第14話 通じ合う二人(由美子&実結の過去エピソード2)
あれから2週間が経って私たちは遂に仲良く退院の朝を迎えていた。
この数週間、同じ病室で療養していた私と由美子はいろいろなことを喋った。例えば、私が好きな小説の事や好きな食べ物、好きな歌手の事――とにかく、思いつくままに話しまくった。
「実結、おはよ! どう調子は?」
最初こそ陽キャである由美子と“そういう話”をすることに抵抗があって、うまく話せないことも多かったが、彼女の明るさと持ち前の強引さでなんやかんや話をするようになっていた。
多分、これが友達――いや、私にとっては『親友』というモノなのだろう。
「うーん……まずまず、かな?」
「せっかくの退院日なんだからしっかりしないと。明日から学校なんだからさ!」
「学校……かぁ……」
「あからさまに嫌そうな顔しないでよ~。私だって嫌なんだから……」
「えええ!?」
「わぁああ!? な、何!? びっくりしたぁ……。ど、どうして実結がそんなに驚いてるわけ?」
今までクラスの端から覗き込むように由美子を見ていた私からすると由美子は『学校、大好き!』というイメージだっただけに開いた口がふさがらない。
「いや、だって……えっと……その由美子って学校が嫌いそうなイメージじゃないから」
「はぁあ!? 私は『休み最高! 学校なんて無くなれぇ!』って思っているくらいだよ? ってか、実結の中で私はどんなイメージな訳!? まじでありえない!」
「あっ……いや、その……ごめん……」
怒ったようにスクールバックを持って病室の扉へ向かうが、そこで振り向いて笑顔を向けてくる。まるで「怒ったと思った?」と言わんばかりに。そして、由美子は病室のドアに手を掛ける。
「でもまぁ……今、『由美子』って呼んでくれたからチャラにしてあげる! また学校でね! 実結!」
「う、うん……!」
「それじゃ、お母さん来てるみたいだから先に行くね!」
由美子と手を振って別れる。普段なら誰かに手を振るなんてしないのに自然と手が動いていた。そして、なぜだろう。学校に行くのが楽しみになってくる。けれど、そう思う一方で、明日から由美子の性格に振り回されるんじゃないかと不安も過る。
「……大丈夫かな? 明日から――」
独りでに呟いているとピコンッとスマホのメッセージアプリの音が鳴り響く。
「ん? お母さんかな? ほえ!? な、なんで!?」
来た通知を見て思わず、私は仰け反った。家族とのやり取りにしか使わないアプリに『由美子』と通知されていたからだ。私の電話番号すら知らないはずの由美子がどうして知っているのか理解できなかった。すると、またピコンッと音が鳴る。
『びっくりした? びっくりしたよね? ( ´艸`)』
「これをびっくりしないで何に驚くの? ……ん?」
由美子の笑い声が聞こえた気がして、ドアに目を向けると少し開いていた病室の扉が閉まる。確実にそこに誰かが居たはずなのだが、私が出た時には誰の姿もなかった。
「……気のせい?」
再び、スマホに目線を落とすとそこには盛大に驚いている私の写真が載っていた。
「ふふっ、凄い驚き方してる……私……」
普通は怒る場面なんだろうけど、それでもなぜか笑っていた。
面白くて笑ってしまうくらいには楽しかった。だから、仕返しをしてやろう。
そう、私のかけがえのない親友に――。
「『さて、これは誰の寝顔でしょう?』 送信……っと」
その数秒後には『なんてものを撮ってんの!! 今すぐ消して!! 謝りに行くから!!』と返信が返ってきて病室の扉がまた開いた。
「はぁはぁはぁ……! ごめん、さっきの謝るからマジで消してぇ!」
「それはこっちのセリフ」
「「ふふふ、あははは!」」
結局、私たちは相性が最悪に悪いはずなのに気付けば笑い合ってしまう。いつの間にか由美子は私にとって何にも代えられない存在になっていた。
その後、私たちはお母さんたちが揃ってから二家族で帰路についた。後に聞いたことだけれど、由美子は私の電話番号を忘れてしまったと嘘を付いてウチのお母さんから聞き出したらしい。
