第20話 親友としての契り
「落ち着きましたか? もう夜ですし、そろそろ宿屋に戻りませんか?」
私と由美子が落ち着いてきたタイミングを見計らって稲森君はそう言葉をかける。
ひとしきり泣いた後だったから少し冷静になってきて、周りから見られていたという恥ずかしさが膨らむ。
「うん。そうだね……。由美子、泊まるとこ……決まってる?」
「う、ううん……」
「なら、私たちが泊ってるとこに来ない……?」
「ありがとう……でも――」
由美子はそう言葉を濁して稲森君の方を見る。きっと、由美子は私が『いじめ』の事を許しても稲森君は許さないだろうと感じて視線を送ったのだろう。
でも、彼は目を瞑ってズボンのポケットに手を突っ込み、呆れたように呟く。
「いじめのことは終わった、そうでしょう? それに先輩の親友に『知るか、野宿しろ』なんて僕が言えると思いますか? ジークさんには僕から説明します。それでいいですよね? 先輩」
「う、うん……。ありがとう……稲森君」
「いいえ。でも、長谷川先輩? これだけは言っておきます。もし、先輩をまた裏切るようなことがあれば僕は容赦しません」
「うん、分かってる。もう絶対に私は実結を裏切らないよ」
由美子は目を細めて申し訳ない様子を見せながらも私の手を握る。私もそれに答えるように握ったままの手を握り返す。その様子に稲森君は微笑を零す。
「――くれぐれもその言葉を忘れないでくださいね。さぁ、行きましょう」
稲森君は私たちを先導する形で静かにシーラスへと進んでいく。
そして、シーラスに着くと稲森君はライザちゃんとジークさんに「旧知の間柄で喧嘩になっていた」と説明してから謝罪をした後、由美子は私たちの部屋に宿を取ることになった。
「はい、それでは明日からは個室ということで日数は実結さんたちと同じで――合計は50ゴールドです」
「ええっと……」
「由美子……こうするの」
「あ、ありがとう。実結」
料金の支払いに戸惑う由美子にお手本を見せて無事に支払いを終えるとライザちゃんがすぐに厨房へと駆けていく。
「ではすぐに夕食を出しますね! お席でお待ちくださいね!」
声に促されるまま私たち3人は遅めのディナーを取ることになった。
しかし、次々に運ばれてくる料理は到底、3人分以上のような気がする。稲森君が思わず、ジークさんに声を掛けた。
「あれ……? ジークさん、この量は――」
「はっ、今日の料理はサービスだ。カネもいい。どうせ、明日以降は客も居なくなって腐っていく材料たちだ。余りものだと思って食ってやってくれ」
「そ、そうですか……なんだか、すみません。気を使わせてしまっているみたいで」
「いやいや、そんなことはないさ。明日からの顧客が一人増えたんだ。こっちからしたら感謝、感激だよ! ――あ、そうだ。これはあの子の夕食だ。まぁ、ろくに寝ていなかったんだろうからしばらくは起きて来ないだろうけどな……」
「こんなものまで……本当にありがとうございます」
稲森君が大きなランチバックを受け取る中、ジークさんは手を左右に振ってカウンターで慌ただしく動くライザちゃんの方を見つつ、こう言い足した。
「礼ならライザに言ってやってくれ。この料理はあいつが勝手に作ったんだ。怒るなら怒ってくださいって頭下げてな」
「……。そこまでしてライザが……」
「(ライザちゃん……後でお礼を言わなきゃ……)」
「ふっ、たく……面倒ごともあったが、ライザも今日一日で色々と学んで見違えたらしい。まぁ、なんにせよ……冷めないうちにバンバン、食ってくれ!」
「――ジークさん! これを三番のテーブルに!!」
「はいよ~! んじゃあな!」
ジークさんは楽しそうに笑いつつ、カウンターの方へと去って行った。
稲森君はランチバックをロミテックの中にしまい込むとご飯を前に手を合わせ、私たちも食事を食べ始めた。
