【第二十三話】 三姉妹
無事に兄ロイスとの再会を果たしたカートライト三姉妹はクロフォード辺境伯の屋敷を離れ、王都への帰路を走っている。
ラキアとルカがそれぞれ馬を走らせ、まだ騎乗に慣れていないマリンティアはラキアの後ろに跨っていた。
当初の目的の多くは果たせたと言える結果ではあったがそれでも三人の、とりわけ上の二人の心情としては理解はしても完全な納得には至っていない。
何よりも優先されるのはロイスの無事を知ること。
次にロイスの所在を知り、今後の動向を聞き出すこと。
そして最後に、反対されることなど百も承知でロイスと共に行くという選択に同意させる。
それが三人で相談し、満場一致で決まった方針であった。
姉妹たちはそれぞれが一変の曇りも無くロイスを敬愛し、他の何よりも信頼している。
ゆえに自分の人生を生きるのだと、立派でなくとも自身で選び自身が望んだ道を進んでくれという幼き日のロイスの言葉を受け入れ努力を重ねてきた。
これといって国家に仕える身となること、或いは騎士になることを目標とする理由こそ無かったが結果としてラキア、ルカは揃って数少ない者にしか与えられない肩書を持つ立場へと若くして上り詰めるまでになっている。
例えロイスが何を望もうとも胸を張って、人に誇れる妹であることこそが最大の恩返しだと考えているからだ。
姉妹にとっての家族が血の繋がらない兄一人になって約八年。
当時ルカは十四歳、末妹マリンティアに至っては六歳であった。
家計を支えるために冒険者になったロイスは少しずつ家で過ごす時間を減らし、やがて家を出て行った。
お前たちのためなのだと辛抱強く説明を重ねるその言葉の意味、理屈を理解出来るのはラキアただ一人。
泣いて嫌がるルカやマリンティアを説得するのはかなりの苦労が伴ったのもラキアにとっては昨日のことのように思い出される記憶だ。
しかし月に数度、生活費を送ってくるだけの希薄な関係は何年も続かず、最終的には三人で話し合い脅し文句に近い置手紙によって定期的に自宅限定で会食の機会を得るに至った思い出も同様に。
そんな兄の姿を見て育ったため三姉妹にとっては家族以上に大切な物は存在せず、国外追放の知らせを聞いた時にはただただ憤り、憎みさえした。例えそこにどんな理由があろうとも。
同じ理由でラキアにとっても、ルカにとっても、苦労して得た仕事や肩書など兄を失うことと比較するまでもない。
だからこそ辺境伯邸で宣言した通り、職も地位も住む場所も、全てを投げ出すことになったとしてもロイスと共に在ること選んだのだ。
もっとも、大前提であったはずのその条件だけは譲歩させることが出来なかったわけだが。
「ラキ、お兄様の話……どう思った?」
少しずつ陽も傾き始める頃。
ほとんど速度を出していないながらも三人は既に辺境伯領を脱している。
その頃合いを見計らっていたのか、ルカが隣を走るラキアに不安げな表情を向けた。
まるで誰かに聞かれる可能性を徹底的に排除しようとするかのように、少なくとも上の二人は意図的にロイスの話題を避けている。
追放の一件が国家や権力者への不信感を募らせ、同様に他人を信用しようという気は失せていく一方だ。
そのため今日初めて会話をしたばかりの貴族が治める土地で下手な話をしようとは思えなかった。
「にわかには信じ難いことばかりだったけど……とにかく無事でいてくれて、思ったよりも気落ちしていなかったのがせめてもの救いという感じかしら」
「それはそうですけれど、自棄になって開き直っているだけだとご自分で言っているのがどうにも……それ以前に魔族と手を組み世界征服? みたいなことをしようとしているというのはどこまで本気なのか」
「でもクルムちゃん良い子だったよ?」
「え、ええ……わたくしもそれを否定しようというわけではないのよマリン」
「そうね、兄さんが信用すると言っている以上私たちがどうこう言う問題ではないもの。それに、相手が誰であれ今の兄さんの傍に誰かが居てくれてよかった……私たちじゃないというのは正直悔しい思いはあるけどね」
「そうですわ、予定ではわたくしが横に居るはずだったのに。そのために急いで駆け付けたのに!」
「ルカ? また一人で一人で抜け駆けしようとしてない?」
「そ、そんなことしませんわよ……約束したではありませんか」
「隙あらば反故にされるばかりな気もするんだけど?」
「それよりも、です。お兄様が国を出てあの方々と新興勢力を樹立させるという件ですわ」
「驚きはしたし、今も現実味なんてないけど……兄さんがそうするなら私は共に行くだけだから」
「……ラキだって自分一人みたいに言っているじゃありませんの」
「ふふ、バレちゃった♪ でもねルカ、私は本気だから」
「わたくしだって同じです。ただ、お兄様が本気でわたくしたちを連れて行くつもりがあるのかどうか……」
「なんで? お兄は約束してくれたじゃん! お兄が約束破ることなんてないよ」
「そうね、兄さんは確かに私たちとの約束を破ったことはないし、私たちに嘘を吐いたこともない。だけどねマリン、嘘を吐かない代わりに本当のことを言ってくれない時だってたくさんあったのよ」
「え……そ、そうなの?」
「わたくしたちが察しているとお兄様が気付いているかは分からないのですけれどね。ただ、そういう時は例外無くわたくしたちのことを思って、そうでなければ心配を掛けまいとそうしているの。だから寂しそうな顔をしないでマリン」
「うん……」
「どちらにしても私たちがやることは変わらないわ。お金も国も仕事も要らない、何を捨ててでも兄さんについていく。これ以上私たちから家族を奪うというのなら、誰を敵に回してでも、どんな運命に辿り着くことになっても」
「ええ……その覚悟だけあれば今はそれで十分ですわ」
「うん、マリンも……もうお兄と離れたくない」
「だからこそ私たちが支えるのよ。兄さんがどこに行こうとも、どこを目指そうとも。あのお二人との関係をどう形容しようとも、私たちは兄さんの家族なんだから」
遥か彼方に浮かぶ夕焼けを見上げる六つの瞳に迷いの色は無い。
果たしてそれは家族愛や絆の強さゆえか、はたまたそれぞれが歩んだ歪な半生が生んだ捻じ曲がった価値観がそうさせるのか。
いずれであったとしても三姉妹にロイスへ別れを告げる選択もロイスを排除した王国に尽くす忠義もありはしない。
例えどんな未来が待っていようとも、どんな終わりが待っていようとも。




