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重要参考人

BL小説「堕ちます……あなたと」の番外(短編)をこちらにまとめさせて頂きます。ボーイズラブが苦手な方・15歳未満の方・義務教育中の方はご遠慮下さい。

「どうでした?」


 取調室から出て来た冷静な顔が、開口一番そう聞いた。


「駄目だ。何も残っていなかった」


「まさか……。何も、ですか?」

 こいつの驚いた表情を久し振りに見た。


「何も、です。データは愚か、形跡すら残っていません。履歴からして、今日何かのデータを消去した事は確かなんですが……」

 隣に立っていたもう一人の部下が口早に喋りだす。大柄な体格に似合わず、機械関係に詳しい。

 雪菜の部屋のパソコンを隅々まで調べていたが、結局横流ししているはずのデータは一つも保存されていなかった。


 まあ俺が消去しろと指示したのだから、残っていなくて当然だ。


「任意同行をかける情報が、漏れていたって事でしょうか……?」


「それは……考えにくいな。山崎を引っ張るのは四時間前に決めた事だ。それに、もし情報が漏れてたら真っ先に山崎が逃げるだろ」

「そ、そうですよね……」

 幹田が困惑した面持ちで眼を伏せる。


「そっちはどうなんだ?」

「まあ、今のところは無難な回答ばかりですかね。三田と電話で会話した事は認めていますが、部下だった自分を心配してかけてくれているんだと言っています」

「心配、ねえ……」

 鼻で笑い、煙草を取り出して一本くわえた。全館禁煙だが、こう真夜中じゃ関係ないだろう。


 握りこんだ新しいジッポにチラリと眼をやり、前使っていた古いジッポを思い出す。

 汚れていない綺麗な金で初めて買った、六万五千円のライター。警察官の初任給からするとずいぶん高価な買い物だった。

 それを、今は何故か重要参考人の男が持っている。

 その男の言葉に翻弄されて禁煙していた時期を思い出し、懐かしく思った。あの横向きの髑髏は、まだあいつのポケットの中で笑っているのだろうか。


「安藤さんから見てどうですか? 彼は。数ヶ月間一緒に働いてみて」


「そうだな……」



 雪菜 隼。

 そんな女の名前みたいな苗字がよく似合う、綺麗な顔付の無口で暗い部下。第一印象は確かその程度だったか。

 初めて雪菜のアクセス記録が変だと気付いた時も、最初は名前と顔が一致しなかった。それぐらい記憶に残らない、影の薄い男だった。


 その第一印象が間違っていると気が付いたのは、初めての企画課のプレゼン。

 大人しいと思っていた部下が、はっきりしたとした口ぶりで要領良く発表を進めていく。いくつか反対意見を出すと、厳しい口調で反論してきて、その内容にまた筋が通っている。

 使えないだろうとばかり思っていた男が、華々しく優秀な部下へと変貌を遂げた。これが一度目。

 こんなにやり手の社員が情報を流しているとは……そう思いながらも同じ職場で働き、数ヶ月かけて最初の企画を成功させた。三分の一は雪菜の手柄だ。

 つまらない上にハードな仕事だったが、数ヵ月後に自分が境地に追いやる予定の企業だと思えば、せめてもの罪滅ぼしだと考えて最後までやり切った。そして何より、転任して来たという疑われやすい立場上、社内の信頼を得る事が絶対条件。そのために、よく知りもしない専務とやらの娘と婚約までしなければいけなかった。何が楽しくて今から自分が潰しに掛かろうという会社の専務の娘と付き合わなければいけないのか。

 

 雪菜は確かに情報を横流ししていたが、それは企画課にある本人と俺のパソコンから持ち出せる程度の極僅かな情報だった。俺が追っていた組織ぐるみでの違法行為や、莫大な金と犯罪が絡む重要機密の裏取引には関係していなかった。

 プレゼン以外では相変わらず大人しく、恐れているかのように俺を避ける。一言警告してやれば、もっと怯えて情報の横流しなんてくだらない事はやめるだろう。そう軽く考えていた。