それも『私と親友だから忘れたと言ったら傷つく』と言って――。
「もうこんなんじゃ、由美子なしには学校行けないじゃん……」
私は久しぶりに帰ってきた自宅の部屋で本より何より、由美子と病院生活で撮ったスマホの写真を眺める。枚数は多くないけれど、写真なんてめったに撮らない私にとっては新鮮で仕方がなかった。
「バカやってないで寝よう……」
スマホを伏せて眠りにつく。明日もきっといい日になると信じて。
でも、それは波乱の幕開けでもあった。
「……ん?」
翌日、スマホがウィンウィンと振動しているのに気づいて私はスマホの表示を見る。その表示は安定の由美子だった。
「……もしもし」
「もしもしじゃないよ! 時間、時間!!」
「ほぇ……?」
「今、8時だよ! 実結、急いで!」
部屋の時計を見ると7時10分だが、スマホを見れば8時2分。
つまり、寝坊したことに今更、気づいた。
「ひゃあ!? どうしよう……!」
「いいからチャチャッと制服着て降りてきて!」
「え? もしかして……うちに居るの?」
「うん、玄関先に居るから早く!」
私は制服に着替えながら下の方を覗くとオロオロとしている由美子の姿があった。
「私を待ってくれてたの……?」
「うっ……恥ずかしい話、私も寝坊しちゃったんだよね? その……気持ち……分かるでしょ?」
「うん……何となくだけど……ね」
私は通話をスピーカーホンにしながら制服を慌てて身にまとって階段を下り、玄関から外に出るとそこには自転車に乗った由美子が手招きをする。
「おはよ――わっ……!?」
「挨拶は後にしよう! 時間がないから後ろに乗って!」
「う、うん……!」
由美子が私のバッグを前のカゴに乗せる中、私は彼女の自転車に跨った。
「しっかり捕まってて! 飛ばすよ! うりゃああああ!!」
「ひやっ……怖い、怖いよ……!!」
「案外、実結って声出るじゃん!」
それは当然だ。まるでレーシングカーのように自転車を操って狭い道もお構いなしでペダルを踏んでいくのだから声も上ずって出る。
「なら、サービスと行こうかな!」
「へ……? あっいや……いやあああ~助けてぇ……!」
由美子は坂道をいきなり猛スピードで下る。その勢いで車輪が時折、路面から跳ね上がる。どのテンションがこんなドライビングをさせるのか分からなかったが、予鈴10分前には中学校に着いていた。
「うん、ベストタイム! ベストタイム出た! すごいと思わない? 実結!」
「何、それ……」
「あ、これ? 私さ、陸部がいいなって思った当初から自転車のロードレースに興味が出てさ? それでタイム付けてるの」
その行動力は凄いとは思うけれど、私を乗せてアタックしないで欲しいと思わず、思ってしまう。まぁ、確かに学校に間に合ったのは素晴らしいけど、気持ち悪すぎる。吐きそうだ。
「ある意味、由美子には才能あるかもね……」
「それ、褒めてる?」
「うん、ある意味で……げふっ……う……」
「あわぁぁあああ!?」
私は由美子に付き添ってもらってトイレで事を済ます。幸い、食べ物は食べていないから特に何も出て来なかった。
「実結、ごめんね。ゲロっちゃうことになるとは思わなかったから……その、本当にごめん」
「……大丈夫だから。早く教室に行かないと本当に遅刻しちゃうよ」
未だに申し訳なさそうな彼女にそう勧めつつ、トイレを出ようとすると由美子が私の手を掴んだ。
「あっ! 実結、ちょっと待って! せめてものお詫び……ちょっとここに立って」
「え? う、うん……」
由美子は予鈴間際だと言うのに私を鏡の前に立たせてバックの中を探る。
何かを探しているようでごそごそと中をかき混ぜる。
「これとこれ、あとは――あった! よし、動かないでよ?」
そう言うと由美子は私の髪にシュッと何かを吹きかけてブラッシングする。
ほのかにフレグランスの香りがその場に漂う。
「うわ……やっぱり、実結って髪質いいね? 私みたいに癖毛じゃないのがうらやましいよ」
「そう、なのかな? あまり気にしたことないけど……」
「うん、美容師を目指している私が言うんだから間違いないよ。だってほら?」
