第16話:イチコの勉強
夕食時、アルトが幼女を連れて宿に帰って来た。
「……アルト。ソコに座りなさい」
「……? 座るけれども」
アルトが席に着き、イチコちゃんも座らせる。
「あ、マスター! 俺とこの娘にも食事を頼む!」
「半銀貨……いや、四半銀貨頂くよ」
「ああ、……チト支払って来る」
「立たない! ……キリカ、代わりに支払っておいて」
「ムゥ……仕方無しデス」
「セレスティナ!」「アルト!」
お互いを呼ぶ声は同時だった。
「先に良いか?」
「……訊きましょうか」
「ありがとう。セレスティナ、この娘……イチコちゃんと言うそうだが、算術を教えてやって欲しいンだが、頼めないか?」
「は!? 算術?!」
「そ。得意だろ? 100まで数えさせるところまでは道中で仕込んでおいたから。
四則演算、一通り宜しく!」
「はぁッ!? どれだけ時間が掛かると思っているの?!」
「頼む! 貧民街を救う為なんだ!
その間の経費は俺が持つ!」
「……はぁ~。そう云う用件なら、先に報せておいてよね。
先に夕食頂いていたわよ」
「じゃあ、イチコちゃん。1から100まで数えて食事を待ってみようか」
「はぁ~い。1、2、3、4、5……」
そして、100まで数え終える頃までしてからだ。
「……95、96、98……じゃなくて、97、98、99、100! どう!? 私、言えてた?!」
「最後、ちょっと惜しかったけどな! でも……セレスティナ先生、如何でしたか?」
「絶対間違えなくなるまで、毎日何度も復習することを条件に、次のステップに進みましょう!」
「やったぁ〜!」
「良し、食事も来たぞ? 先に食べようか、イチコちゃん」
「うん!」
そこへ、「お任せ〜」と言って宿主が食事を運んで来た。
「良し、いただきます〜♪」
「いただきます〜♪」
アルトには日替わり定食、イチコちゃんにはお子様定食が運ばれて来て、二人は親子のように一緒に夕食を食べ始めた。
「フフッ。何だか、私たちの子供みたい」
セレスティナも、そう言って微笑みながらイチコを眺めた。
「フォルトゥ・ブレサ様の見込みに依ると、この娘がこの街の貧民街を救うキーパーソンらしい」
「そうなの? そんな大それた人物には見えないけど」
「庚子の産まれの筈だ。素養は問題無い筈だ」
「お嬢ちゃん、何歳?」
「んー……今年、6歳になった」
「……アルト。もしかして、しばらくこの娘の面倒を見るの?」
「大丈夫。フォルトゥ・ブレサ様が昇神の際の心残りだから、必ずや加護を授かる」
「さてさて、どんな加護かしらねぇ〜……♪
ねぇ、お嬢ちゃん──」
「イチコ」
「──ん?」
「私の名前はイチコ。『お嬢ちゃん』じゃない。そんな上等なお嬢様じゃない」
「──そっか。
イチコちゃんは、勉強して何がしたい?」
「パンを焼きたい! お昼に食べた甘〜いパン!」
「甘いパン? 初耳ね」
アルトは食事の手を止めて、明後日の方向を向いてこう言う。
「いや、試しに買ってみたんだ」
「へぇー……どちらで?」
アルトは食事に戻り、モグモグゴックンしてから、こう言い放った。
「俺のスキルで」
「へぇー……頂けるかしら?」
「まぁ……食後に」
「そう……(モグモグゴックン)。
アルト、私、食べ終えたのだけれども」
「四半銀貨……いえ、少々お待ちを。
(ゴソゴソ)──はい、どうぞ、聖女様」
「ありがとう。キリカも欲しいわよねぇ?」
「キリカはマジで四半銀貨を……ッて、判ったよ! ホラ!」
結局、アルトは自腹で『何でもショップ』からあんパンを2個買ってセレスティナとキリカに一つずつ渡した。
「何これ!? 美味しい!!」
「美味なのデス」
あんパンは好評のようだった。が。
「えっ? コレを焼くの?」
「無理なのデス」
まぁ、中身のあんこの作り方とか、見当も付かないだろうから、無理と思うのも仕方が無い。
だが。アルトは資金として『フォルトゥ・ブレサ記念金貨』を一枚とは云え貰っているから、大サービスするつもりでいた。
