第13話 私と彼女(由美子&実結の過去エピソード1)
「今日は何を読もう……?」
私、白鳥実結は小さい頃から本を読むのが大好きで、数多くの物語が眠る学校の図書館は安らぎの場だった。
「怪談モノも良いけど……ミステリーにしようかな……」
独り言を口ずさみながら棚に並ぶ本をなぞる。そんな私を歓迎するかのように図書館の窓からは穏やかな風が吹き、短い髪が揺れる。
多くの生徒が部活動に勤しむ時間だからか、館内はとても静かで時間の経過は酷くゆっくりと過ぎていく。完全に私の貸し切りだ。
だから、ブツブツと陰口をたたかれる心配もない。
「はぁ……私はわたしだから……」
誰とも仲良くならなくたって大丈夫。
別に性格が内向的だからって悪い訳じゃない。
それにハブられたって悲しくなんてない。
だって、私はいつも『そういう環境』で生き抜いてきたのだから。
悪い思考を振り切るように首を振った私は本を手に持ち、お気に入りのスペースへと足を進める。しかし、その向かう先には異変が起きていた。
「(誰か……いる? あれって、確か同じクラスの……)」
私がいつも座っている窓際の席に、同じクラスの長谷川さんが座っていた。彼女は何を読むでもなくグラウンドの方をポツンと見つめ続けていた。
「(何をしてるんだろう? 部活無いのかな? 邪魔だし、どこかに行ってくれないかな?)」
今は試験期間でもないから図書館は私と長谷川さんしかいない。お気に入りの場所を盗られた私は渋々、別の窓際へと移動して本を読み始める。でも、いつも居ない彼女の存在が気になってチラチラと見てしまう。正直、読書どころじゃない。
「……? さっきから何? 私に何か用でもあるの?」
「あっ……いや、その、あの……」
目が合ってしまった。しかも、目線が鋭い。
気に触れちゃったのかもしれない。
ヤバい、何か言わないと怒ってくるに違いない。
「(でも、こんな綺麗で真面目な陽キャ相手に会話するなんて無理だよ‥…)」
そうして思考が真っ白になる中、長谷川さんはポニーテルの髪を揺らしながら、どんどん近づいてくる。
ああ、これは嫌味を言われるんだ。
陰キャの癖に私を見るなとか、でしょう?
瞬時にそう判断した私は心に障壁を張るように身構えた。
「っ……」
「ん? へぇ~白鳥さんってミステリーも読むんだ?」
「えっ? あっ……!」
長谷川さんがひょいlっと本を私から取り上げる。
彼女は私が読もうとしていた本に興味津々といった感じでぺらぺらとページを捲る。
「い~つも教室で本ばっかり読んでるから何を読んでるのかな~って。ほぉ? これって昔から定評のあるミステリーじゃん。おもしろそうだね。はい、ありがと!」
「え……あ、う、うん……」
「うーん? ねぇ、今、ちょっとウザいと思ったでしょ?」
いやいや、ウザいと思う以外に何があると言うんだろうか。
でも、そんな事を正面から言えるわけもない私はできるだけ「何のことか分かりません」と首を傾げるが、その反応を見て彼女は苦笑を浮かべる。
「図星かぁ~あはは……。でも、こう見えて私も本を読むの、好きなんだよ? まぁ、白鳥さんみたいにマニアックじゃないけどね?」
「え……? ぁ……そう……なんだ?」
図書館で本を読んでいないのに、どの口がそう言うのか私には分からなかったが、こんな陽キャの典型みたいな人が読書好きというのには驚いた。
「信じてないでしょう? ……まぁ、いいや! なんかごめんね? 読書の邪魔だったでしょ? 私のことは気にしないで! 私はえっと……そう! 時間つぶしだからさ? 物だと思って読書してて?」
それから私たち二人は離れて何も話さず、閉館までの時を過ごす。
きっと、これは陽キャの気まぐれ。この時間帯に会うのも今日が最初で最後だ。
そう思っていた。
しかし、そんな日常はその日からしばらくの間、続いた。
最初こそ、『何でまた居るの?』と思っていたが、共用のスペースだから「来るな」とも言えないし、言う度胸も無い。
「……置物だと思って気にしないようにしよう。誰も居ない……誰もいない……」
それが3日、5日と経つにつれて違和感も薄れてきたのか、次第に本へと集中できるようになって気にならなくなってきた。
そして、そんな日々が1週間続いたある日、いつものように図書室で本を読んでいると私の隣へ長谷川さんがおもむろに座り始めた。
「隣、お邪魔するよ? なんかさ~? 一人でいるとさ、寂しくてさ?」
「え……あの、ぇ……う、うん……」
その言葉に動揺が止まらない。寂しいならクラスメイトや友達の所に行けばいい。
なんで、よりによって私の隣なのか、全くもって理解できない。
