第10話 同族守護者 (サイドエピソード)
「う、うん、任せて……!」
僕は先輩にリリーを託してお風呂場へと送り出す。
少なからず、ジークさんに案内されて行っているし、何も心配はいらないだろう。
むしろ、心配するべきは僕の方だ。
3人の後ろ姿を見送ってカウンターの方へ視線を向ける。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
「……気付くなんてアンタ、鋭いね」
陰から出てきたのは短剣を握ったライザだった。ハッキリと分かるほど獣人としての殺意が滲み出ている。最早、交渉の余地はないのかもしれない。
「さっきはジークさんの手前、退いたけど……アンタだけは許せない」
「馬鹿なことはよせ。こんなことをしても何の意味もないぞ」
「レベル1の癖に何を言ってんの? 私から逃げられると思ってる訳?」
「まさか……。確実に死ぬだろうな」
「だったら――!」
ナイフを片手に僕へ肉薄し、首の前で寸止めしたライザは静かに告げる。
「あの子の奴隷契約を解除しろ。選択の余地はない」
「悪いが、それはできない。――それから君は僕を斬れない。それをやったら逆のことがエルンガルトでも起こるぞ」
「それで脅しているつもり? 私を腑抜けだと……そう思ってるんでしょ――!」
「そう思うか? そんなことよりも悪いんだが、これをお風呂場に持って行ってくれるか?」
ライザが一瞬、目を瞑ったところでロミテックから奴隷商から買った新品の服を取り出してライザへと見せた。それをみた彼女は酷く動揺して短剣を落とす。
「えっ、嘘……うそだ、こんなの……。獣人相手にご飯も、お風呂も……新品の着替えまで……そんなの……そんなのって……」
「さすがに驚くよな? ライザ。でもな? 僕と先輩――さっきの女の子は転生者なんだ。だから世の中の人間と考え方がまるで違うんだと思う。きっと僕たちはジークさん寄りの考え方をしている」
「っ……!」
「まぁ、ジークさんほど崇高な人間じゃないけどな――」
そこまで言うと先ほど先輩たちが消えて行った方向からジークさんが駆け戻ってきた。それも当然だろう。床にナイフが転がった音が反響していたこともあってジークさんも察したのだろう。咄嗟に僕はライザを守るためにシラを斬る様にライザに声を掛ける。
「悪いな、ライザ。洋服のひもを斬るのを手伝ってもらって。助かったよ」
「あぁ……もう、いいよ……。庇わなくて……」
「チビ助、これは俺の投げナイフだよな? どういうことだ?」
「……。これは……」
余計なお世話かもしれないけどシーラスに泊まると決めた時点でこうなることは分かっていたはずだ。それなら責任の一端は僕にもある。
「ジークさん、ライザを怒らないであげてください。これは……通過儀礼みたいなものだったと思うんです」
「つまり、こいつはアンタに剣を向けたんだな?」
「……。ええ、でも……それは――!」
「客のお前は黙ってろ。……これは俺とライザの問題だ。ライザ、自分のやったことの意味を理解しているな?」
こくりと頷いた次の瞬間、その場にパチンという乾いた音が響いた。
ジークがライザの頬を平手打ちしたのだ。
「分かっていながらどうしてだ!! 俺たちが宿屋なんていうモノをやっている意味も、ここまで築いてきた周りとの信頼や関係性も全てを無駄にするところだったんだぞ!」
「うぅ……」
ライザは叩かれた頬を抑えながら床に崩れ落ちて泣き出す。
居てもたっても居られなかった僕は二人の間に割って入った。
「さすがにジークさん、やり過ぎです。お願いです、それ以上は――!」
「何度も言わせるな、坊主。気持ちはありがたいが、これは俺たちの問題だ。部外者が首を突っ込むんじゃねぇよ」
「(ダメだ、取り入る隙が無い。なら仕方ない。賭けに出るしかないか)」
ジークさんが立ち塞がる僕を手で払い、崩れ堕ちたライザの胸ぐらを掴んだところで僕は唾をごくりと飲んで勝負に出る。
「いいえ、部外者じゃない! こんな絵面を見て同じ奴隷を持つ人間として関係ないなんてことが言える馬鹿がどこに居るんですか! あなたのやっていることは『どこぞ皇帝』と同じだ!」
「なん、だと? てめぇ随分な口を叩くじゃないか。――なんなら今からお前らを宿から追い出したっていいんだぞ?」
「はっ! ほら、血が上りやすい所もまんまだ」
「あいつと俺を一緒にするなっ!」
大声で怒りをあらわにするジークさんに対して僕は冷静に振舞う。
「客にその態度はないんじゃないですか? 宿屋シーラスは「客に暴言を吐く奴隷使いの主人が経営している最低な宿屋だ」って悪評を立てるかもしれませんよ?」
「けっ、生意気な口を――勝手に立てればいいさ。元々、客なんて多くないからな!」
「でも、そんなことをされたらあなたとライザの夢は叶わなくなるでしょうね?」
「っ……! お前、どこまで知って――」
「だから何度も言わせないでください! 僕は転生者です。おとぎ話にあるように「ありとあらゆる知識を持ち、それをもって凌駕することができる存在』、それが僕です」
そこまで言うとジークさんはライザの胸ぐらを離した。そして、その手は素早く剣の鞘へと延びて行った。
「お前は……俺の、いや……俺たちの敵、なのか?」
「いいえ、味方です。それこそ同じ思想を持つ仲間です。もちろん、すぐには信用してはもらえないでしょうけど……」
僕はそっとお手拭き用の湿った布巾をライザの頬に当て、リリーの服をもたせて目配せをする。すると彼女は一目散にその場を去っていた。その姿を見ながら僕は静かに息を吐いた。
「さっきも言いましたが、これは通過儀礼だったんです。僕は別に今回の事をどうとも思っていませんし、悪評を立ててやろうなどとも思っていません。それでももし、本当に悪いと思うならライザにリリーの相手をしてもらえたら、それでお相子です」
僕の言葉にジークは深く息を吐いてから目を瞑り、鋭い眼光で僕を射抜いた。
「そんなことをしてお前に何のメリットがある? 俺にはお前があの国の――」
「獣人族の虐殺。リリーもそれを体験したはずです。そして、その心は部外者である僕の目から見ても分かるし、酷く傷ついている。それも自分の立ち位置すら分からなくなってしまいそうなほどに……その、うまく言えませんけど、ライザとの関りがあの子にとっての道になる気がするんです。それがあなたの言うメリットです」
「はぁ……お前って奴はとんでもないお人好し――いや、筋金入りの真面目野郎だな。だが、その気持ちはよく分かったよ、その話、引き受けてやる。ただし、俺とライザに危害を加えるような素振りを見せたら容赦なく排除させてもらう」
「ええ。それで構いません」
自分が大切にしている者を守るんだという強い信念を持つジークの眼光は確実に僕を貫いた。だが、その信念だけでなら僕にだって負けないモノがある。だから僕は物怖じせず、ジークの目線を射抜き返した。
こうして張りつめた空気感のままジークとライザ、そして僕との間に溝を残しながらこの襲撃事件は幕を閉じた。