 雪菜が二度目の変貌を遂げたのは、時期外れの新人歓迎会の夜。エレベーターの中。

 最初は何が起こったが理解出来なかったが、トロンとした虚ろな瞳と赤い目尻が何故か色っぽいと感じた。男相手にそんな事を思う自分に吐き気を覚えつつも、冷静な上司を装う。

 今思えば、この瞬間だった。俺の人生が狂ったのは。


 その出来事があってから二時間もしない内に、雪菜は第三の変貌を遂げる。

 三度目の変化は劇的で、まるで人が違ったかのように化身した。

 よほど酔っているのか、これが本性なのか。

 酔って俺にキスしたことは全く覚えておらず、会社では見せたことの無い底抜けに明るい笑い方をする。いつもの礼儀正しい話し方を忘れ、軽いチャラチャラした今時のガキの喋り。偉そうに煙草まで吸う。ただそれが酷く人間味にあふれていて、多少なりとも魅力的だと感じずにはいられなかった。

 俺のパソコンから毎朝データーを持ち出していることを追求すると、怯えるどころか交換条件を持ち出して、代わりに黙っていて欲しいと驚くような事を言い出した。相手が例え女でも、こんな交換条件を呑むことはまず無い。条件として有効なのは現金。そう決めていた。

 裏でも表でも。どちらの社会でも絶対に確かなのは形ある金だ。仁義なんてものはとっくの昔に消滅し、極道同士の闘争も今では金で片が付く。人の心も、命も、運でさえ金で買える時代。毎月の収入の半分以上が表沙汰には出来ない名目無しの振込みである、俺のような人間には心地よい時代になった。

  

 だが、あの日の夜は例外だった。

 俺も相当酔っていたのだ。そうとしか考えられない。全てを酒のせいにして、あろうことか自分の部下の交換条件なんぞに乗って、深い関係にもつれ込んだ。それも相手は男だ。

 いや……あれは男では無い。女でも無い。人ですらないと思う。天使か悪魔か。

 人をおとしめるためだけに造形されたような身体。

 いつもは大人しい顔をしておいて、いざ服を剥いでみると、中身はかなりエグい。臍の横にピアスが二つ、挑発的なタトゥー、点在するうっ血痕。そのどれもが、暗い中でも僅かに発光するほどの白い肌に色香を与えていた。処女のように清らかな薄い皮膚と妖艶な軌跡。いつもとは違う大胆な行動。そのギャップに堕ちた。

 狂おしいほど美しいその生き物を手に入れて、自分の好きにしたいという背徳感にも似た感情に逆らうことなく、一晩中その身体をむさぼった。


 気が付けば完全に堕ちていた。

 ただ雪菜の身体を知れば知るほど、逆に性格の方に疑問が生じていく。

 あまりにも会社にいる時と、それ以外の時との様子が違いすぎる。会話していても別の人間と話しているような錯覚を覚える。

 初めて雪菜の部屋に上がった日にコンセントボックスの中に仕掛けておいた盗聴器を思い出して、記録を探る。

 盗聴、買収、司法取引。認可されるはずも無いような手法で、今の警察の捜査は成り立っている。これであたりを付けてから正式な手順を踏んだ捜査を行うのだ。

 今は繋がっていなくても、いつ雪菜が俺が追っている組織犯罪に絡むかも知れない。犯罪者同士というのは案外鼻が利くからだ。小さな手がかりが大きな手柄を生むこともある。

 

 盗聴器の録音記録は殆んどが生活音。所々に独り言のような声が混じる。

 しかし、その内容を聞いてゾッとした。

 ただの独り言では無い。

 留守電から流れる声。もしくは留守電に吹き込む声。

 同じ声がそれぞれ違う人格のような口調で、相手に向けて話しかけている。それを聞いた方も、まるで別の人間から聞いたような反応を示す。

 ガラスや陶器が割れる荒々しい物音と苦しそうなうめき声がしばらく響いたと思ったら、爆音のロックをかけて鼻歌まじりに笑い出したりする。


 この仕事に就く前からありとあらゆる汚い世界を見てきたせいで、極道だろうが犯罪者だろうが、この世に恐れるものは何一つ無いと高をくくって生きてきた。

 初めての恐怖。

 背筋がゾクリと波打つ。

 機械の向こうの狂った世界。この世では無い者が住む世界。

 