「ありがと! いやぁ~このライトノベル面白いんだよね~!」
けれど、今日の長谷川さんはどこか空回っているような感じだった。
私から見る限り、長谷川 由美子という人物は『常にクラスの中心に居て、頼られ役として生き生きしている存在』だ。今日の彼女は、あまりにも彼女らしくない。
「(何か、あった……とか?)」
疑問を抱きながらも気にしないように本へ目を落とし、読書に集中しようと文字を追う。しかし、そんな努力はすぐ無駄になった。
「由美子! やっと見つけたぞ! お前、こんなところで何やってんだよ!」
「ぁ……よっ! 男バスの部活は?」
「そんなの行ってんに決まってんだろ! 何、馬鹿言ってんだよ!」
図書館の中へ慌てた様子でビブスを付けた長身の男子生徒が飛び込んできたのだ。
肩で息を切らしたその男子は続けざまに声を荒げる。
「お前、最近バスケ部の部活に顔を出してないそうじゃないか! 先輩と顧問がカンカンだぞ!」
「だからなに? 私は今、読書してるんだけど?」
「お前っ……!! ったく、俺は警告はしたぞ! しらねぇからな!」
バンっと勢いよくドアを閉めて男子生徒は出て行った。その音に私がビクビクしていると長谷川さんは目を細めて笑いながら両手を合わせる。
「ごめん、ごめん。あいつ馬鹿だからさ? ……ったぁく、図書館は静かにしなさいって習わなかったのかね~。ねぇ?」
その時ばかりは長谷川さんが無理に笑っているように見えた。
そんな彼女を前にしたからか、自然と私の口は動いていた。
「あ、あの……長谷川さん、もしかして何か悩んでるの?」
「うん。まぁね」
「そう……なんだ。長谷川さんも大変だね……」
私は静かに本へと視線を戻す。
「え、ちょっ!? そこまで聞いておいて何も聞かないの?」
「……? だって……長谷川さんの悩みを聞いても私……何もアドバイスなんてできないと思うから」
「ぶっ、しらとり――ううん、実結は本当に面白いね?」
「っ……!」
家族や先生たち以外から名前で呼ばれたことが初めてで恥ずかしくなる。
顔が熱くなっていくのを感じた私は咄嗟に顔を背ける。
「ふふっ、反応がめっちゃ可愛い!」
「か、可愛くなんて……ないよ……」
「そう? もっとクラスでみんなと話せば仲良くなれると思うけど? まぁ、今の言い合いの後じゃ、私の説得力なんて皆無かな?」
長谷川さん――ううん、由美子は席を立って窓際の壁に寄り掛かって私の方を振り向く。その面影はいつもクラスで見る生き生きしている彼女ではなく、悲しそうな顔をしていた。その表情に言葉を失う。
「……。ねぇ、実結。今から話すことはさ? 私の独り言。ただ、私が話したいから話すだけだから」
そう一つ前置きをして、深く息を吸い込んで由美子は話始める。
「私ってさ。バスケ部に入ってるんだけどさ? その顧問がヤバいの。練習で失敗するとグーで殴ったり、蹴ったりするんだよ。ありえないよね? しかもさ、こういう溝内とか傷に残らないところ狙ってきてさ? ――んまぁ、要は陰湿な体罰があるって訳! それで私、嫌になって逃げだして来たんだ。で、その時に見たのがアレ。陸部だったの」
由美子は外を指さす。その目には少し涙が溜まっていて夕陽で光っていた。
「そのスピード感を見て思っちゃったんだよね。『陸部ってなんであんなに自由なんだろう、いいな~』って、陸部なら私も輝けるかもって思ったんだ。でもさ……部活を抜けるには顧問の印が必要で……私、何度も頼んだの。『退部したいです』って。でも認められなくって。それで……暴力……ばっかり振るわれて……もう……わたし……」
「……っ!」
由美子は静かに泣き始める。その姿があまりにも可哀そうで私は由美子の隣に駆け寄った。でも、こういう時、どうしたらいいのか友達なんて居ない私には分からなかった。
「(ほ、本格的に泣いてる。どうしよう、どうしよう? どうしたら――!)」
「実結……ごめん。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから……じっとしててね」
「あっ――うん……」
由美子は慌てふためく私の体に手を回して泣き始めた。多分、ずっと我慢していて、泣きたくても誰にも話すことなんて出来なかったに違いない。
たかが1週間、同じ図書館で『時を共にしただけ』だけど、そんな孤独感は私にも分かる節があった。しかし、陰キャな私が彼女にしてあげられることは胸を貸す事くらいが関の山だった。
「うう……」
「(一人でずっと辛かったんだ……。――あ、足音? 誰かこっちにくる?)」
「おい、長谷川ああぁぁ!!」
