第11話 前途多難
お風呂から上がった私たちは洋服を着替えてシーラスの一階へと戻った。
そこでは稲森君がコーヒーを飲みながら私たちを待っていたのだが、どこか空気がぴり付いているような気がしてならない。
それを悟られまいとしているのか、ジークさんが手招きをする。
「良かったら嬢ちゃんたちもどうだ? 無料サービスだ」
「えっ……あ、ありがとうございます」
テーブルに出された冷たくおいしいミルクティは口止め料のようで二人は沈黙する。違和感がある空気の中、私たちは頂いた飲み物で火照った体を冷まし、ひと段落したところで稲森君が声を掛けてきた。
「先輩、まだ何ヵ所か行く場所があるんですが、ついてきてもらっても良いですか?」
「うん、大丈夫だよ。……だけど――」
私はすぐに横に視線をずらす。リリーはどこか眠そうな様子でよく見れば目元に隈が出来ている。明らかに辛そうなのは明白だった。稲森君も私の視線を見て気づいたようでリリーに声を掛ける。
「リリー、眠くないか? 眠いなら上に部屋があるからベッドで寝てきていいんだぞ?」
「……はっ!? い、い、いえ……にぇむくなんて……」
「別に無理しなくていいんだよ……?」
私がそう促すとリリーは目元を必死に擦る。大丈夫だと言うにはあまりに心もとない動作に私が稲森君に視線を向けると彼は鎌をかけるように言い出した。
「本当に眠くないのか? 眠ったら怒るぞ?」
「えっ……」
その言葉に恐怖を覚えたのか、リリーはグッと体を縮める。そして、そんな姿を見た稲森君は仕留めに掛かる。
「リリー、僕たちは別に眠ることに対して怒るつもりはない。まぁ、なかなか信じられないかもしれないだろうが……そう。眠ることも命令されたことだと思えばいい。もう一度だけ聞くぞ。眠いか?」
「…………はい……」
「そうか。素直でよろしい」
そう言うと稲森君はジークさんに視線を向ける。
「ジークさん、ライザの手を借りても?」
「ああ、いいさ。――おい、ライザ! ちょっと来い!」
その声に呼ばれてライザちゃんが出てきた。
しかし、表情はどこか暗くてどことなく余所余所しい。
「お客さんからのオーダーだ。このお連れさんの子を部屋に案内してやってくれ。それから眠るまできちんと見てやるんだ」
「え……。ぁ……分かりました。……その、こっちだよ?」
ライザちゃんに連れられて眠そうな目をしたリリーは一言、「ごめんなさい」と言って私たちから離れて行った。
「(何も謝ることなんてないのに……)」
私はそう思いながら彼女たちの姿を見送った。彼女たちが見えなくなると稲森君は飲み終えたコーヒーカップを静かに戻して私へと話を振る。
「先輩、行けますか?」
「うん、いけるけど次はどこに……?」
「『ギルド』っていう、僕らに仕事を振ってくれる場所です。現実世界で言う……そう、アルバイトを斡旋してくれる場所ですね」
「……そういう場所があるんだ?」
「ええ、それじゃあ、早速行きましょう」
「あっ、待って。あの……本当にリリーを……お任せしてもいいんですよね?」
私はどうしてもジークさんとライザちゃんの反応が気になった。そんな心配する言葉に彼は参ったなという表情をして頭を掻く。
「あの時はすまなかった。嬢ちゃんを怖がらせちまったみたいだな。奴隷のことで俺やライザが突っかかったことは忘れてくれ。すまん、この通りだ」
「先輩、ジークさんとライザなら大丈夫です。多分、僕よりもそこら辺の接し方だったり、考えは持っている人たちですから」
「そう……だよね。でも、なんかさっきからみんな、様子が変だったから……」
そう口に出した途端、ジークさんと稲森君は目を合わせる。どうやら、私が感じ取っていた雰囲気は当たっていたらしい。
「さ、さぁ! 時間もないし行きましょう」
「あ……う、うん……」
私は半ば話を無理やり切られる形でシーラスを稲森君と後にする。宿を出た彼は街の中心部にあるという『ギルド』へ足を運ぶ。そんな中、不意に稲森君が振り返った。
「そうだ、先輩にひとつお願いがあるんですけど……」
「お願い……?」
「はい。できる限りで良いので街の情景を覚えておいてください。万が一、マップを開けない事態になった時、シーラスやお城がどこにあるのか理解できないと大変なので……」
「う……うん、分かった……」
稲森君は遠回しに迷子になる事を心配しているのだろうけど、これでも年上の先輩だけあって、年下に見られるのはどこか胸が痛む。もちろん、当の本人は親切心で言ってくれているんだということは理解しているつもりだ。
「(そりゃあ……私が頼りないからだろうけど……少しは私だって先輩らしいところくらい――わっ!)」
