第17話 成長と不協和音(由美子&実結の過去エピソード5)
翌週の月曜日、私と由美子の姿は中学校の職員室にあった。
そう、土曜日に話していた転部届を受理してもらうためだ。
「「よろしくお願いします……!」」
「まぁ、長谷川の方は分かるが、白鳥もうちに転部とはな?」
「あっ……はい。その、頑張ります」
「ふぅ、まぁいいさ。やるだけやってみろ」
そう言って陸上部の顧問は呆気なく受理した。
ただし、私には条件が付いた。
「長谷川は女バスで体力もそこそこあるが、白鳥は文化部から運動部への転向だ。しばらくの間はマネージャー業務をしつつ、トレーニングをしてもらう。いいな?」
「はい……よろしくお願いします」
「よし、じゃあ、付いてこい」
こうして私たちの陸上部での生活が始まった。
由美子は記録を測ってもらいながら何の競技に向いているのか判断してもらいつつ、体力づくりを――そして、私はマネージャー兼選手として両方の作業を効率よくやっていく。ただ、私は体力が無いこともあってマネージャー業務を主として任されることが多い。
「白鳥さん。長距離走組が間もなく終わって、休憩入るから飲み物、もっていって」
「は、はい……!」
陸上部においてマネージャーの仕事は主に記録タイムの整理、飲み物の補充、練習で使うトラックの線引きなどいろいろなモノがある。その中でも最も大変なのが飲み物を運ぶ作業だ。
「うぎぎ……(きっ……重い……! なんでこんなに重いの!?)」
悲鳴に近い唸り声を上げながら必死に運んでいく。正直な話、陸部の女マネージャーである『愛澤先輩』ならパッと行ってパッと戻って来るくらいの仕事だ。でも、私にとっては重労働だ。それでも、今の私は昔とはちょっと違う。
「運び込みお疲れさま。次は――」
「あ、あ、あのっ! 愛澤先輩! その……どうやったら愛澤先輩みたいに素早く飲み物を運べるようになりますか?!」
正直、愛澤先輩は釣り目で強面の先輩だ。こんなこと聞いたら怒られるかもしれない。それでも由美子が頑張ってるのに私が頑張らないわけには行かないかった。
「(……ひっ!)」
振り返った愛澤先輩の目はやはり怒っている。大声で叱責されるかもと身構えたが、意外にも同情するような声を漏らす。
「……そうね、やっぱり、筋力をつけるしかないかな? でも、簡単に付くわけじゃ無いし、大変よね? 私がやったほうがいいかしら?」
「あっ……その、嫌とかそういうことじゃなくて……先輩もその……工夫してるんだろうなって分かるので……何かコツがあればってそう思っただけで……」
「ふーん? 私のことを見て学ぼうってわけだ? じゃあ、ヒント! 時間を見なさい。時間で配分しながら行動するの」
「時間……?」
「そう。時間感覚さえつかめればどこに早く届ければいいか分かるからね。ただ、走ってるところを横断するなんて言語同断だから注意しなきゃいけないけど」
「……わかりました! ありがとうございます」
「うん! って、あっ! まずい、短距離の休憩よ! 急いで運ぶわよ!」
「は、はいいい!」
私と愛澤先輩が飲み物を届けに行くとそこには完全に疲れている由美子の姿があった。私は端から見ていることが多いから分からないが、相当な練習量なのだろう。
「由美子、大丈夫……? はい、ドリンク……」
「はぁはぁはぁ……ありがとっ……大丈夫……っていうか、その……楽しい!」
そこには今まで見たことも無いような由美子の笑顔があった。私は私なりに、そして由美子は由美子なりに必死になって努力を続ける。私たちはそうやって少しずつだけれど、成長していった。
その成果は日々が過ぎるたび、顕著なほどに現れてきていた。
例えば、私の場合は全体休憩の時に――
「実結ちゃん、いつもありがとう」
「あっ、いえ……私は先輩達みたいに……早く走れないので……」
「だとしても! ありがとう。ああ……そういえば、最近「うぎぎ」って聞かなくなったね?」
先輩たちがあっけらかんとそんな事を言う。
私としては不意を突かれた形でフリーズしてしまう。
「……!? あ、あれ、き、き、聞こえて……いたんですか……?」
「うん、ごめん。ぶっちゃけ、みんな知ってる」
「……はぅ……」