鏡の前で由美子が私の髪に触ってみせる。自分の髪とは到底思えないほどサラサラとしていた。さっきのスプレーが艶出しの何かか、寝ぐせ止めだったのか全くこういうモノに詳しくない私にはよく分からなかった。
「……もういい?」
「あっ、ちょっと待ってもうちょっとだから……よし!」
最後に少し目にかかりそうな前髪をピンクの髪留めでパチンとまとめ上げた。
「こんな、可愛いのは……私には似合わないよ……」
「そんなことない。実結の今を見たらみんな可愛いって思うからさ?」
「う、うん……」
正直、鏡を見ても似合わないと思った。それでも優しく微笑みかけてくれる由美子が――初めてできた親友が私の為にしてくれたことを突き返したくはない。
「さ、行くよ! 時間、時間!」
「あっ、ちょ……」
私は由美子に振り回されるまま、手を繋いで教室の中へと入りこむ。
でも、そこは由美子のオンステージで私の出る幕は何処にもない。
いや、そもそも『私』は誰からも歓迎された退院ではないことを知っていた。
「由美子! 退院おめでとうっ! 無事で良かったよ」
「すごく、すごくみんな心配してたんだぞ?」
「みんなありがとうね!」
由美子が教室に入ると瞬く間に彼女をクラスメイトが囲む。
それでも由美子は私の手を離さなかった。
「それで……由美子? なんでさっきから白鳥さんの手を握ってるわけ?」
「うーん? 親友だからだけど?」
「え? 白鳥さんと由美子が?」
「うん。そうだよね?」
全員の目が「おいおい、マジかよ」と言わんばかりの表情で私は今すぐにでもこの場から逃げ出したくなる。
「ぁ……っ!?」
それでも、由美子は手をグッと握って離さない。これは由美子がくれたチャンスだ。
もしかしたらここで話せばみんなと仲良くなれるかもしれない。
「(由美子との出会いもこんな無理から始まったんだよね……)」
私は必死に勇気を振り絞って声を捻りだす。
「う……うん……」
「ほらね? まぁ、こんな感じで恥ずかしがってうまく話せないけど、あのクソ教師から私を守ってくれたの」
「白鳥ってすげぇな……女バスの顧問つったらあのごつい奴だろ? 俺じゃそんなことできねぇや……」
「白鳥さん……ううん、実結ちゃん。由美子を守ってくれてありがとう!」
「みんな……」
思わず、私は目線を下に向けて涙をこらえる。
すると由美子はそれを分かってか知らずか、グッと私を引き寄せて「だから言ったでしょ? 理解されるって」と言わんばかりの笑みを零す。
それからというものの、私は由美子たちと共に時間を過ごすことが多くなった。
もちろん、私は根っからの陰キャで由美子は陽キャだ。交わる機会は増えてもその一線を越えることは出来なかった。それでも由美子と同じ景色を眺めて思い出を重ねられることが私にとっては貴重な事だった。
実際、由美子との生活は刺激に満ち溢れていた。例えば、授業でグループワークがあった時はいつも仲間外れになってしまうけれど、今は違う。
「実結、私と一緒にやろう?」
「えっ……でも……」
「何を謙遜してんの? こういう頭を使うの得意でしょ? 知ってるんだから! みんな知ってる? 実結ったらさ、この前英語の本を読もうとして辞典を引っ張り出してさ――」
「わ、わかったから……! その話は――」
「やりぃ!」
それだけじゃない。放課後になれば由美子とクラスメイト数人でカラオケをしたり、由美子と二人で人生初のプリクラを撮ったりもした。
「あ~! 実結、また目を瞑ってる!」
「嘘……でも、あのフラッシュで目なんて開けられないよ……」
「またまたぁ? まぁ、これはこれで――うん! こうして、ああしてああすれば……できた!!」
「か、可愛い……。宝物にするね……?」
「うん! でも、私的には本物の実結の方が100倍、可愛いって思う!」
ギュッと抱きしめられて苦しいけれど、怖いくらいに楽しかった。日々、様々な刺激を連続で受け続けて良い意味でくらくらする。
それでも、私には一つだけ由美子絡みで気になる事があった。それは由美子が事件前から入りたいと言っていた『陸部に入ろうとしないこと』だった。




