第9話:スレイプニル経済
プハァーッ……!
3日間、アルトは階層を駆け上がった。
そして今、超特級ダンジョンとは云え、上層に到達している。
途中、冒険者パーティーの幾つかとすれ違い、魔物との戦いに危機に巻き込まれていれば、魔物にレベルサクリファイスを施し、後は実力で勝てるだろうと放置して来た。怪我人が居れば、神々から授かった回復魔法で回復させて来た。
そう、神々も魔法を使うのである。ソレは、神々が人間の信仰の都合で『魔王』扱いされることに、所以があった。
別に、『悪神』も存在しない訳では無いのだ。
『神通力』と云うモノもあるにはあるが、魔法の方が便利に過ぎたのだ。
ソレはそうだ。魔法とは、魔に堕ちてまでも自由に能力を発揮する為に使う媒体なのだから。
だからといって、どんな魔法でも使って良いと云う訳では無い。
ソレに、魔物だからといって、ドレもコレも狩って良いと云う訳では無い。
例えば、スレイプニルの母個体や、母個体に成る雌個体。
スレイプニルは、歴とした魔物でありながら、人に懐く個体がある。狩り尽くせば、懐く個体を飼い馴らせない。
母個体を飼い馴らせられれば一番良いだろうが、前例が無い。
一時的には不可能では無いが、妊娠中・出産直後の暴れぶりを考えると、『飼い馴らす』のは不可能に近い。最悪、ストレスと出産の体力の消費に因り、死に至る。
故に、懐く個体を選んで地上に運ぶ、冒険者の『一発当てる』種となる。
そう、スレイプニルを1頭地上に運べれば、一般に『フルメンバー』と呼ばれる6人のパーティーでも、ひと月は優に暮らせる額で買い取って貰える。
但し、スレイプニルの状態が良ければの話だ。実際、相当の実力者でなくば、泥舟に近い宝舟のような仕事だ。
一般に詐欺案件と言われているが、それでもソレを専用に行なう冒険者パーティーも居る。或いは、クランを組んで複数パーティーで儲ける者も居る程だ。
そう云ったクランは、後続者の育成も同時に熟す。
と云ったように、魔物が動かす経済もある。
故に、全ての魔物を狩ってはならぬのだ。
まぁ、そんなスレイプニルをアルトは狩りまくったのだが。
狩り、馬喰ったのだ。
今も、アルトが管理する異空間には、スレイプニル肉が大量にストックされている。
「さて。レベルが上がりまくったから、復讐するのも虚しいし、楽しく生きていきたいだけなんだが」
『開拓でもしたらどうじゃ?
幸い、ソレ関係の加護は沢山貰えとるじゃろう?』
「スローライフかぁ……ソレも良いなぁ〜♪」
最早、敵として敵う相手も無し。『レベルサクリファイス耐性』も、『強』のレベルまで到達した。毎日、自分自身に『レベルサクリファイス』を掛けまくった結果だ。今や、自分の熟練度の『レベルサクリファイス』を自分に施しても、100回中99回はレジスト出来る。『レベルサクリファイス』自体の熟練度も『強』に到達しているのに、この結果は、普通の熟練度の『レベルサクリファイス』を掛けられても、万に一つ、成功するかどうか。
それでも、偶に『レベルサクリファイス』をレジストしてしまう神々も居るのだから、神々の耐性も流石と言うしかない。その場合、レジストせずに『レベルサクリファイス』を受けて貰うのだ。
そうして、若返った神々は、世界を正しい形に直すべく、人々に天罰を下してゆく。
今の世界は、歪み過ぎている、と云うのが大半の神々の見解だ。
「しかし、魔物に会わないとは云え、余りに遭遇数が少ないとは思うのだが……」
その頃、別の場所では大変な事態に陥っていた。
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その時、ダンジョンの入り口付近では、人類最強の『不落の盾』にして、聖騎士団長のヴァルザックが盾となって、次々と押し寄せる魔物の脱走を防いでいた。
