Armour Zone 3
その日の夜、アルトとキースは同じ部屋で宿泊していた。
来客用の部屋でシングルサイズのベッドが二つと丸机と本棚と椅子などがある程度の簡素な部屋だ。
簡素といってもそれは貴族目線での話だが。
数時間前にロングレンに拳を食らわせたが大したダメージになってなくてアルトは少しばかりショックだった。
確かに体格差や経験の差があるとは思うのだがそれでもフィエロに直々に修行してもらっているので弱くはないと思っている。
「はぁ~」
そんな事を考えていると自然とため息が出る。
気持ちも沈んで体がベッドに沈むような気がした。
そんな中なにやら本を読んでいたキースがこちらに顔を向けて話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
「いや、俺って強くなってるのかなって思って」
「う~ん、あっ、でも、ドラゴン倒したんでしょ?」
「まぁそうなんだけど、あれって手加減したドラゴンっていう本来ならありえない状況でのことだったし」
「もう何年も実戦なんてしてないからそう思ってもしょうがないのかな~」
キースの言い分は最もであった。
アルトは自分の右腕を見つめる。
あの時、擬似的ではあるが危機的な状況の中、確かに成長の兆しを見せたが至ることはなかった。
エラー。つまり異常があるとこの腕は言ったのだ。
ケインは言った。なにかロックがされていると。
それはつまり何者かがアルトに対して何かしらの制御をしていることになるのではないだろうか。
いや、そんな人物など一人しか知らない、いや、そいつだけだろう。
「かみさま」
「ん?なんかいったかアルト?」
「い、いや別に」
呟いてふと何か忘れているようなモヤモヤした感覚が出てきた。
腕を組んで首を傾げるアルトだがしばらく考えてモヤモヤは消えたので考えるのをやめてしまった。
アルトはそのままベッドに潜って寝ることにした。
キースも本を読み終わったのか本棚に戻すと隣のベッドへと移動したのだった。
翌日、アルトたちは普段のように起きてしまい暇を持て余していた。
フィエロのおんぼろ屋敷でなら朝食の準備をしていたところだがここでは使用人の人たちが全てやってくれていた。
朝食はいつものメンツで食べた。ヘンジなどの使用人たちは別で食べ、ロングレンは仕事で忙しいとのこと。
出されたのはスクランブルエッグと焼いたベーコンが二切れにポテトサラダ、それにロールパンである。
何年かぶりに手の込んだ料理に舌鼓して感激するアルトとキース。
フィエロはと言うと特に何の表情も無く黙々と食べていた。
「そうだアルトにキース、今日は一日好きにしていいぞ。小遣いも出してやる」
「え?」
「マジ?」
アルトとキースは顔を寄せて話し合う。
「どういう風の吹き回しだ?」
「わからん、突然気の利いた優しい事を言うなんて今の今までなかったぞ」
「もしかして俺たちを試しているのか?」
「不気味だ…」
そんな様子を怪訝そうにして見るフィエロ。
「お前ら、聞こえてるからな?」
怒りの篭った視線を向けるフィエロにビビって背筋を正す二人。
「はぁ、別に他意は無い、たまの急速は必要だからな」
「たまとは言いますがかれこれ三年ほどそんなことはありませんでした!」
「でした!」
「…」
痛いところを突かれたのか急に無言になる。
「兎に角金渡すから今日は遊んでこい、この街はここらじゃ一番大きいから色々楽しめるだろ」
そうして無造作に机に貨幣の詰まった袋を置く。
親切に壁に控えていた使用人のメイドさんがその袋をアルトたちの手元までもってきてくれた。
銅貨が目立つが銀貨も入っていた。
十分過ぎる額である。
「ありがとう師匠!」
「さすが師匠!」
「チッ、こんな時だけ感謝しやがって」
フィエロは頬杖をついて顔を逸らす。
「んじゃ早速いってきまーす!」
「あ、待てよアルト!まだ食べてもぐもぐもぐ…ごくん!いってきまーす!」
二人は颯爽と屋敷から出て行った。
そこへヘンジが入れ替わるように入ってきた。
手にはデザートだろうかパンケーキのようなものがあった。
「とても元気がおありのようで、しかしデザートが無駄になってしまいましたねフィエロ様」
