第15話 信頼し合う二人(由美子&実結の過去エピソード3)
退院から3週間が経って梅雨に入った。雨が土砂降りになることが多いこの時期、私は好んで図書館に入り浸る。それは女バス――女子バスケットボール部に入っているはずの由美子も同じだった。
「今日は何読んでるの?」
「えっと……神話系の物語」
「うわっ! またマニアックで難しそうなものを……」
「そうでもないよ……? 結構、読むと面白かったりするし」
「私にはこういうラノベが一番読みやすくていいけどね?」
由美子はいつもと変わらない様子で私の横で中高生向けのライトノベルを手にしながら机に身を預けて本を広げる。放課後に遊びに行かないときはこうして二人で図書館にいることが多くなった。
「ねぇ……由美子は部活に行ないの?」
「え? 私? うーん……うん」
「それって……その、やっぱり――」
「あ、そうだ! 今度さ、私の家に泊まりに来ない?」
私の話を上書きするように由美子は唐突にそう誘ってきた。
「……由美子の家に?」
「そう! 私の家なんてそんな大層なモノじゃないからあれだけど、実結が好きそうなミステリー本とか、DVDがたくさんあるの! まぁ、大半がお父さんの趣味なんだけどさ……?」
由美子は恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言っていたが、私としてはその誘いが嬉しくてたまらなかった。他人の――ましてや、友達の家に泊まりに行く。そんなことができるなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。
「でも……私なんかが行っていいの?」
「まーた、そうやって「私なんか」って言う! 実結は私の親友なんだからそんなの当然でしょ!」
「……っ」
「やっぱり、照れてるの可愛い~!」
「も……もう……おちょくらないでよ……」
「じゃあ、今週の土曜日にしよう。決定ね! 意義反論は認めません!」
「「ふふふ」」
二人で笑い合うこの瞬間、それだけが幸せだった。
その空間を――この関係を壊したくない。本当は由美子が部活動に戻らない理由や転部しない理由が気になる。でも、それ以上に私の心は人生で初めての『お泊り会』に話を持っていかれて、それどころではなかった。
「(今から楽しみ……。どうしよう……)」
そして、人生初めてのお泊り会前日の深夜。
私は一人、自分の部屋で頭を抱えていた。
「ええっと、パジャマに私服……あとは歯ブラシ。ん~……何をもっていけばいいんだろう……?」
自宅の部屋でウロウロと歩きまわりながらスマホに目線を移して手に取る。いっそ、初めてなんだから由美子に何を持っていけばいいのか、聞いてしまおうかと――。
「ううっ……だめ……恥ずかしくて聞けないっ……!」
そんな私を他所にピコンッとメッセージアプリの通知音が鳴る。覗き込んでみれば渦中の由美子からだった。
「『もう寝ちゃった? 用意とかで困ってない?』って……あはは……」
でも、私は素直には言えなくて疑問形で「起きてるけど、どうしてそんなこと聞くの?」と返信する。すると、由美子からは意外な文面が帰ってきた。
『いや、余計なお世話かもしんないけどさ? 私も泊り会にいく時、どうだったかな~って思い出すと何を持って行けばいいか分からなかったから実結は大丈夫かな~って思って!』
「由美子も最初はそんな風に悩んだんだ……?」
改めて、由美子も私もそういう所は人として同じなんだなと思いつつ、同時に由美子はしっかり周りが見えていると感心してしまう。
「頼っても……いいよね?」
私は思い切ってスマホの通話ボタンを押す。こんな時に頼るなんておかしいけれど、私にとっては大きな一歩だった。
「も、もしもし……?」
「へへん、やっぱり悩んでた?」
「う、うん……泊りに行く身なのに、こんなこと……ごめん……」
