第20話:巫女と聖女
巫女と聖女の違いは、勇者パーティーに入った経験の有無だ。特に、回復魔法を得意としなければ、聖女にはなれない。
なので、セレスティナが巫女様──ミク・ラに会った時、最初の話題は、病人・怪我人についてだった。
ある程度はミク・ラも治癒・回復魔法を使えたが、セレスティナはレベルが違う。範囲回復で、一気に病人・負傷者を治し切った。ただ、部位欠損はセレスティナでも治せない。いや、本気を出せば治せるのだが、魔力等の関係で、人数が限られる。
優先順位を付けられなかったが故に、治せなかった。ミク・ラも優先順位を付けられないと宣言したのだから、セレスティナが優先順位を付ける訳にはいかない。飽くまでも、この場はミク・ラの縄張りなのだから。
そして、イチコの勉強の話題になり、ウタンの仕事の話になり、大人の売り子が居れば、パン屋の経営が出来ると云う話になった。
ミク・ラでは売り子になる訳にはいかないと云う話になった。
だが、警護員の宛は、孤児の出身の冒険者上がりの引退して間もない割と落ち着いた男が紹介された。
他に、算術は出来ないが、イチコの勉強が済んだら、イチコに従う条件で、娼婦の道を進みかねなかった孤児の出身の気の強い女性も紹介された。
どうやら、前日の帰りにウタンに持たせた、一斤の角食パンが思った以上に好評だったらしい。
「賃金の話になりますが」
その日、一番注目された話題が、ソレだった。
「月に金貨一枚を支払うべく、努力致しますが、直ぐにそれだけの価格を提示できるものではありません。
その代わり、パンでしたらどれでも宜しいですから、仕入れ値で売却致します」
条件等については、昨晩、アルトと打ち合わせ済みだ。直ぐに告げることは出来たが、金額を即座に提示は出来ない。
「あと、1食に1個、お好きなパンを提供しても良いと、ココまでは条件として提示します。
但し、売り上げに相当に貢献して頂くことが条件になります」
ウタンでも居れば、現場の情報を提示できただろうが、勿論、パン屋の屋台でイチコの授業料を稼いでいる最中だ。
「宜しければ、見学にお越しになっても構わないとは言われておりますが、商売の邪魔にならない範囲内でと云う条件になります」
屋台は屋台街とでも云うべきか、商業ギルドの管轄で定められているので、子供を大勢連れて行くとか云うことでも無い限り、大丈夫とでも云うべき条件だ。
警護員候補のチョハ・ツカイと、売り子候補のサグ・オジョウは見学を希望し、二人が見張って好き勝手させないと云う条件で、各一人の子供を連れて行っても良いと云う話になったが、希望者が殺到し、厳選して大人しい年上の子が連れて行かれることになった。
ミク・ラが行けば、もう一人行けたのだが、彼女は神殿を離れる訳にはいかないと云う。
そして、行なわれた屋台見学会。
真っ先に、ウタンが駆け付けて来た。
「試食お願いします〜♪」
ウタンは四つ切りの、今日は『あんパン』を、イチコを含めた6人に1個ずつ配って行った。
「ちょっと。買う訳がないアタシたちに配ること無いじゃない!」
サグ・オジョウは文句を言ったが、ウタンはこう返した。
「お客さんでなくても、誰にでも一人一つずつなら配って良いって言われてるもんね〜♪」
「お前……アタシからの借りをこんなカタチで返すつもりなのか……」
「まぁまぁ、試しに頂いてみましょうよ!」
こんな時のムードメーカーとしては、セレスティナは有能だった。
「タダで配り歩いたら、商売にならないじゃないか!
……ッたく、まぁ頂いてみようか」
そして、オジョウはその味を味わって驚いた。
「甘い!こんなに甘い物を売っているのか!
……試しに買ってみても良いものかねぇ?」
オジョウがミクの方を向いて確認を取ると。
ミクは笑顔でこう言った。
「自分のお金で買う分には、きっと自由ですよ♪」
「そ、そうッスか。じゃあ……って、半銀貨一枚!?