 雪菜は以前から、事あるごとに自分の人格は二つあると主張していた。そんなものは誰にでもあると、軽くあしらっていたのを思い出す。自分も警察と会社員、二重の顔を持って生活している。

 でもあれは、そういう意味ではなかったのだ。もっと病的なもの。

 解離性同一性障害。二重人格。


 そう考えると、全ての説明がつく。

 辻褄の合わない会話。あまりにも激変する性格。

 知っているはずの会社の話が通じなかったり、初めて食べたと言ったカレーうどんを、週に一度は社員食堂で食べたりしている。

 

 試しに二人の名前を呼び分けて話してみると、気持ちいいほど会話が噛み合う。


 疑念が確信に変わった。

 それでも、もう自分が這い上がれない所まで堕ちていると気付いたのは、何度も身体を重ねた後だった。

 一つの身体に二つの人格。

 それならそれでいい。とにかく全てが欲しい。身体一つと人格二つ、どんな手段を使っても自分の手の届くところに置いておきたい。 

 

 しばらくすると、俺が欲に駆られて狂っていったように、雪菜の様子も少しずつおかしくなっていく。

 決定的だったのは、大雨の夜に見た泣き顔。

 何故泣き出したのか理由は最後まで言わなかったが、透き通った温かい涙に触れて眼が覚めた。

 こいつは自分の息子と同じ――子供だ。無垢で純粋で裏がない……天使のように美しい。

 濁りのない白い手首に残る傷跡も、情緒不安定になったのも全て自分のせいに他ならないと分かっていた。

 

 このままでは、お互い駄目になる。

 潔く身を引こうと決めて、最後に抱かせて欲しいという馬鹿みたいな頼みを雪菜は聞いてくれた。


 次に会った時、雪菜は四度目の変貌を遂げていた。

 真面目な会社員でも、無邪気に笑う青年でもない。魅力的と言えばそうかもしれない。沢山の人格を操る、裏も表もある笑顔。俺に言わせれば……犯罪者特有の危険な雰囲気。

 悪い事に、それからしばらくして雪菜の自宅のパソコンに仕込んでおいたスパイウイルスが、いち社員が手に入れてはまずい顧客リストが保存された事を伝える。

 入手先を手当たり次第に探り、社内ネットワークに侵入した時に見た雪菜のメールボックスの記録から、顧客リストを渡したのが同じ課の新入社員だと分かった。

 眼を付けていた山崎と直接の結びつきは無かったが、すでにこの顧客リストをめぐっては血生臭い大金が何度も動いている。

 

 先週、とうとう自分の身に危険を感じた山崎が姿を消した。

 海外に飛んだ気配は無い。国外のリゾート地にでも高飛びしているか、若しくは既に死んでいるかもしれないと捜査が行き詰ったところで、今晩の送別会に、のこのこと顔を出しやがった。

 笑えるくらい間抜けな奴だ。

 潜伏先を突き止めるために山崎の車に発信機を付けると、ちょうど駐車場に降りてきた奴が連れていたのは、童顔で気の強い新入社員ではなく、よりにもよって一番繋がって欲しくない相手だった。

 

 はらわたが煮えくり返るのを抑えながら携帯をかけ、強引に今晩山崎と雪菜を引っ張ることに決めた。

                       

 俺が馬鹿だった。

 脅してでも、何をしてでも雪菜を止めておくべきだった。

 山崎と繋がってしまった以上、雪菜をこのまま放っておくのは危ない。山崎が警察に引っ張られた事を知って焦る組織はいくらでもいる。その矛先が雪菜に向くのだ。

 裏社会の情報網は、警察のそれよりずっと良い仕事をする。その危険性を認知しながら、まだ裏工作に通じる手がかりが得られはしないかと甘いことを考えて、雪菜を泳がせていたのが悪かった。

 

 こんなに後悔するなら……。

 