急に稲森君が止まって私も慌てて止まる。正直、ぶつからなくてよかったと心の中で安堵しながら私は目の前の建物を見た。
「ここです」
「ここが……ギルド?」
「ええ、ここはエルンガルトのギルド本部です。他国や近隣街にも本部や支部がありますけど、大体は看板を掲げてあるのですぐに分かると思います」
「なんか思っていたよりも立派な建物……。改めてだけど、ここって仕事を紹介してくれる場所なんだよね?」
「そうです、依頼をこなしてその代償として報奨を受け取る場所ですね」
稲森君はそう話しながら私と一緒にギルドの中へと入る。ギルドの内部は人が居るカウンターと掲示板が大半を占めていることもあってシンプルな造りになっている。
「(っ……。なんかこっち……見られてる?)」
ギルド内を歩く度に品定めをするかのような視線が飛んでくる。そんな視線をモノともしない稲森君はカウンターまで行って受付の女性に声を掛けた。
「こんにちは。あの、冒険者証を二人分、発行してほしいんですが」
「あっ、はい! 新規の登録ですね!」
にっこりとほほ笑む受付の女性はすごく優しそうな雰囲気で先ほどまであった緊張感が少しだけ柔らかくなる。きっとこういう女性は話も上手だし、聞くのも上手だろう。それでいて、その女性は淡々と――でも、楽しそうに話を始める。
「それではわたくし、ティアが冒険者証登録の前に説明をさせてもらいますね! 冒険者証に登録すると各国々で展開するギルドからクエストを受注することができます。その種類は様々で簡単な依頼から危険な魔物の討伐に至るまで幅広く受注できます」
「(危険な魔物の討伐……。やっぱり、危ないこともあるんだ……)」
私の中でそんな思いが駆け巡り、表情にも出ていたのかティアさんが慌てて私の方を向いて話をかぶせる。
「ああ! そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ? 私たちだって鬼じゃありませんから。皆さんのやりたい方向性に合わせたクエストをお任せしていますし、相談にいつでも乗っているので悩んだら気軽に相談してもらえればお答えしていますので!」
その気配りと表情から読む技術は凄いと思ってしまう。
そんな私の評価を他所に稲森君は静かに話を進めだす。
「それで僕たちはどうすれば?」
「あ、えっとまずはここに手を置いていただけますか?」
ティアさんに言われるがまま、私たちは六角形の石台に手を乗せた。すると、石台に刻まれた溝が少しずつ黄緑色に発光していく。そして、一瞬だけフワッと石台が光を放った。
「はい! お二人とももう手を離して大丈夫ですよ。では失礼しますね」
今度はティアさんが手帳のようなものを石台の上に乗せる。すると一気に光が手帳に吸収されていった。もの凄く神秘的なモノを見ているような気がしていた私を現実へと引き戻すように、彼女は手帳を見える位置に差し出す。
「さぁ、それでは一枚目のココに名前を書いてください。それで冒険者証の手続きは終了になります!」
「(白鳥実結って書けばいいのかな?)」
差し出されたペンに手を伸ばそうとすると稲森君が脇から声を出した。
「あの、一つ質問なんですが」
「はい、なんでしょう?」
「ここに書く名前は実名じゃないとダメなんですか?」
「いいえ、そんなルールもありませんし、偽名でも問題はないと思います。ただ……一度、決まった名前は変えることは出来ないのであまりお勧めしません」
「……そうですか。先輩、少し書くのを待ってください」
そう前置きをした稲森君は顎に手を当てて深く考え込む。何も難しいことじゃないはずなのに何を悩む必要があるのだろうと思わず、思ってしまう。
そして、彼は顎から手を離すと静かにこう言った。
「先輩、ここに実名は書かずに何か偽名を考えてください」
「えっ、でも稲森君……もう、これって一度決めたら変えられないんでしょ?」
「ええ。でもやっぱり、実名で動くとリスクがデカすぎます」
「え、えっと……まさか、手配中の犯人とかじゃないですよね?」
稲森君の意味深すぎる発言で受付の人がこちらを鋭い目線で見る。しかし、稲森君は首を振って否定し、耳打ちで何かを話した。
「なるほど……そういうことでしたか。であれば、止めはしません。冒険者証を出して偽名を出せば『そういう者』であることは疑われないとおもいますので」
「案外、驚かないんですね?」
「既にアルフレット殿下のご命令でうちのギルドから何名かお城に向かわせていますので大体の状況は知っているんです」
「なるほど。どうりで……。じゃあ、僕は――ハインテットで」
「(そっか、きっと転生者であることを話したんだ。……でも、偽名なんて私、どんな名前にすればいいのか全く、見当もつかない……)」