でも、不思議と稲森君と二人っきりの時とは違う安心感が私にはあって、味気すらなかったように感じたお昼ご飯とは違い、涙が出るほど、もの凄くおいしい。
「うん……おいしい。うぅっ……」
「実結……私の顔を見て泣きそうにならないでよ、私、また泣きたくなっちゃう」
由美子が近くに居て同じテーブルでご飯を食べている。
たった、それだけの違いで嬉しさが何倍にも膨れ上がって笑みがこぼれてしまう。
「(私たち……とても単純なのかもね)」
食事の時間はあっという間に過ぎ去って行き、ジークさんが最後に出したデザートのアイスを食べてディナーは終わった。相変わらず、由美子は笑みを零していたけれど、その顔には疲れがたまっているように見える。
「(ご飯もガッと食べるタイプじゃないのに結構なスピードで食べてた……もしかして、私を探すためにずっと歩き回ってたのかも……)」
正直、由美子はこうと決まったらストイックな性格だ。それに、私に対して疲れている姿をみせまいと笑顔でカバーしようとしている。由美子らしいけど、私から見たらバレバレだ。
「ねぇ……由美子? お風呂、入らない?」
「え、ここってお風呂あるの?」
「うん……この下に……」
稲森君に目配せをすると「行ってきてください」と言わんばかりに頷き返された。
だから、私の方から由美子の手を握って「行くよ」とアピールすると由美子もすんなり、付いて来てくる。その途中、由美子はぽそりと口を開いた。
「なんか、実結と遊んでいた頃のことを思い出す」
「えっ?」
「ほら、遊びに行った時って大体、私が引っ張り歩くことが多かったじゃん? それが今や反対に、実結にやって貰っているなんて……少し不思議でさ?」
「……。私だってあの頃よりは少し、成長したよ……?」
「うん、だね。実結は私よりもずっとずっと、大きく成長したよ。っ――わぁ! すごい! 本格的なお風呂! うそぉ!」
「あっ……!」
由美子はそう言うと私の手を離して興奮気味で脱衣場からお風呂を覗き込む。
「こんな世界だからもうお風呂なんて入れないかと思ってたけど、まさか本格的な木製の湯船に入れるなんて! さぁ、入ろう! ね、実結!」
「う、うん……!」
昔から大はしゃぎして人を巻き込んでいくところは変わってない。
私にとっては二回目のお風呂だけど、ここの温泉はすごく良い。でも、ちょっぴり本音を言えば、由美子と入っているから特別感を感じているのかもしれない。
その感覚に懐かしくなって昔の事を思い出す。
「ねぇ、由美子は覚えてる? 由美子の家でお泊り会をした時のこと……」
「あっ、うん! もちろん、あの時は楽しかったよね」
「うん、由美子と映画を見たり、勉強したり……挙句、無理くりお風呂に連れていかれたっけ……」
「ちょ、変な所を覚えてない!? だって、あの時はあんな風にしなかったら実結は絶対、一緒にお風呂に入ってくれなかったでしょう!?」
「ふふっ。確かにそうかも……」
私は肩まで湯船に浸かって由美子の方を覗き込む。
「私……今、すごい怖いくらいに嬉しくて……楽しいんだ……。もう絶対に由美子とこんな関係には戻れない、そう思っていたから……」
「私も同じだよ」
由美子は私の肩に頭を置く。私はそんな甘えてくる由美子の手をしっかりと握りながら遠くに見える夜の海を浴槽から眺め続ける。
「これから私は実結に3年分の埋め合わせ――絶対にするから……」
「うん……って由美子!? お風呂の中で寝ちゃダメ……! 部屋で寝ないと……」
私は何とかウトウト気味の由美子を叩き起こし、宿が提供している寝間着に着替えた。それから私たち二人は部屋へと戻るべく、1階へと上がるとカウンターに居たジークさんに呼び止められた。
「嬢ちゃんたち! 坊主からの言伝だ」
手渡されたのは一枚のメモで、そこには「少し出てきます。先に休んで居てください」と書かれていた。
「……こんな遅い時間に……どこへ行ったんだろう……」
「あの坊主だって男だ。嬢ちゃん達に言いずらい所にでも行ったんじゃないか?」