「何を謝ってんの? 私としては実結から電話が掛かって来るなんて新鮮でむしろ、めちゃくちゃびっくりしちゃったよ!」
「そ、そう……?」
「うん! だって、実結から電話掛けてきてくれたことなんて無かったじゃん?」
「言われてみればそうかも……。でも、その……親友……だから……いいかなって……」
「え? あれ、ごめん。もう一回、言ってくれる?」
「……っ! バカ……聞こえてるくせに……」
「えへへ~! だって、嬉しんだもん それで明日のことだけどさ――」
私はスピーカーホンにしながら荷詰めをしつつ、私たちは散々、朝方まで喋りあかす。それは前夜祭にしてはあまりにもハードなほどに――。こんな長電話をした体験も初めてだった。
そして、遂に私は満を持して由美子の家にまで来てしまった。
私が一生、もがいても辿り着けないはずの景色。それをまた1ページ、こじ開けるように由美子の家のインターホンを押す。その刹那、扉が思いっきり開いた。
「はい! はーい! お待たせ! 入って入って! ん? 何を驚いてるの?」
「あっ,いや……ふふっ」
「え!? 笑う要素どこにも無かったと思うんだけど?」
「気にしないで?」
「いや、気にするでしょ!?」
玄関先で待っていたんじゃないかってくらいの反応速度で扉が開いて思わず、笑ってしまった。家に入ってから由美子にそのことを話したら「バレたか」と言って照れていた。結局のところ、楽しみにしていたのは私だけじゃなかったらしい。
「あ! 実結ちゃんいらっしゃい!」
「あっ……お、お邪魔します。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくね。お母さん、腕ふるっちゃう」
「はいはい……お母さんはあっちに行って! ほらほら!」
「ええ~? 私も実結ちゃんと話したいのに!」
由美子のお母さんとは病院で何度か話したが、すごく気さくな方でやさしさに溢れる良い人だ。会釈をするや否や、私は由美子に連れられて二階へと上がっていく。
「実結ったら堅苦しいよ~自分の家だと思っていいのに」
「いや、だって……お世話になるわけだし……」
「ったく、やさしさの塊なんだから実結は――。さ、ここが私の部屋! 入って待ってて! 今、ジュース……いや、お茶の方が良い?」
「うーん……その、なんでもいいよ……?」
「なんでもいいって言われるのが一番困るんだけどなぁ~?」
「っ……じゃあ、由美子と同じものでいいよ……」
「それ、同じ意味じゃん。ぁ……まぁ、いいか! じゃあ、中でくつろいでて」
私は一人、由美子の部屋に入って中を見渡す。薄ピンクを基調とした壁紙とベッド。それからテレビや衣装ケース、勉強机などといった一般的な家具にドレッサーが置かれている。
「(私の家とはまるで違うし、何より可愛い……。この枕もすごくフワフワ……)」
ギュッと抱きしめたくなるような可愛いものばかりで目がクラクラしてくる。
まるで、異国の地に来たかの様にすら思えてしまう。
「はーい。お待たせ! 特性ジュース」
「特性ジュース……? 何が入ってるの?」
「秘密……飲んでみて?」
「う、うん……」
中身が見えないストロー付きのマグカップを差し出され、嫌な予感がしながらも中身を吸い上げる。
「……っ!?」
「ぶっ! 顔だけじゃなくて体までピンってなった! あははは!!」
「に、苦い……何、これ……」
「正解は……青汁でした!☆ うん……不味い。でも、美容には良いって聞くし、私は毎日飲んでるんだ~」
「っ……、騙した……」
「ひ、人聞きが悪いぞ? だって、私と同じものでって言うからだよ~。飲めなかったら私が飲んであげる」
「……いい」
すっーと飲み込み始めると由美子は感心したように私をまじまじと見る。
「お~案外、実結って負けず嫌いだったり?」
「……そんなことないもん……」
「かぁ~可愛いなぁ~ほんとに!」
「ちょ……ちょっと! いやあの、くすぐったい……あははっ!」
私たちのお泊り会はこうして昼下がりから始まった。
