第21話 成長の指輪(稲森君のサイドエピソード)
「ジークさん、すみません。先輩たちに「少し出てくるから寝ていてください」と言伝をお願いします」
「あ? あぁ、いいが……まさか、夜に郊外へ出るつもりか?」
「……。ええ、この時間だからこそ行ける場所に行くんです」
ジークさんは鋭い眼光を僕に向けつつも、ため息を吐く。
「俺が何を言ったところで行くんだろ? なら、くれぐれも気を付けるんだぞ。夜の魔物はヤバいからな?」
「分かっています。こんな所でやられる訳にはいきませんからね」
そう言って僕はシーラスを出てアルテルム遺跡へと向かった。
その場所はエルンガルトが現在の位置に城を構える前まで統治をおこなっていた城の跡だ。数百年の時を掛けて遺跡と呼ばれたこの場所は今となっては魔物が住み着く廃墟になっている。
「正直、魔物のレベルが高いし行きたくはないけど……でも、行かなくちゃ、自分と先輩たちを守る為に」
僕はエルンガルト南側の関所から街道へ出て、その跡地を目指す。
街道の周りは疎らながらも魔物が存在していたが、それを確実に叩き斬りながら前へと進んでいく。経験値を稼ぐ上では単独行動は最も効率がいい。
「このっ――どけ、魔物ども!」
僕には魔物たちの攻撃が手に取るようにわかる。これならゲーム画面で自分のキャラを動かすように動けば、しっかりと攻撃を当てることができる。
「うん、今なら少しくらいのレベル差はひっくり返せるかもな。遺跡はこの先か」
順調に遺跡へのルートを辿りながらレベルをひとつ、またひとつと上げていく。安心と高揚感が僕を襲うが、油断はできなかった。過度な自信は時として人を滅ぼすことを知っている。
「ん……? はぁ……そんなに簡単にはいかないよな」
目の前に現れたのは先ほどまで相手にしていたスライムなどではなく、危険度が高い棍棒を持つゴブリンや剣を持つアンデッドだった。想定の範囲内と言えば聞こえはいいが、そう簡単に倒されてくれる相手ではない。闇夜の中に剣が擦り合う音と火花が散る。
「いい加減にしろ……っ! ここだ!」
「うぎゃぎゃぎゃ!!」
「……やったか……ふぅ……。なっ!? あ、あれはマズイ! 隠れないと!」
倒したのも束の間で僕は草むらに身を隠す。草むらの先を歩いていた奴は人の2倍近くもある身長に長剣を地面に擦りながら歩く骸骨――ボーン・ゴーレムだ。
「(レベル35の『初心者キラー』を相手にするほど、こっちも暇じゃないし、命知らずでもない。先を急ごう)」
このゲームは常に適正レベルより上の魔物が普通に現れる。大半はクエスト要素であり、さっきのボーンゴーレムと接敵すると『クエスト:真夜中の番人』が発生する。ゲームなら誤って接敵してやられてもやり直しがきくが、この世界ではミスは許されない。とにかく命辛々、繋いで遺跡にまでは到達することができた。
「ここからも油断大敵、だな……。とりあえず、レベル6だし、適正レベルには達してる。遺跡に入る分には問題ないだろ。……ふんっ!」
アルテルム遺跡の入り口を開くとそこには天井は無く、夜空が広がっている。元々は数十の上層階があったらしいが、遷都前の戦争で焼け崩れてしまい全てが朽ち果て、かつての栄光は見る影もない。
しかし、そんな静かさで穏やかな感じとは打って変わって、城跡に入り込めばそこは魔物たちのテリトリーだ。なぜ分かったのかは知らないが、あれよあれよという間に魔物が湧いて出てくる。
「悪いが、通させてもらう!! 死にたくなければ道を開けろ!」
自分を鼓舞するように声を出して剣を引き抜く。剣撃の音とスキル発動時の機械音がその場に鳴り響いていく。レベルが高位の魔物であれば攻撃を防いだり、カウンターをしてきたり、魔術を仕掛けてくることもあるが、現状はそんな魔物も存在はしない。すべて想定の範囲内だった。
けれど、妙な胸騒ぎを感じる。
「(ここは確かゲームでも『要塞』っていう程の所じゃないはずだ、なのに、今の魔物の数、少し多かったような……こんなものだったか? まぁ、とにかく『あれ』を確保しよう)」
僕はこの遺跡の醍醐味である地下の階層攻略は行わず、一階にある備品庫に向かった。備品庫は一見、汚く荒らされている部屋だけにしか見えないのだが、その一角にある本棚にあるボタンを押すと独りでに壁が音を上げて開き始める。
「よし……開いた」
その扉の先にあったのは一体の白骨化遺体と数百年前まで運用されていた秘蔵の武器庫だ。しかし、武器自体はガラクタそのもので、アンティークの価値くらいしかない。
「まぁ、金にはなるから良いけどな……」
