第21話:売り子と警護員
売り子のサグ・オジョウと警護員のチョハ・ツカイの新人研修を済ませた翌日。
「いらっしゃいませ〜♪」
引き攣った笑顔を貼った表情で、オジョウは売り子をしていた。
チョハはチョハで、一週間限りの警護員のオッサンから、警護を邪魔しない程度に見張るコツを口述で教わっていく。チョハの場合、その方が良いとの判断からだ。但し、緊急時の優先順位は叩き込まれており、何故か商品の優先順位は二の次・三の次だった。
先ず、子供たち……今はウタンしか居ないが、将来的にはイチコも含めての身の安全。次に、オジョウとチョハの身の安全。更に次いで、お客さんの身の安全。それからようやく、店の設備の守護、暴漢の取り押さえと云う段階に至り、そうして店の商品の出来るだけの守護と云った順番だ。
オジョウもそれは訊いており、「商品の優先順位が低過ぎやしないかね?」と反論したが、原価を考えれば、その中では一番、金銭的に言っても優先順位が低いと言われても、確かにその通りの話だった。
「オジョウさん、笑顔が硬いですよ」
アルトからそう言われても、妖艶な笑みなら自信はあれど、ニコニコしたビジネス笑顔には今まで縁のない生活をして来たのだ。
コレが未だ、自分を売り込む笑顔なら、娼婦になる覚悟をしていたオジョウには向いていたのだろうが。
アルトも色々と考えた結果、店頭でお客さんの途切れたタイミングでオジョウにこう言う。
「オジョウさん、貴女を目当てにパンを買いに来る常連さんを作りなさい」
オジョウは、引き攣った笑顔のままで──
「ハァ……」
と、気合いの入らない返事をしたのだが。
娼婦に身を窶した、オジョウの先輩孤児のお客さんが来て、会話を楽しみながら商品の相談に乗ってあげて少なくない商品を売り払った直後。
「オジョウさん、ソレだ!」
と、アルトから言われた。
「世間話で話を盛り上げて、ソコから商品の紹介に話を切り替えて売っていくんだ!」
「ハァ……ソレで良いなら、やってみます」
オジョウの場合、コレが効いた。
売れるまでの間は長いが、パンが一気に売れる。
コレは、お貴族様相手の大量発注にも効いた。
タダでさえ、物珍しく美味しいパンだ。
お貴族様たちの流行にビビッと嵌った。
ピザもお貴族様たちの流行に乗ると、ピース単位でなく、一枚単位で売れた。
ソレも、二枚や三枚では済まないのだ。
遂に、ピザが十枚の発注が入った。
勿論、薄手の段ボールのような素材の紙箱で一枚ずつ収めて納品したのだが、コレも好評だった。
遂には、専属の配達販売員が必要と云った話になって、信用出来る人材の確保が必要となった。
この際、大した重さの物を運ぶので無いので、女性でも良いとなると、娼婦で稼げない女性が候補に挙がった。
警護員は、とうにチョハ1人。一週間のお試し期間は過ぎていた。
今は、アルトが居るから未だ良い。
コレが、イチコにスキルを譲って、独立した時の不安が何となく立ち込めていた。
営業開始からひと月が経ち、イチコの算術に、未だセレスティナの『合格』の声は挙がらない。
オジョウもヤキモキする。チョハも地味に、イチコへの引き継ぎ直後のトラブルを不安視した。
アルトとて、イチコが足元を見られて、原価の高い商品の、大量発注の際の原価割れを不安視した。
だが、アルトはソレを言葉にして全員で意識を共有した。
既に、人材は整っており、月に半金貨一枚の報酬を与えている。
ウタンは既に、仕事着として、清潔な服を調達していて、イチコも近々、仕事着を仕立てる予定だ。
オジョウは元より、その娼婦として着る筈だった服から、『セクシー過ぎる店員』として評判だった。
チョハも、見るからに警護員の服を仕立てており、プロ意識の高さを見せ、又、偶に来る柄の惡い客を追い返す抑止力になっていた。
今のところ、大きいトラブルは来ていない。
アルトは、大きいトラブルが来るなら、自分が残っている内にしてくれ!と願っていた。
ウタンもイチコからコッソリ算術を習って、仕事中に掛け算の九九を唱えるように暗記していた。
実際、商品の単価が決まっているこの店では、掛け算と引き算が非常に重要だ。
オジョウもコッソリ習っているようだが、九九を唱える暇が無いのが最近の悩みらしい。
給料は、目標の金貨一枚に未だ届かないが、少しずつ近付いている。
そんな折だった。大金貨一枚での支払いでの、お釣りで揉め事が起きた。