最初のうちは二人でドラマを見たり、映画を見たりして過ごして夕方からは由美子が苦手だと言う英語の勉強を一緒にした。夕飯時には由美子のお母さんのお手伝いをして一緒に三人でご飯を作った。
このたった数時間の出来事だったけれど、私には大きな意味があった。
例えば、由美子が案外、めんどくさがり屋で不器用だったりすること。文系が弱いのに理系が強いこと、それからお笑いとかがあまり好きじゃないことなどを知れた。
それに不得意なことは、なんやかんや努力でカバーしようとする頑張り屋さんな一面も初めて知った。
「(なんだか陰キャ、陽キャって区別をいつもしてるけど案外、そんなことないのかも……)」
そう考えを改めてしまいたくなるのは由美子のせいだろうか。それとも自分が成長しているからなのだろうか。そんな事を考えながら由美子の部屋で貸してもらった本を流し見る。
「実結、お風呂湧いたって!」
「あっ、うん……先に入っていいよ?」
「ええ!? そこは一緒に入ろうよ!」
「えっ……!?」
自分でも分かるほど、顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
今すぐにでも穴があるのなら入りたいくらいだ。
「初心ですなぁ~別に盗って食おうってわけじゃないんだから!」
「そ、そうだけど……あの……その……!」
「それにちょーっと、理由があるんだ? いいから早く、早く」
「え? えぇ……!?」
由美子は恥ずかしがる私を半ば、強引にお風呂場まで連れて行く。
まさに有無を言わせない動きだ。
「ほら、服も脱いで脱いで!」
「じ、自分でやるから……!」
そりゃあ、私だって友達とお風呂の一つや二つ、入ってみたいなんて言う思いもあった。確かにそんな思いもあったけれど、裸の付き合いをしたから何がどうというわけでもあるまいし――!
「ほら、ココに座る!」
「ひゃっ……!」
思考回路が吹っ飛びそうなほどグルグルと言葉が回転する中、私はお風呂場の椅子に座らせられる。由美子の手が私の肩に触れ、体をぴったりと寄せてくる。
「そんなびくびくしないの。ん~やっぱり! ……実結、少し前髪を切りそろえても良い?」
「え……?」
「いや、ほら……さっき本見てた時、髪が邪魔だなって思ってなかった? それに私のあげたヘアピンでも、もう止めづらくなってるでしょ?」
「あっ、うん……。由美子は何でも分かるんだね……?」
「ま、これでも一様、美容師を目指してますからね~? あっ、でも無理強いはしないよ? 切るのが嫌だったらやらないし」
「ううん……由美子がやってくれるなら……」
「本当にいいの? 失敗するかもよ?」
「……美容師、目指してるんでしょ?」
「ほぅ? 煽って来るじゃん? じゃあ~ちょっと失礼して」
由美子は脱衣場の扉を開けてハサミと櫛を持ち込んで静かに前髪を梳きはじめた。
鏡越しに見る由美子の目線はいつになく真剣でハサミを慎重に動かしていく。
「うんうん、こんな感じで……ここを少しだけ――よし! どう……かな?」
「うん……大丈夫。その……ありがとう」
「はぁっ……! 良かったぁ~人の髪に刃を入れるなんて初めてだったから失敗したらどうしようって……あ~緊張した!」
「ふふっ、じゃあ、私が由美子の……初めてのお客さんだね……?」
私がそう言うと由美子は嬉しそうに深く頷いた。
「うんっ! 風邪ひかないうちにお風呂入っちゃおう!」
「その前に髪を流さないと……」
「ああ、そっか! そうだね! これはサービス! えぃ!」
「あわっ……頭くらい自分で……」
「いいの、私の『初めてのお客さん』なんだから!」
私はそのまま成す術も無く、まるで子供の様に体やら頭やらすべてを洗い流してもらってお風呂に二人で浸かる。お風呂には蛇口から湯船に水滴が落ちる音だけが木霊する。最初こそお風呂を二人で入るなんて恥ずかしいと思っていたのに、今は何故だかそんな気持ちは無くなっていた。