独り言をつぶやきながら盗れるものを取って、白骨化した遺体へと近づく。
そして、今回の『本命』がその白骨化遺体の左手に見えた。
「あった。悪いが貰っていくぞ。成仏しろよ」
死者を弔いながらも煌めきを放つ指輪を抜き取り、ロミテックにかざす。
すると、【『ビルドリング』を入手しますか? Yes or No】と表示された。
「試してみるか……「イエス、そのまま装備」」
そう声を掛けるとロミテックに吸い込まれたと思った瞬間、手がブルーエフェクトに包まれて指輪が左手の中指に装着された。
「本当に便利なもんだな……さぁ、一度街まで戻るか」
僕は白骨化の遺体へ一度、目を向けてからその場を後にし、帰り際も魔物を叩き斬りながら進む。ただ、来る時とは違って異常なスピードでレベルが上がっていく。
「さすが、『ビルドリング』だな。経験値の獲得にブーストが掛かってる。でも、これで終わりじゃない。あと三回、往復して人数分を確保しないと――」
そう、この効果は一人占有のモノでパーティーでは共有されない。だから人数分を揃える必要がある。街の中に入り込んんで再び、街道へと飛び出る。
「よし、ここからはリアルタイムアタックだな」
僕は駆けながら遺跡への道を再び、辿る。それと同時に自分の視野に【持続力、スタミナ向上】の表示が浮かび上がって来る。
「なるほど? 基本ステータスは鍛えれば上がるって事か……面白い」
走る速度を上げて少し経つと【回避と敏捷性が向上】と一度、表示された。こういう設定はゲーマーにとっては育てがいがあって嬉しい。
しかし、そんな順風満帆の僕に悪いことが起こった。再び、備品庫に戻ると武器庫が開け放たれたままだったのだ。
「マジか。これはつまり……『周回が無効化されている』ってことか。再配置はされない。うーん、でも魔物の湧きは既存のままだった。ってことは……魔物の湧きはどう説明する? なんだか無性に嫌な予感がするな……」
まだ猶予があるはずの魔王軍の侵略。その魔の手が忍び寄ろうとしているのかもしれない。僕はもう居る意味のない遺跡を離れて魔物を可能な限り避けて街へ戻った。
「本当はガンガン、レベルを上げたいところなんだけどな……はぁ……仕方ない」
この『ビルドリング』は経験値を他人に分配できない一方で、団体行動をする場合はその合計レベルに差異があると経験値の数値が抑制されるシステムになっている。つまり、僕が極端に上げると3人が獲得できる経験値が少なくなってしまうのだ。
「(まぁ、明日からやればいいか……こればっかりはな……。そういえばシーラスは閉じていないよな? ゲーム感覚で出て来ちゃったけど……)」
シーラスへと着いた頃にはすっかり真夜中になっていた。ゲームならばいつでも出入り可能だが、この世界では通用しないかもしれない。なにせ、周りの家は真っ暗だ。
しかし、そんな真夜中にも関わらず、淡い光がシーラスに灯っていた。中に入ればそこにはライザが一人、カウンター席で計算機を弾いていた。
「随分と遅いおかえりだね。あの二人ならもうずいぶん前に部屋へ行ったよ」
「そっか。……ライザ、今日はリリーの面倒を見てくれてありがとうな」
「ううん……別に大したことは……」
そう言った後、ライザは手をとめて立ち上がり、頭を下げた。
「あの……昼間はごめんなさい。私、あなたのこと勘違いしてた」
「もういいよ。終わった事なんだし……それに僕が逆の立場だったら同じことをしてたと思うから。……にしても、こんな時間まで起きてるなんて、もしかして俺待ちだったのか?」
「あっ、ううん。今日は特別かな。上の人たちはきっと朝方に起き出してご飯を食べずに、出ていくはずだからそれを待ってる感じ」
「なるほど。日差しで弱まった魔物を叩こうってわけだ。みんな、冒険者の鏡ってわけだ」
「あはは……そうかもね。でも、私達からしたら商売あがったりって感じなんだけどね」
ライザはネコ科の獣人ということもあるのか夜中なのにも関わらず、ニコニコとしている。その一方で僕は今にも眠たい気分だ。店内の角席に目を向ける。
「なぁ、ライザ……あの奥の席を朝まで借りてもいいか? さすがに夜遅くに女性の部屋に入って眠るってのは気が引けて――」
「それも……そっか。分かった。自由に使って。ジークさんには私から言っておく」
「……ありがとう。じゃあ、お風呂でも頂いてくるよ」
「うん、ごゆっくり」
僕はお風呂へと浸かった後、ライザがカウンターで何やら紙に書いたり、掃除をしたりする音を聞きながら、一階の一角で僕は静かに眠りに落ちた。