「言いずらい所……?」
「これだよ、これ」
ジークさんは親指と人差し指をくっつけて飲むような動きをして見せる。
「(そんなところに行くかな? そもそも稲森君は未成年だし……)」
「ジークさんじゃあるまいし……。さすがにシャレになってませんよ?」
「お、チビ助!」
カウンターの後ろにあるであろう厨房からタオルで手を拭きつつ、ライザちゃんがあきれ顔で出てきてジークさんの話に突っ込む。
「お二人とも、お風呂の湯加減は大丈夫でしたか?」
「うん……問題なかったよ? ――あっ、リリーの為にサンドイッチを作ってくれてありがとうね? ライザちゃん」
「ぁ……い、いえ……どう、いたしまして?」
どこか居所が悪そうにライザちゃんはハニ噛む。
その言葉も早々に、ジークさんは少し笑みを浮かべる。
「よーし、チビ助ががこっちに来たって事は厨房の片付けは終ったってことだな?」
「だぁ~か~ら、チビ助じゃ――! はぁ……ええ、終わりましたよ」
「そうか、なら俺は休ませてもらうかな?」
もう突っ込むことが面倒くさいと言わんばかりにライザちゃんはそっぽを向きながらそう吐き捨てる。でも、なぜかその目は鋭さが残る。
「ええ。どうぞ~どうぞ~? ――ああ、そうだ! ジークさんがキャンセル料をくすねて隠して居たお金。全て没収させてもらいましたからっ!」
「なっ!? おまっ、あれを見つけたのか!? あ、あれは俺がオアシスに行くためのカネ――!」
「へ、何年らいの付き合いだと思ってるんですか? 私にはすべてお見通しです! 可愛いお姉さんと飲むのは年末くらいにしてくださいっ!」
「クソぉ……絶対に見つからないとおもっていたのになぁ……」
ライザちゃんは綺麗に折りたたまれた茶封筒を人差し指と中指で挟みながらニコニコとジークさんに見せびらかす。すると、ジークさんは落胆した表情でトボトボとカウンターの裏へと消えて行った。
「よし、勝った! お騒がせしましたぁ! それで何かご用でも?」
「あっ……ううん。稲森君……私たちと一緒に居た男の子からの伝言を貰っていただけだから」
「そ、そうですか。ええっと、これから朝までは私がここに居るので、もし何かあったら言ってくださいね! おやすみなさい」
「うん……ありがとう、おやすみなさい」
ライザちゃんに別れを告げた私たちは早々に部屋へと戻った。部屋のベッドでは依然としてリリーが眠息を立てながら眠り続けていた。
「ええっと、この子は?」
「……。言いにくいんだけど、私と稲森君が買った奴隷」
「ど、奴隷!? もしかして、この子がジークさんとライザちゃんが言っていた『リリー』って子?」
「うん……」
私だって最初は驚いたのだから由美子が驚くのも無理はない。
でも、由美子にリリーたち獣人が置かれている状況や人命的に危なかったこと、稲森君がこの世界を知っている事などを説明すると多少の理解は得ることが出来た。
それでも由美子の表情は曇ったままだった。
「でも、稲森君だっけ? あの後輩君が迷わずに奴隷を買いに行くなんて……。なんか、私は変だって思う。それ以外の理由が何かあるんじゃ……」
「それは……私にも分からない。……でも、この世界を知っている稲森君が「絶対に必要だって」……そう言うからには多分……意味があるんだと思う」
私は由美子に苦し紛れにそう説明した。しかし、どこか由美子は納得して居ないものの、リリーを可愛いと思ってくれたのか、ベッド脇に立って頭を撫でる。
「まぁ? ここで悩んで居たって仕方ないし、機会を見計らって聞いてみよう?」
「うん……」
私と由美子はリリーを挟み込んで静かにベッドへ入った。リリーは少し体を動かしたが、コレといって目覚めることも無く、眠りに付いたままだった。そして、私たちもリリーの暖かさに当てられてか、次第に眠りに落ちて行った。
こうして激動の転移一日目が終わりを迎えた。