「釣りが足りない!」
そうクレームを付けられたが、計算は正確で、お釣りも間違っていなかった。
だが、どう説明しても、釣りの不足を只管に追及して来る、タチの惡い輩だった。
そこで、アルトは最後の手段に出た。釣りを一度返して貰い、支払われた大金貨を返して、商品は売れないと言い張った。
「横暴だ!」
ココは、チョハの出番だった。
「お客さん、揉め事は困りますよ。
コレ以上揉めるようなら、街の衛兵のところに付いて来て頂きますよ」
客として来た男を、チョハが脅して対応する。
対応については、相談済みだった。チョハは多少のアドリブも混ぜての、マニュアルに従った対応をした。
その時、返却された釣りを計数していたアルトが、銀貨一枚分足りないことに気付いた。
「チョハさん、銀貨一枚誤魔化された。衛兵に突き渡して処罰を依頼してくれ」
「なっ!私が金を誤魔化したと言うのか! 名誉毀損で訴えるぞ!」
「勝手に訴えてください。コチラは、詐欺の疑いで衛兵に突き出しますから」
「ホラ、付いて来て貰おうか」
「貴様らー!後悔させてやるぞー!」
「お前が後悔しろよ。高が知れてる金額を誤魔化して犯罪者の身の上になることを」
色々と喚きながらチョハに連行されて行く男は、どうやら、この手の詐欺の常習犯だったらしく、所持金が大金貨一枚と誤魔化した銀貨一枚しか持ち合わせておらず、その銀貨の疑いを晴らす事は出来なかったが、疑わしきは罰せずの原則があった為に裁かれなかった。
ただ、常習犯とあって、厳しい説教を受けたが、全く懲りず、アルトは出入り禁止の処分を決定し、この屋台街の洗礼を乗り越えたとされて、一目置かれることとなった。
尚、その男は殆どの屋台から出禁を喰らっており、二度とこの店に来ることは無かった。
そして、計算の煩雑さから、四半金貨以上の大きなお金での支払いは、原則お断りと云う処置をした。
勿論、大量発注の場合は例外とするが、商品の値引きも原則お断りとし、利益率の高い物に関してのみ、受け付けることを原則とした。
コレにより、件の男は権力者からも恨まれ、この街を出たとの噂だ。
アルトは値引きの線引きを書き残し、イチコに因る経営の際に役立てられることとなる。
今回は初のチョハの出番であり、対処の処置に大きな信頼が生まれ、やがて衛兵との付き合いも出来、屋台街では一目置かれる存在となった。
お互いの飯の種の物々交換は日常的であったし、原価率の低い筈の、あんパンやクリームパン、ジャムパン辺りは甘い物として人気が高く、常連さんたちの屋台での揉め事を、チョハが出向いて片を付けることもするようになる。
そうして、栄養の偏りを解消し、健康維持に役立てる。
ウタンも広告塔として、1日1回、パンを少しとは云え無料で提供して人気者となった。
孤児たちも、1人ずつ順番に目立たないようにウタンの配るパンで栄養を摂り、徐々に孤児たちの飢えを解消していった。
尚、事態を知ったミク・ラがオジョウとチョハからの上納金を受け取っていることから、そのお金の一部で、アルトが始めイチコが受け継ぐパン屋の客として、孤児たちの食事を改善していった。
イチコが算術・読み書きで合格を貰うまで、約半年だった。如何にイチコが熱心に勉強していたかが理解るだろうか?
ソレでも未だ6歳の子供が屋台の経営契約を引き継ぐのは無理があり、代わりにオジョウがイチコの成人まで店長代理を務める。
そして、アルトがソレまでの店の利益の中から経費を支払い、イチコ専用の、パンと紙を売買出来るスキルを『何でもショップ』でオーブ化して引き渡し、ひと月ほど見守ってから、アルトは再び旅に出ることを皆に伝えた。
勿論、セレスティナやキリカ、クレイドルも同行するし、アルトは自分の居る内に月の給料を目標の金貨一枚に届けられなかったことをウタン、オジョウ、チョハに詫びた。
「ソレは私への宿題だね!」
イチコはそう言ってアルトを見送り、そして、ようやく屋台に設置した神棚にフォルトゥ・ブレサの加護が宿り、アルトを安心させた。
ソレは同時に、アルトへのフォルトゥ・ブレサからの加護が強まることを意味し、フォルトゥ・ブレサが女神に昇神する際の心残りが一つ、晴らされた。
だが、フォルトゥ・ブレサの心残りはコレだけでは無く、アルトは残りの心残りを晴らす為に旅に出るのだった。