「いい、俺が食う」
「では」
フィエロはふたり分のデザートを食べるのだった。
アルト達は街へと出かけていた。
朝から既に街は活気づいており賑わっていた。
お店も色々で美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。といっても朝食を食べ終えたばかりなのであまり気に止めることもなかった。
二人が街をふらついていると騒がしくなっていた街でも一際騒がしい場所を見つけた。
それは闘技場であった。円状の建物で雰囲気がまさにそれだった。
中に入って階段を上がり観客席に行く。見るだけなら無料みたいだった。
所々に食べ物と飲み物を売っている人が歩いているのを見るとそこらへんは前の世界とあまり変わらないんだなと思った。
白熱する中央を見ればそこでは今まさに激しい戦いが繰り広げられたいた。
そこにはなんと装備は剣だけで防具という防具は全く身につけておらずズボンだけという男が自身の二倍はある二頭の熊型モンスターと戦っていたのだ。
「行けぇ!やっちまえ!」
「そこだァ!」
周りの観客も歓声を送っている。
しばらく見ていると決着がついた。
湧き上がる人の声、それは様々なものだったが基本的には二種類だった。
歓喜の声と罵詈雑言である。ここでは賭けが行われているので当然だろう。
しかし負けた方は居た堪れない。
そして勝敗は熊型モンスターの勝利だった。
戦っていた男は無残にもその鋭利な爪で四つに引き裂かれてしまった。
勝ったモンスターは勝利の雄叫びをあげていた。ガッツポーズ付きである。
「いやぁ、さすがはこの闘技場一番の実力持ちだ」
「今日も稼がせてもらいましたな!」
「まあ強すぎて倍率は微々たるものだけどな」
ガハハと笑う勝利者達。
なるほど、あのモンスターがこの闘技場のチャンピオンらしい。
「なあなあキース、俺たちも賭けてみようぜ!」
「おま、いきなり賭け事に金使うのかよ…まあ俺もそう考えてたけどな!」
さすがは悪ガキである。そこには楽しそうという理由だけが行動原理としてあったのだった。
そうと決まれば実行である。
どう賭けるのかわからないのでキョロキョロしていると先程目に付いた売り歩きしていた人たちが増えていた。
「次の試合はここのナンバーツーの剣闘士バンと急遽飛び入り参加した無名の冒険者レオナルド・ルーデルクになります!賭け札はこちらでお買い求めください!バン選手の倍率は1.5、レオナルド選手の倍率は5倍になります!お買い求めはお早めに!」
なるほど、その掛け札を買うことで参加できるようだった。
そうとわかれば二人は札を買う列に並んだ。
「はい、次の方、どちらにいくら賭ける?」
「そうだなぁ…じゃあ無難にバン選手に銀貨一枚で」
「まいど、賭け札をどうぞ」
渡されたのは銀色の札で選手の名前と一という数字が書かれていた。
と、そういえば換金方法を知らなかった。
「お兄さん、換金はどこでするの?」
「それはこの闘技場の真ん前にある換金所でするんだよ。別にお金だけに変える必要はないよ」
「ありがとうございます」
興味深い事を聞いた。
つまりはお金以外のものにも交換できるというお事だ。
それはきっと武器だったり道具だったりするのだろう。
「アルトはどっちに賭けたんだ?」
キースが買い終えたのか銅の札を持って戻ってきた。
「俺はバン選手に銀貨一枚。キースは?」
「一攫千金狙ってレオナルドに銅貨十枚さ」
そう言って掛け札を見せてくるキース。
そこには確かにレオナルドの名前と十と書かれていた。
「って、一攫千金って言いながら銅貨じゃねぇか!」
「ば、馬鹿!このぐらいなら別に負けても痛くねぇんだよ!」
「やれやれ、そんなんじゃ賭け事とは言わないよキース」
そんな安全圏からの賭けなど賭けではないと昔漫画で読んだ気がする。
「まぁ見てろって!ビギナーズラックだよビギナーズラック!」
「どうだかな」
と、そんなこんなで出場選手が出てきた。
最初に出てきたのはバン選手だ。周りの熱もそうだがバン本人も咆哮を上げて右手に持つ大剣を掲げる。
こちらのバン選手も防具らしい防具は身につけていないがそれを必要とさせない程の筋肉があった。
