第19話 仲直り
「先輩と長谷川先輩の間にそんな事があったんですね」
終始、相槌を打ちながら話を聞き続けていた稲森君はそう言葉を漏らした。
そして彼は壁に寄り掛かったまま、こう続けた。
「一つ質問してもいいですか?」
「質問……?」
「そうです。確認したい事があります」
稲森君は目を閉じながら壁から離れ、息を吐いてから私を直視する。
「先輩は長谷川先輩が、本当に親友の『フリをしていた』と思いますか?」
「それは……。でも、由美子が『親友じゃない』って――そう言っていたし、殴られたんだよ? それに……いじめだってしてきただんだから……」
「でも、先輩はその言葉を信じてない。そうじゃないですか?」
その言葉に思わず、私は視線を落とす。
「……。それは――」
「先輩が、長谷川先輩の事を話しているところを見ていて思ったんですよ。すごく楽しそうだな、楽しかったんだろうなって。――それってつまり、本当は先輩自身が『未だに親友なんじゃないか』って疑っているからじゃないですか?」
「っ……!! 分かったように言わないで……。そんなの、そんなの……私だって由美子が親友だって思っていたいよ! 今までの全部が、全てが本物だったって!」
「――なら、真実は何なのか長谷川先輩の元に行って確かめましょう。ここで僕と悩んでいてもラチがあきません」
「それは……。そう、だけど……でも、怖いの。由美子にまた「親友じゃない」って言われたら……わたし、今度こそ立ち直れないかもしれない」
「大丈夫です、先輩には友達の僕がついています。僕は――僕だけは絶対、先輩の味方ですから。この際です。ハッキリさせちゃいましょう。何事も犠牲無くして結果は得れないんですから」
「……そう、だね」
現実とは異なる世界に来てしまったんだ。
今までされたことを考えたら由美子の事は信じられない。けれど、私の脳裏にへばり付いた由美子の笑顔や共有した楽しさはいつまでも残り続けている。そんな霞みそうで消えない記憶――それが本物なのか、偽物なのかは由美子しか知らない。
「さぁ、善は急げです。行きましょう、先輩」
私の真実を知りたいと思う気持ちを後押しするかのように稲森君が私に手を差し伸べる。私はその手を取って夕焼け空の街中を一歩いっぽ、踏みしめるように歩きながら由美子の待つギルドへと足を運ぶ。
暗くなり始めた街中には街灯が灯り、淡い白色の光が辺りを照らす。
そんなギルド前の一角に座り込んでいる由美子の姿が見えて私は声を捻りだした。
「ゆ、由美子……」
「実結……。来て、くれたんだ? あ、あのね? 実結、私……わたし、どうしてもみゆに謝り……たくてっ――」
「ちょっ、由美子……? どうしてこんな今更……泣きたいのはこっちなのにっ!」
由美子は泣きながら駆け寄ってきて私に抱きつく。
泣きじゃくる由美子を前に、私は投げ飛ばすこともできず、どうすることもできなくてお互いに地面へと膝を付いた。
「ごめんっ……私、本当はいじめなんて、いじめなんてしたくなかったのにっ……わたしたち、親友だったのに……」
「なにを今さら、もう遅いよっ!!」
「分かってる、やったことは許されないって! 微塵も許されるなんて思ってない。でも、本当にごめん……ごめんなさい……」
嫌悪感を示すように言葉を放る私に由美子はとにかく謝罪する。本当は今すぐにでも糾弾して、ボコボコしてやりたい感情が私の中で高まって拳に力が入った。
けれど、そんなことを私は本当に由美子にしたいのだろうか。
『――私的には本物の実結の方が100倍、可愛いって思う!』
『――実結は私の親友なんだからそんなの当然でしょ!』
過去の記憶が私の頭を過って、スッと冷静さが戻って来る。
怒りに支配されながらも言葉を吐く。
「……ふざけないで!! いじめなんてしたくなかった?? それで謝りたい?? あんなに好き勝手に言いたいように暴言を言って、蹴ったり、殴ったりしてきたくせに……!!」
「ごめん、ごめんっ……! でも、仕方……なかったの」
「仕方なかった? 仕方なかったって……どういう事!! どうせ体の良い言い訳でしょう!!」
「違う、ちがうのっ……美咲に、アイツに脅されて――」
「え、えぇ……?」
泣きじゃくる由美子は私の目をまっすぐに見る。
それは決して嘘を付いている人間の目つきには見えなかった。
「おど……されてた……?」
「入学前にアイツが、美咲が家に来たの……。自分の命令に逆らったら『お前が犯罪者の娘だって言いふらしてお父さんをまた、刑務所におくってやる』って……! 『今度こそ、家族ごとバラバラにしてやる』ってっ……」
「そんなっ……」
「もし、それが嫌なら大人しく命令に従えって……そう言われて……それで……それで、わたしは……」
「それならっ……なんで、なんで私に相談を――!? まさか、私の為に……?」
そうか。由美子は私を面倒ごとから避けるためにわざと突き放したんだ。
それなのに私は何一つ気付かずに親友の危機を見過ごして――。
あぁ、なんて私は馬鹿なんだ。
あまりの衝撃に私が言葉を失っていると由美子はスッと私から離れる。
「でも……そんなの、言い訳にしかならない。私を親友を裏切った……だから、だから実結……私を殴って……好きにしてっ! それだけのことを私は実結にしたんだからっ……」
「由美子……」
最初から私を裏切ってなんて居なかった。単に昔のままだったんだ。
真っすぐな所も根が正直なところも、全部すべてが変わっていない。
それは他の誰よりも由美子の事を知っている私が一番わかる。
それなら、ここで由美子の親友として『清算をさせてあげるべき』だ。
「っ……!!」
私は思いっきり、地面に由美子を引き倒して右手を大きくて振り上げ、由美子の顔をパチンと引っ叩いた。けれど、私にはその一撃だけで限界だった。
涙が頬を伝って由美子の顔に流れ落ちる。
「……これでおしまいっ。もう、私には由美子を叩くなんて……できない。それに――ごめんっ、ごめんね、由美子。私……由美子が悩んでいたことを何も、なにも気づいてあげられなかった」
「実結は……みゆは悪くないっ! 全部……私が悪いの」
私は我慢していた思いを預けるようにグッと由美子の体に抱きつく。
「もうこの話は終わりにしよう? 苦しいのも、悲しいのももう要らないよ……。また、今から私と……イチから友達になって欲しい」
「親友を裏切った、酷い事をした私なんかで……いいの?」
「馬鹿っ……由美子が良いんだよ! ――だって親友でしょう? 私たち」
そこから私たちは人目を憚らず、道路上で抱き合いながら引き裂かれた友情を再確認するかのように泣き続けた。