私は必死に偽名を考えようと頭を悩ませる。でも、簡単には出て来ない。
それでも稲森君をずっと待たせるわけにもいなない。
「(名前、なまえ、シラトリミユ……しらとりみゆ……ミュウ……かな)」
結局、出てきたのは何のモジりもない名前だったが、馴染みの無い名前を呼ばれてもきっと気付くことなんてできない。だから、これが最適解だと思って書き込む。
書き終わると突然、冒険者証がパタンと閉じて輝き始めた。ティアさんは動揺することなく、その冒険者証を捲って再度、私たちに見えるようにして置いた。
「さぁ、作成はこれでよし。あとは職業選択になるのですが……ふむふむ。どうやらお二人とも職業は剣士のようですね。今のところ職業は治癒を得意とするヒーラー、弓による遠距離攻撃を得意とするアーチャー、守りから攻撃を作るタンク、魔術を使った攻撃を得意とするウィザードが選択できますが、どうしますか? 個人的にはハインテットさんが前衛で、ミュウさんが後衛で行くのが妥当だと思いますが」
「っ……」
「ミュウさん?」
この時ばかりはティアさんに消えてほしいと思ってしまう。よりによって稲森君の前で二回も私の事を『ミュウ』と呼ぶなんて――穴があったら入りたいくらいだ。
「先輩、別に恥ずかしがるような名前じゃないと思いますよ?」
「そう……かな?」
「私もその名前、いいと思いますよ! 冒険者らしいと思います」
「っ……」
ここまであからさまにフォローを入れられると私は今すぐにでも逃げ出したいと思ってしまう。でも、そんな私の思考を読んでいるかのように稲森君は乾いた笑いを浮かべて話題を変える。
「あはは……。じゃあ、ティアさん。職業選択ですけど僕は剣士で、先輩は……僕が決めて良いですか?」
「う、うん……」
「じゃあ、先輩はアーチャーで」
「はい。了解しました! では再び石台に手を置いていただけますか?」
私たちが再び石台に手を乗せると石台が強い光を放つ。それを見届けたティアさんはにっこりと微笑む。
「これで職業選択も完了です! それからこれは僅かなですが、サービスです!」
視界の上に弓矢や回復ポーションなど様々な装備品が『獲得しました』の文字と一緒に視界の中に浮かんでは消えていく。そして、ティアさんは息を吸い込んで大きく目を開いた。
「――ようこそ、冒険者の世界へ! お二人に女神の加護があらんことを!」
「ありがとうございます。これからいろいろ相談することが多くなると思いますが、よろしくお願いします」
「はい! いつでもお待ちしてます!」
未だ緊張と赤面した顔つきでホワホワしている私を他所に二人は意気揚々とそんな会話を交わす。そして、稲森君は唐突に私へと話を振る。
「さぁ、冒険者証も手に入れたし、軽く何かクエストをこなしましょう、先輩」
「クエストって仕事……のことだよね?」
私がそう問いかけると空かさず、ティアさんが会話に踏み入る。
「その通りですよ! 後ろにあるクエストボード――そこからやりたいクエストがあれば私の所にもってきてください。受理致しますので!」
私たちはティアさんに促されるようにクエストボードの方へ足を運ぶ。そこには何百枚も張り紙が成されていて、色々な仕事の依頼が出ていた。
「(……内容は荷物の運搬とか、家具の製作……結構、危なくなさそうな仕事もあるんだ……?)」
「よし。これで行きましょう」
気付けば稲森君が一枚の張り紙を取っていた。そこには「スライムの討伐」書かれていた。いきなり、そんなものを見せられても私には頭の理解が追いつかない。
「えっ……スライム3匹の討伐……? でも、それって……」
「そう、魔物の討伐です。怖いとは思いますが、いずれは……やらなくちゃならないことですから」
そうズバッと言われてしまうと私も何も言い返せない。ただ、単純に私の心の中では怖いという感情だけが渦巻くだけだった。
結局、稲森君がティアさんに依頼書を渡し、受理してもらったことで視野の中央に『クエスト受注:近郊哨戒』という文字が浮かんだ。ティアさんは私に配慮してなのか、やたらこちらを見て微笑む。
「このクエストは時間的な制約がない『哨戒クエスト』なので時間のある時に取り組んでくださいね!」
「はい、ありがとうございます。……先輩、行きますよ?」
「……う、うん」
確実な覚悟みたいなものを秘めた稲森君は私の手を引いてギルドの扉を開けて飛び出した。しかし、その勢いは突如としてある声によって止まることになる。
「……実結っ!!」
「えっ……今の声って……」
振り返るとそこには忘れもしない制服姿の少女が一人、佇んでいた。