屋台飯は高い傾向があるとは云え、そう簡単に手を出せる金額じゃねぇぞ?」
「冷やかしでも見ていってください」
アルトの態度は穏和だったが、オジョウとチョハは軽くビビッた。なまじ、相手の強さが判るが故の反応だった。
「……コレ!肉が乗っているじゃないか!」
「あー、ピザですねー。ワンピース半銀貨一枚ですよ〜。あと、コレもコレも肉を使ってます」
店長たるアルトが、カレーパンとメンチカツサンドを指して言った。他にもあるが、ハム等の加工肉の類だから、アルトは省いた。
「……その、ピザ?って奴を一つ貰おうか!」
「お目が高い。利益率の低い商品だから、あんまりソレばっかり売れると、商売上がったりの商品ですよ〜♪」
「……?利益の上がらない商品だと、値上げをした方が良いンじゃないかい?」
「ギリギリで利益上がりますからねぇ〜。価格を統一した方が屋台では取り扱いし易いンですよ〜♪」
「そっ、そうか。……色々考えられているんだな」
「温めるか、出来たての方がより美味しいンですけどねぇ〜」
「……?温めのサービスとか、無いのかい?」
「そうですねぇ……追加料金大銅貨一枚ってところで如何ですか?」
「……そのサービスは、継続的に受けられるサービスなのかねぇ?」
「ああ、残念ながら、店長が代わったら出来ないですねぇ〜……」
「フンッ!なら、そんなサービスはしない方が良いンじゃないかい?」
「じゃあ、今回限りの無料サービスにしておきますよ〜♪」
「えッ!」
無料と言われて、オジョウはたじろいだ。値下げを願って付けた文句では無かったからだ。
「……良いのかい?」
「ええ。粗が見付かった方が、この屋台の継続的な営業に有利ですから」
アルトは、光熱魔法でオジョウが選んだピザの八ツ切のワンピースを温めた。オジョウは半銀貨一枚を支払うと、商品が紙に包んで渡された。
「……この紙は、継続的にサービス出来るのかい?」
「あー……ピザは、今回限りのサービス商品にしますねぇ〜……」
「待っておくれ。それじゃあ、殆どの商品がロクに包めずに売らなくちゃならないじゃないか!」
「うーん……イチコちゃん、勉強頑張ってる?」
何に迷ったのか、アルトはイチコに質問をした。
「はい!2桁の足し算と、1桁の引き算までは出来るようになりました!」
「じゃあ、包み紙や紙袋も買えるように手配するよ」
「手配するよ、ッたって、それじゃ利益上がんねぇじゃねーか!」
「いやぁ~、紙は割と安く手に入るンだよねぇ〜♪」
「ええぃ、イチコに算術を仕込んでパン屋をやるッて聞いてたけど、割とリスク高めじゃないか!
アタシは反対だよ!?」
「オジョウ!イチコもウタンも頑張っているんですよ!
貴女も、娼婦よりはよっぽどマトモな仕事になるのではないですか!」
「けどよぉ……」
オジョウは、警護員が居なければ簡単に奪って行かれそうな陳列棚を見て、不安を述べる。
「アタシの目には、リスクが高いぜ、この店」
「別に、店前の商品が多少盗まれるぐらいでは、将来的に困らなくなる筈なんですよねぇ〜」
アルトの言葉に、オジョウはギョッとする。
更にアルトは続ける。
「どっち道、大量発注が来ないと、ロクに利益を上げられませんからねぇ〜♪」
「なッ!……端から、屋台は広告塔なのか?」
「小銭稼ぎ程度ですねぇ〜」
「……アタシに売り子をやらせるのか?」
「まぁ、孤児の救済措置程度のつもりですからねぇ〜♪」
「判ったよ、アタシ、今日から働く!」
「ソレは待った!」
ようやくやる気を見せたオジョウに、アルトは待った!を掛けた。
「最低限の社員教育は受けて貰いますよ!」
「……今のアタシじゃダメ、ッてことか?」
「売り子の経験は?」
「……無い」
「なら、イチコちゃんとかに案内して貰って、今日の夕飯時から。軽く一通りの挨拶を覚えて貰いますよ。
あ、夕飯は経費に付けておきますよ」
「サグ・オジョウだ。オジョウと呼んでおくれ。よろしく頼むよ」
オジョウは、握手しようと右手を差し出した。アルトはその手を見ながら、申し訳なさそうに言う。
「申し訳ないが、コレでも食品を取り扱って商売している最中でね。握手した直後に手を洗う、ってのも失礼な話だろう?」
「……ふぅ〜ん。アンタ、ちゃんとリスク管理しているのか。益々気に入った!」
そう言って、左手で持ったピザを口にする。
「……!?何だコレ?美味ッ!……え?半銀貨一枚?」
「まぁ、美味いのでも無ければ、利益率低めの商品は売りに出しません。またいらっしゃい」
「……」
商品の味も味わわずに、オジョウは自分が何を「リスク高い」なぞと言っていた!?等と反省中であり。
最低限の研修を受ける為に、ミクとは一度別離し、チョハと共にイチコの勉強会について行って、酒こそ呑ませては貰えなかったものの、喉の潤いを満たす程度の水分補給を認められ、イチコの3桁の足し算と2桁の引き算の勉強を眺め。ようやく、自分に舞い込んで来た好機を悟って、ピシンッ!と自分の両頬を叩いて、自分に気合いを入れた。
好待遇。ソレは、認めざるを得ない条件だと、ようやく悟った。
そして、来たる新人研修を、只管に待った。そう、イチコの頑張りを眺めながら。
僅か6歳の娘が算術を真剣に学び、そして、自身の計算の限界を越えられて行くのは、中々に気合いの入る環境であった。




