# 第3話 縫い止めた影は、嘘を吐かない
グラントが動いたのは、その日の放課後だった。
「リオン、決闘だ」
中庭に、人だかりができた。グラントが俺の前に立ち、腕を組んでいる。剛腕のAランク。対する俺は、Fランクの影縫い。
「平民が令嬢に取り入った。その汚名、晴らしてやる」
「……俺は何も」
「決闘で勝った方が、令嬢の護衛だ。恐れているなら、今すぐ土下座しろ」
周囲がどっと沸いた。俺は逃げたかった。だが、逃げれば令嬢の言葉が嘘になる。
「受けて立ちます」
「はっ。平民らしい、無謀な――」
「ただし、一つだけ。俺のスキルを、使わせてください」
「影縫いだかなんだか知らんが、踏ませてやるものか」
合図が鳴った。グラントが剛腕を振り上げる。地面が揺れ、石畳が砕けた。
「これがAランクの力だ! 平民が、影を踏む暇など――」
俺はその瞬間、自分の影に潜った。
「――ない、だと?」
グラントの声が、上から聞こえる。俺は彼の足元の影に移動していた。影から手を伸ばし、その影を踏む。
――影縫い。
「なっ……動け、ない」
グラントの身体が、縫い止められた。剛腕を振り上げたまま、ぴくりとも動かない。
「平民のスキルで、俺が……!」
「平民の分際で、すみません」
俺は影から上半身を出した。至近距離で、グラントと目が合う。
「お前、影の中に……いつの間に」
「影が薄いので。あなたには、見えなかったでしょう」
「ふざけるな! 俺はAランクだ、こんな平民の――」
「Aランクなら、一つ聞きます」
俺は、縫い止めた影を見下ろした。
「昨夜、暗殺者を制圧したのは、本当にあなたですか」
「当たり前だ! 俺が氷結魔法で――」
「あなたのスキルは、剛腕。氷結魔法ではありません」
グラントの顔色が変わった。周囲のざわめきが、少しずつ大きくなる。
「氷結魔法を使ったのは、セレスティア嬢です。俺は影を踏んだ。あなたは、何をしたんです?」
「それは……俺は、現場に――」
「現場に、いなかったでしょう」
俺は影縫いを解いた。グラントがよろめき、膝をつく。観客の中から、小さな声が上がった。
「グラント様、嘘をついてたの?」
「平民の手柄を、横取りした……?」
グラントは顔を上げた。悔しさと怒りで、顔が歪んでいる。
「平民が……平民ごときが、俺を!」
「平民ごときで、すみません。ですが、影は嘘を吐かない」
「覚えていろ、リオン。ヴァルモア家を敵に回した――」
「敵に回したのは、どちらかしら」
人だかりの向こうから、声がした。セレスティアだった。氷のような目で、グラントを見下ろしている。
「私の影にいる人を、決闘で傷つけようとした。その罪、軽いとは思わないで」
「令嬢、これは平民との――」
「平民? あなたが横取りした手柄の、持ち主でしょう」
グラントは何も言えなかった。周囲の視線が、彼から俺へと移っていく。その視線が、少しだけ熱かった。
「リオン。こっちへ」
セレスティアが手を差し伸べた。俺は影から出て、その手を取った。冷たい指。だが、握り返す力は、強かった。
「見ていたわ。あなたが影を踏むところ」
「……お恥ずかしいところを」
「いいえ。かっこよかったわ」
彼女はそう言って、少しだけ笑った。学園の誰も知らない、氷の溶けた顔だった。
「ねえ、リオン」
「はい」
「今夜も、影にいてくれる?」
「……平民の分際で、よろしければ」
「その言葉、まだ言うの?」
「癖なんです」
「では、癖ごと直してあげる。私の影にいて、リオン」
俺は頷いた。足元で、二つの影が静かに重なった。
――縫い止めた影は、嘘を吐かない。俺の正体も、いつかきっと。