「「やっぱり、可愛いい……!」」
そんな感じでなんやかんや言いつつも内側の先輩たちとも打ち解けれるようになっていた。最初は由美子が居ないと緊張するばっかりの私がここまで来れたことは自分でも驚いている。
その一方で由美子は新加入からわずか数か月後の新人大会で県のベスト8まで入るほどの実力を残した。顧問もこの事態に舌を巻き、まだまだ伸びしろはあると言って太鼓判を押したそうだ。
図書館で一人、本を読んで過ごす程度の陰キャだった私。
それなのに親友が出来てクラスにも馴染んで、はたまた陸部でのマネージャーという居場所まで得た。こんな奇跡に私は静かに感謝していた。
そう、あのニュースが出るまでは――。
新人大会が終了したある日、テレビである報道がなされた。
それは数か月前、女子中学生を指導と称して体罰を振るった男教師の脱獄だ。
その情報に学校は臨時休校を決めた。
「あの教師が捕まるまで二人は休め。万が一ってことがあるからな」
「「……はい」」
私たちはそのニュースに振り回される形で学校すらも欠席することになった。警察も私の家と由美子の家、それから学校をマークして復讐を警戒していた。そんな緊迫した事態のせいで今では私たちは完全な電話友達の状態だ。
「……早く、捕まればいいね」
「うん。実結が一番恨まれてるかもしれない。だから――」
「うん……戸締りもしっかりする。大丈夫……きっと、警察が何とかしてくれるよ……由美子も気を付けてね?」
「うん。そう、だよね。お互い気を付けないとね」
「うん……」
明らかに由美子が動揺しているのが私には分かった。いつもならもっとノリのいいテンションで私に話しかけてくるのに今日はそれがない。多分、私の事をすごく心配してくれているんだと思う。
だから、私は少しでも明るくしてあげなければと声のトーンを上げた。
「あ……あのさ! 由美子」
「ん?」
「その……私、また髪が伸びて来ちゃって……今度、切ってくれる……かな?」
「あは、あははは! 完全にリピーターじゃん! う、うん! 私なんかで良かったらいつでも切ってあげる!」
「ふふっ! じゃあ、お願いね……!」
「うん! ……あっ、はーい! ご飯みたいだから切るね! また明日!」
「うん……! ばいばい!」
そう言って通話切った。でも、これが由美子の声を聴いた最後だった。
翌日、朝起きた私がスマホを眺めるとそこには由美子からのメッセージが一通だけ残されていた。
『実結、ごめん。もう会えない。バイバイ。元気でね』
「何……これっ……!」
私は急いで電話を掛ける。でも、着信拒否されているのか電話が通じない。
「……っ! 行かなきゃ!」
私は気付けば急いで私服に着替えて家を飛び出した。
途中でお母さんに止められた気もした。でも、こんなメッセージを由美子が面白半分に送って来るとは思えなかったし、電話を着信拒否にするなんて尋常じゃない。
「(……それに私の家の周りに居た警察が居ない。まさか――!)」
無性に嫌な予感がして私の心が急げとせかす。由美子の家に着くとそこには警察のイエローテープが張り巡らされ、周囲に報道陣が殺到していた。そして、その場からアナウンサーの声が漏れ聞こえてくる。
「昨日、護送車から脱走した『少女暴行事件の犯人』は被害者の家族を襲撃し、被疑者死亡という形で幕を落としました。事件は未明に警察官の制止を振り切って侵入した犯人を取り押さえようとした被害女児の父親である長谷川 真司容疑者が誤ってナイフで刺したということで、警察は殺人の容疑で真司容疑者を緊急逮捕したとのことです」
その場に雨がポタポタと落ち、それが静かに私の全身を濡らしていく。
それでも私は歩みを止めるわけには行かなかった。だって由美子は私の初めてできた友達で――かけがえのない親友なんだ。
「こらっ! 中に入るんじゃない!」
「離して……離してよっ……!!」
「この子は――!」
「おい、あの子を映せ!」
私を制止した警察官と報道陣はすぐに私がもう一人の被害者だとすぐにわかっただろう。でも、由美子に会うことは叶わなかった。そして、容疑者の死という形で幕を引いた脱走事件と共に由美子は私の前から姿を消してしまった。