廊下を走って来る音と共に扉が思いっきり開かれる。その先から現れたのは女子バスケ部の先輩とその顧問をしている男教師だった。
「何、部活をサボってやっているかと思えば読書だぁ? てめぇ、女バス、舐めてんのか!! こらあ!?」
「長谷川、今すぐ先生に謝って!!」
そう叫びながら入って来る二人を見て由美子は私から離れ、涙を拭きとりながら鋭い目線を向けて二人に向かって行く。
「わ、私はバスケ部をやめる! それはもう何度もお伝えしたはずです! 私の意志が変わることは――!」
その直後、顧問の男教師が由美子の胸倉をつかんで思いっきり、机の上へと放った。机の上を滑走した由美子は勢いのまま、激しく本棚にぶつかって床へと落下し、由美子の姿が消えた付近からの悶える声が漏れ聞こえる。
私はあまりに突然の事態に言葉を失うが、顧問の男教師は興奮冷めやらぬ様子で怒りの表情を浮かべたまま、振り返る。
「ったく、てこずらせやがって! おい、キャプテン……あいつよ? 今、俺に反抗するようなこと……言ってたよな?」
「は、はい……でも……」
「あ!? なんか文句あんのか? なぁ!! キャプテン!!」
「い、いえ。そんなことは……」
「よし、じゃあ、お前は練習に戻れ。俺はあいつを『教育』しなくちゃいけないからな」
「は、はいっ……」
女子バスケ部の先輩が逃げ出す中、男教師は由美子に向かって迫って行く。
このままでは由美子がボコボコに暴行されてしまうのは目に見えている。
「(でも、こんなの……こんなの、私だけでどうすれば……どうすればいいの?)」
何も簡単な話だ。見て見ぬふりをすればすべてが丸く収まる。由美子を切り捨てればいい。それですべてが終わると自分の心がそう囁く。
きっとこの状況で何事も無かったかのように立ち去っても由美子は何も責めたりしないはずだ。ましてや、私が間に入った所で何かを変えれるという保証はない。
「(っ……でも、でも……やっぱり……これで逃げるなんて――無理……!)」
私は気付けば駆けていた。何が出来る訳でもない私だけど、この人生で初めて頼ってきた相手を――もしかしたら『友達』になれるかもしれないと思った人を放って逃げるわけには行かなかった。
「やめてっ……!」
床に倒れ込みながら横から由美子に覆いかぶさる。次の瞬間、男教師の足蹴りが私の顔面にモロに入った。私の乱入に驚いた男教師は一瞬、暴行を止めたが、舌打ちをして『やっちまったもんは仕方がない』と言わんばかりに私を足蹴りで吹き飛ばす。本棚に激しくぶつかった痛みで起き上がれなくなる。
「実結っ、なんで!? っ……教師のくせにこんなことしてタダで済むと――嫌っ! 痛い! 離して!」
「くっ……うぅ……」
私は痛みで起き上がれない体に起きろと言い聞かせる。今、立たなかったら後悔する。その一心で由美子の髪の毛をグッと握った男教師に食らいつく。
「……離してっ! やめてあげて!」
「お前、しつこいんだよ!! これは女バスの問題だ! ツベコベ出張って来るんじゃなねぇ! 鬱陶しい!」
その場で私と由美子は女バスの部長が練習終了の挨拶をしに来るまでその男教師から散々、殴る蹴るの暴行を受け続けた。男教師が去って行ったときには私と由美子は意識も虚ろで動けなくなっていた。
「うぅっ……」
「大丈……夫……?」
「う……ん……」
私が力なくそう答えると由美子は私に寄ってきて肩を合わせる。
「実結……ごめん。私のせいで……でも、うれしかった……私を見捨てないで……くれて……本当にありがとう……」
「ううん……私は……助けてなんて……ない……。だって、お互いボロボロ……でしょう?」
「そんなこと……ないよ。私なら逃げてた、絶対に……。やっぱり、すごく実結は……カッコよかったよ」
「そう……かな……?」
「うん……もっと……自信を持っていいよ。実結は――」
優しく微笑む由美子と私は手を繋いでそのまま図書室の中で意識を失った。
でも、それから数時間たった深夜、私たちは叩き起こされた。
「いました!! 大丈夫か!?」
「おいおい、怪我しているじゃないか。いったい、ここで何があったんだ? 本部。マル索事案の児童を発見! 保護した児童は負傷している。中学校に至急、救急を」
私が目を開けるとそこにはお巡りさんがいた。
後で分かったことだが、私の母と由美子の母が遅くなっても帰ってこない娘を心配して警察署に捜索願を出して今に至ったそうだ。
病院で目覚めた私たちは警察にあるがままの事実を話し、教師による『暴行があった』と伝えた。警察はすぐに女バスの顧問を重要参考人として任意同行し、翌日には傷害罪と殺人未遂の容疑で逮捕され、事態は収束した。