身長も二メートルはあり大剣も同じ大きさだった。
「残念だがキース。俺の勝ちのようだな」
「くっ、いやまだだ!まだこっちは出てきてすらないんだからな!」
そして反対側からレオナルドが現れた。
「え?」
そこにいたのは前日に肩をぶつけたフードの男だった。
いや、離れていて顔もなにもわからないしそもそも顔など知らないアルトだったが不思議とそこにいる男が前日の人物だと思えてしまった。
両者が現れたことによって会場の熱気が更にヒートアップする。
「負けんなよ!お前に賭けたんだからなぁ!」
「そんな無名とっとと潰しちまえよバン!」
「そうだそうだいつもみたいにやっちまえ!」
殆どの者がバンに賭けているようだった。
中にはレオナルドに賭けている人もいるようだが比率は圧倒的にバンだった。
バンに賭けている人たちは既に勝負は決まっているといった感じであった。
何より体格差だ、筋肉の鎧を着たバンに比べれればレオナルドは小柄に見えてしまう。
両者が相対し辺りが静まり始めた。
そして大きな銅鑼の音が響き渡った。
アルトとキースは驚いて後ろを振り向いた。そこには試合の合図用の銅鑼があり今まさに従業員が鳴らしたのだった。
その合図と共に試合が始まる。
最初に仕掛けたのはバンだ、バンはその大剣を右手に持ったままあろう事か左拳をレオナルドに叩きつけた。
レオナルドはそれをひらりと躱す。
しかしバンはそれを追いかける様に左拳を連続で叩きつける。
それを躱し続けるレオナルドに観客は驚きと感嘆を漏らす。
「おお…」
「あの冒険者なかなかやるな」
「って感心してる場合じゃねぇ!バン、とっとと斬っちまえよ!」
「そーだ!そーだ!手加減なんてしてる場合じゃねーぞ!」
「…とのことだが?」
「ぬかせ!ふん!!」
バンが大剣を横に振り上げた。
大剣はレオナルドを捉えてそのまま暴風と共に壁へと吹き飛ばした。
なまじ大きさがあるので的が小さいと斬ることが容易ではないのだ。
なので吹き飛んでしまった。
しかしレオナルドは壁にぶつかる直前に大勢を整えて壁を足場に思い切り蹴り上げた。
吹き飛んで広がった距離は一瞬にして戻った。その拍子にフードがめくれ素顔があらわになる。
プラチナブロンドのショートに獣のように鋭い黄色い瞳の青年だった。
「ハァッ!」
レオナルドはその勢いを使って左拳をバンに叩きつけた。
バンは瞬時に大剣でガードする。
「もれぇ!」
「なにっ!?」
大剣はレオナルドの打撃に耐え切れずに粉々に砕けてしまう。
それを見て闘技場の熱気は更に増した。
「マジかよあのにーちゃん拳だけで大剣をぶっ壊しやがった!」
「何もんだあいつ!?」
熱博しているが彼らの大半はバンに賭けていることを忘れてはならない。
レオナルドの攻撃は止まることなくバンを襲う。
「どうしたどうした大剣が無けりゃその程度か剣闘士ィ!」
「ぬぅぅ、舐めるなぁ!」
バンは反撃をするがレオナルドがそれを軽々と左手で受け止める。
「なんという力…!」
「弱っちぃ、これがナンバーツーか。相手にもならねぇ!」
「ふざけるなぁ!」
バンが蹴りを繰り出すがレオナルドは避けるどころかそれを逆手に取って思いっきり足を引っ掛けて転ばす。
そしてそのまま左拳をバンの顔に叩きつけた。
「…ぐふっ」
「見掛け倒しもいいとこだ」
そして勝負が付いた。
時間にしても十分足らずでナンバーツーはこの日敗れたのだった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「すげーぞにーちゃん!」
「やったぁぁ勝ったぞぉぉぉぉ!」
「ま、負けた…俺結構大金賭けちまった…」
至る所から様々な声が響き掻き消えていく。
そんな中、偶然かレオナルドと目があった。
気圧されて視線を逸らす。直ぐに戻したが既にレオナルドは別の方を向いていた。
「ふははははアルト!俺の勝ちだったな!」
「ってああぁ!?嘘だろ俺の銀貨一枚…」
「はっはっは、ビギナーズラックはあったのだ!これで銅貨が五十枚だぜ!」
がっくりと肩を落とすアルトであった。
ちなみにだがアルトはこのあとキースにいくらか銅貨を貰ったのだった。