「畜生!何でこんなにまでも魔物が押し寄せるんだ?!」
一方、アルトの方は、ダンジョンの出口が近付くにつれて魔物が群れて逃げており、とりあえず『レベルサクリファイス』すると周りの冒険者にその魔物を狩るのは任せ、吶喊した。
すると、その声で魔物の海は割れ、アルトに進路を示した。
「……!?アルト?!」
「ヴァルザックか……」
ただ一言、名を呼び、身を躱しただけだった。
突破したアルトをヴァルザックには追う訳にはいかぬ事情があり、割れた左右の魔物をヴァルザックは斬った。すると、ズザザッと魔物は引き下がり、図らずとも、アルトはヴァルザックの身を助けることになった。
「解せぬ……」
ヴァルザックのその呟きは、他の誰にも聴こえる事は無かった。
アルトは、ヴァルザックの姿を見て、想像以上にその存在がホントにどうでもよかった。
奪われた能力?余りにチッポケでどうでもいい。束縛を手伝った?今の自分が在る為にはどうでもいい。聖騎士団長の座?そもそも束縛される立場になぞ興味はない。
ただ、魔物の群れの対策に配置されたことについては、同情しても良かったが、自ら望んだ立場の責任とあっては、最早どうでもいい。むしろ、ヴァルザックを同情することの方が、ヴァルザックにとって屈辱的だろう。
魔物が群れてダンジョンを出ようとしたことが、レベルの上がり過ぎたアルトの威圧感のせいだとしても、知ったことか。責任の一端はヴァルザックにもある。だがその上で、どうでもいいと思えた。
ならば、事態は全て、どうでもいい。自分の損にならず、却って得となった。ヴァルザックと云う存在が干渉してくる場所に居なければいい。ただそれだけの事実だった。
コレが例えば、アルトが魔王認定され、ヴァルザックが先頭に立って立ち向かって来るのならば、また話は別だが、果たしてヴァルザックがアルトの情報を国に売り渡すだろうか?
……売り渡すかも知れない。
そのことに気付いた瞬間、一瞬だけアルトはヴァルザックを鬱陶しく思い、足を瞬間的に止めたが、次の瞬間には駆けていた。ヴァルザックなぞ、一切の脅威では無い。
名前にV音があるのが引っ掛かるが、実力でヴァルザックが何人いようが、今のアルトの敵ではない。
そんなことよりも、地上に出た今、アルトの関心は、早く神剣を打ち、バルカドロスの加護を授かり、自身の愛剣にすることの方がよっぽど重要だった。
ダンジョンと云う密閉空間で鍛冶をすることが危険だったが故に、先送りにしてきた案件だ。なるべく、急ぎでかつ、設備の整った場所が欲しかった。
ならば!……向かう先は一つ。ドワーフ国へ。
そして、その為に必要な物は一つ。──酒だ!
兎に角、強い酒をなるべく多く仕入れねばならぬ。ドワーフを頷かせるには、ソレが一番だ!!
だが、酒は同時にバルカドロスへのお神酒として捧げ物にしなければならない。
酒処。しかも強い酒をなるべく多く仕入れるなら、極寒の地、方角にすれば北へ向かえばいい。
アルトは太陽を背に駆けた。セレスティナとキリカが待っていることに考えが及ばないままに。
素手でも、十二分に闘える。だが、剣に馴染み過ぎたアルトには、愛剣たる神剣の存在が必要不可欠なのであった。
今はただ、その目的の為に動くことを最優先にしているのだった。
生贄にされた。その事実も、レベルサクリファイスを経験すると云う事実から、人類の限界とされていたレベルを圧倒的に超えたことから、復讐なぞと云う行為には虚しさしか無い。
そう、『レベルサクリファイス』は、アルトを超越者たり得る存在へと昇華させて、人間と云うより、神に近づき過ぎた存在へとたらしめることで、楽しみとか躍動感と云った、ポジティブな体験を求める一方で、復讐とか鬱陶しさとか云ったネガティブな感情を、出来るだけ捨てる方向で努力するのだった。
そう、今のアルトは、『ポジティブモンスター』なのだった。