 後悔なんてものはしようと思ってするのもだと考えていた。

 意識不明の重体に陥って死に掛けても、家族をかえりみず離婚しても、後悔だけはしなかった。

 それなのに。



「……笑って、ますね」

 垣田の戸惑いを隠した小さな声で我に返った。


 その目線を追うと、小さなマジックミラーの向うで綺麗な顔が、見えないはずのこちらを見つめて微笑している。

 血の気の無い青白い顔。

 恐ろしく整った美しい顔が、俺の未来を嘲笑うかのように眼を細めている。

 やはり……この世の者ではない。


「これが終わったら、一度家に返すのか?」

「はい。証拠が無ければ、これ以上は無理でしょうね。明日また来てもらいます」

「一人くらい見張りを付けられそうか?」

「わかりません。今山崎の方に人が取られてますから……俺も呼ばれてますし。一応後で頼んでみます」

「そうしてくれ」


 もう見ることも無いであろう美しい顔を小窓からもう一度だけ覗き、部屋を出た。


 

 それから丸一日。

 近々行う強制捜査の下準備で忙しい上に、俺から情報を聞き出そうとする馬鹿な奴等に付きまとわれてイラついていた。

 その時もちょうど駐車場で面倒な男につかまった。夏祭りの夜、この男と携帯で会話している間に雪菜は納屋から消えていた。

 こいつが出てくると、天気予報よりも確かな確立で、俺の人生にろくな事が起こらないと決まっている。

 案の定、不吉な携帯のコール音。


「あ、安藤さんですか? 吉野です。DEEP BLUEの」

 緊迫した声。

 喧騒。

「なんだ」

「さっき、安藤さんを訪ねて来た人がいて――」

「いちいちそんな事で電話するな。女なら追い返しとけ」

 俺はこんなに忙しいのに、俺のまわりは暇な奴ばかりだ。


「いえ、男です。名前は名乗りませんでしたが、元部下と言っていました。で、その男がさっき刺されて、今うちの店大変なんです……」

「刺された? 誰にだ」

「分かりません。男はさっき病院に運ばれましたけど、意識はありませんでした。それで……うちとしては警察沙汰になるのは、ちょっと――」

 その先の声が聞き取れなかった。

 電波が途絶えたのか、俺の脳ミソの電気信号が途絶えたのか。


 こんな事になるなら……。

 こんなに後悔するなら……。

 

 どうすればよかったのかも分からない。

 それをまた後悔しながら、現実味の無い世界で運転席に乗り込んだ。



 

 

 


 読んでいただきありがとうございます♪ 

 一応設定を見直すために、自分の文章をいる部分だけ読み返すのですが、もう変な部分があるわあるわ(*'∀'人)ワォ☆ 直し出すとキリが無いので、もう放っておきました。今はもっとマシな文章書けてるかって言われるとそうではないのですが、ちょっとあれは酷い・・(ll゜∀゜)って部分が多々あり。もう、読んで下さった皆様に申し訳がない_| ̄|● 

 んで、今回もなんかイマイチ。三十路過ぎのオッサンの心理描写なんてやっぱり無理だワン♪ 

 設定も全部ピッタリはまってるかって聞かれると、自信はありません。何しろ読み返すのが嫌だった……。自分としては、もうちょっとオォォー!!w(゜ロ゜)wって感じの驚きを提供したかったのですが。


 

 まあ、何はともあれ11月から頑張ればいいじゃん♪ とポゼテブな私。

 という訳で、十月中に終わると予告していた短い連載は、息抜きも兼ねて台詞メインの軽いものになりそうです。ストーリーは一応ありますが……。始まってから「何か読む気しない(ノд-。)シュン」と思った方は、その次の連載まで待ってて下さると嬉しい( ゜Д゜)㌦ァ!!

 仕事復帰後は亀更新でしょうが、良い機会なので、ちゃんと見直しを何回も入れて、少しでもマシな文章をお送りできるように頑張ろうと思います。ストーリーも、もっとちゃんとしたプロットを組んでΣ(゜Д゜ノ)ノオオォッっていう驚きとドキドキを少しでも皆様にお届けしたい!!

 

 あ! 投票ありがとうございました♪♪

 結果としましては、一位が隼×雅人、二位がユキヤ×アツキになりましたね☆予想外に吉野×カオルペアの票数があったりして、私としても見ていて楽しかったです♪

 この番外は連載の間にチョコチョコ挟む予定です♪


 それでは。

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