルドリング』という名称が映し出された。
「これは視野の左隅にあるひし形の数字――つまり、『レベル』を上げるのに必要な経験値をある一定のレベルまで効率よく手に入れられる装備品です」
「じゃあ、これを付けていると、その……レベルが早く上がるって事……?」
「そうです! ただ、このビルドリングは一つしかないので、使いまわしていくことになると思います。なので、とりあえず僕が指示を出すまで指輪を装備していてください」
「……でも、それだったらみんなが先の方が――」
「どうせ、みんな上がるんでしょ? なら誰が先でも良いと私は思うよ? 実結からやっちゃいなよ!」
「長谷川先輩の言う通りです。みんな必ず、上がりますから」
稲森君と由美子に押し切られた私は指示通り、ロミテックの中にビルドリングを取り込んで装備画面で指輪を装備する。だが、私はその段階であることに気付いた。
「あれ? 武器がない……。昨日は剣があったのに」
「あぁ、そっか。多分、職業が『弓兵』に変わったから武器が外されたんだと思います。この中に適切な武器が――あった。これです。」
稲森君が私の画面をのぞき込んで武器の装備画面をタップすると自分の背中が少し重くなった感じがして、覗き込んで見てみれば、木製の弓矢が装着されていた。
「すごい……本当に弓矢だ」
「お~実結が持つとなんか、強そうというより可愛い!」
「それ……由美子、褒めてないでしょ……」
「あ……いや? そんなこと誰も言って無いよ? 本当に可愛いんだって!」
要は由美子は『私が弱そう』と言いたいのだろう。私だって魔物の一つや二つくらい狩れるはずだ。少しムッとしてきた私が稲森君に視線を移すと慌てて話を進める。
「え、えっとそれじゃあ、早速やりましょう。白鳥先輩、弓を構えてください」
「こ、こうかな……」
「そうです。――リリー、念のためにこの短剣を抜いて待機しろ」
「い、稲森君……リリーは、その……ナイフを見たら――!」
「あっ……」
稲森君はリリーに一本のナイフを差し出したが、瞬時に『しまった』という表情を浮かべ、手を引っ込めながら由美子に視線を移す。
「……長谷川先輩、リリーの代わりに――」
「だ、大丈夫……です。わたしが……やります……」
「ぁ……でも……リリー、無理していないか?」
稲森君がそう問いただすが、リリーは彼の手に握られた剣を手に取りながら、こくりと頷く。しかし、その意志と相反するようにリリーの手はカタカタと震えているし、足もガクガクだ。今、立っているのも辛そうな様子に見える。
しかし、それでもリリーは私の横に立って剣を引き抜く。
その姿に全員が息を飲み、稲森君は小さく息を吐く。
「はぁ……よし、わかった。もし、やつらが襲ってきたら排除するんだ」
「は、はいっ……!」
「リリー、それから――」
「稲森君……?」
「ああ、すみません!」
稲森君はリリーの耳元に何かを囁いてから、どこか落ち着かない様子で弓を構える私の後ろに立つ。いよいよだ。正直、こんな弓矢でスライムを倒せるのか分からない。緊張がますます高まって来る。
「じゃあ、先輩。あのスライムに視線を合わせて、弦に弓を引っかけて後ろへ引っ張ります」
「こ、こうかな……?」
「そう、そういう感じです」
暖かな稲森君の手が私の手に触れて今にも魔物へ向けて矢を穿つ瞬間が刻々と近づく。少し鼓動を刻むリズムがドクン、ドクンと早くなる。こんなにも緊張するなんていつ以来だろうか。それを知ってか知らずか、稲森君は耳元で静かに喋る。
「おそらく、あのスライムはどこを狙っても一撃で仕留められると思います。でも、仕留められない場合もあるので弓放ったら、次の弓を取り出して構えてください」
「……分かった。スゥ……」
「よし、行きますよ。3、2、1……!」
ヒューンという音を立てて、風を切り裂いた弓矢はスライムに直撃した。
その直後、スライムの頭上に見えた赤色のパラメーターが無くなり、輝かしいブルーエフェクトが出ると共にその姿は霧散し、スライムが飲み込んでいたと思われる巾着だけが残った。
「やったの……? 倒せた……?」
「ええ、おめでとうございます。討伐完了です。この調子で魔物を倒していきましょう!」
「うん……。よしっ……!」
「実結、その視線、意味ありげだよね? 私だってできるから!」
私の視線に触発されてか、稲森君に指導を受けてスライムを一匹、倒した。
「お見事です。長谷川先輩」
「へへん、これ……楽しいかも――!」
「え!? ちょっと!!」
すると、調子に乗った由美子があれよ、あれよという間に魔物へ突撃していく。その様子を私とリリーは眺めながら草原に座って見つめる。
「由美子、完全に楽しくなって……歯止めが効かなくなってるなぁ……」
「その……ミユさん。さっきはありがとうございました。私の事、心配してくれて」
「え……あ、ううん……リリーが何か抱えているのは――何となく分かるから」
草原に少し暖かい風が吹く。私が髪を押さえているとリリーはちょこんと私に寄り掛かって来る。あまりに唐突な行動にびっくりしてしまうが、嫌な気はしない。
むしろ、『甘えてもいいと思ってくれたのかな?』と少しだけ嬉しい気分になる。
「リリー……? もしかして、疲れちゃった?」
「いいえ……。本当に……ほんとうに怒らないんですね。嘘みたい……。もう少し、もうすこしだけこのままで居てもいいですか……?」
「うん……全然いいよ?」
リリーは静かに目を瞑って草原の風に揺られる。ああ、なんだろう。
こうしてリリーと二人でゆっくりとした時間を過ごしているだけなのに、凄く、すごく生きているって思えてしまう。
なんでだろう、こんなにも充実しているような感覚に包まれてしまうのは――。
「実結!! 案外、剣でもあいつら簡単に倒せるよぉ! あはは!」
「由美子の方が……リリーより子供に見えちゃうなぁ……」
由美子が必死に手を振って駆けて回る様子に私はポソッと悪口を呟く。
すると、リリーは身を預けたまま、興味ありげに私に質問を投げる。
「ミユさんとあのお姉さん、由美子さんとは長いお付き合い……なんですか?」
「うん。由美子とはもう、5年以上の付き合い……かな?」
「そう、なんですね……」
リリーは視線を下げながら由美子の方を見つめる。
きっと、どういう付き合い方をして良いのか分からないのだろう。
「(あんな劣悪な環境にいたら……そうなるよね……)」
「ふふーん! 狩った、狩ったぁ!」
「ったく! どれだけ体力あるんですか?」
「後輩君、甘いね? それじゃ先が思いやられるぞぉ?」
考えを巡らしているとニシシと笑みを浮かべた由美子が帰ってきた。付き添っていたはずの稲森君がなぜか、疲れている。
「ふぅ……とにかく、ここからは少し広がって僕と長谷川先輩、そして、白鳥先輩とリリーでタッグを組んで行動します。白鳥先輩はレベル5になったら教えに来てください。みんなで指輪を回してレベル上げをするので!」
「うん、わかった……よろしくね? リリー」
「は、はい……! ぅっ……」
「どうしたの? リリー?」
リリーは胸元を少し抑えた後、立ち去って行く稲森君をジッと鋭い視線で見つめていたが、気丈に振舞いだす。
「いえ、なんでもありません……」
「……?」
私はその動きと発言に違和感を感じながらも、リリーは素早く動き出すのだった。