「なぁ、イチコちゃん。この『あんパン』は、仕入れに大銅貨一枚掛かる。
さて。幾らで売れば、一番儲かるでしょう!」
「大銅貨一枚!」
「──理由は?」
「安い方が沢山売れるから!」
「じゃあ、大銅貨百枚だから、大銀貨一枚で100個仕入れて、1個大銅貨一枚で全部売れたら、幾ら儲かるでしょうか?」
「うーん……大銅貨百枚! ……アレ?」
「そう、仕入れ値のまま売ると、幾ら売っても儲からないンだ。
さて、コレを四半銀貨一枚で売ると、全部売れたら幾ら儲かるでしょう!」
「うーん……四半銀貨百枚!」
「惜しい!そこから仕入れ値の大銅貨百枚だから、大銀貨一枚を差し引かないとならないんだ。
理解るかい?足し算・引き算・掛け算・割り算の四つ、『和差商積』を覚えないと、商売しても儲からないンだ。だから、コレを憶えたら、パンを仕入れられるようにしてあげよう!」
「本当に!? 先生、お願いします!」
「ココで私の出番なのね。
あのね、イチコちゃん。四則演算は、基本だけど、覚えるのに何年もかかるの。
それでも、覚えたい?」
「うん! 『あんパン』、沢山売るんだ!」
「そう……判ったわ」
セレスティナは、コレから何年か、イチコちゃんに四則演算を教えなければならなくなりそうだ。
ただ、ソレだけの期間を、無収入で過ごさなければならないのかも知れないが……。
「大丈夫。その間に、商売を軌道に乗せておく!」
「大丈夫かしら? そんなに上手く行くかしら?」
「色々売るから大丈夫!」
「色々売れば良いって、そんな甘い話が通用するかしら?」
「なら、セレスティナはさっきの『あんパン』、四半銀貨一枚じゃ、買う気はしないか?」
「四半銀貨一枚? うーん……味を知ってたら、買うかも」
ソレについてはアルトには腹案があったのだが、イチコちゃんには算術を勉強して貰わねばならない。
一人、動かせそうな人材がいる。
「イチコちゃん。後でイチコちゃんの兄貴に会わせて貰えないか?」
「いいよ。でも、今日は勉強で遅くなる」
「大丈夫、大丈夫。遅くなるなら、尚更一人では帰せない。
俺が護衛につくよ」
「うーん……兄貴が迎えに来るかも……」
「それならそれでも良い。兄貴の方にも仕事をさせとくだけだから」
「兄貴、ちゃんと仕事するかなぁ……」
「お兄さんに任せなさい! イチコちゃんが算術の勉強してるのに、兄貴だけフラフラと遊ばせてはやらんからな!」
「頼りない兄貴だけど、よろしくお願いします」
「任せなさい!」
その時、宿の外からハクシュンッと云うクシャミが聴こえた。
「フフッ。ヘイ、マスター! 飲み物を一人一つ!」
「私は要らないのデス」
「キリカ。貴女も序でに学び直しなさい!」
立ち去ろうとするキリカの首根っこをセレスティナが捕まえると、キリカは「グエッ!」と鳴いて席に戻された。
「さて。先ずは足し算からね!
じゃあ、イチコちゃん──」
等と、実際に始めてみると、セレスティナは割とノリノリなのであった。
その様子を見て、アルトは何となくもう大丈夫だなと悟ったのだった。
「あっ! セレスティナ、序でに文字の読み書きも出来るように、よろしく頼む!」
「アルト、授業料は貴方に請求しますからね!」
「ハイハイ、せいぜい稼いどきますよ!」
そう言って、アルトは一度席を外し、兄貴の方を捕まえに行き、飲み物を与えて妹の勉強の様子を見させ、勉強するか、アルトの仕事を手伝うか、究極の二択を迫り、「賃金出るのか?」の一言に「働き次第だな」の返しの一言で、一気に「やる!」の一言を引き出せた。
翌日からは、アルトとイチコの兄貴とで商業ギルドで手続きをして、露店を出すことになった。
「そういや、坊主、名前は何て言う?」
「俺か? よく聴け、俺の名は、『斉天大聖』ウタン様だ!」
「生意気な小坊主め!」
ガツンッ!と、アルトはウタンに拳骨を落とした。
「痛ぇー! 泣くぞ!」
「おー、泣け泣け! この泣き虫が!」
「うー! 虫は嫌だー! 暴力オッサンめ!」
「働く気が無いなら、お前の世話も焼かん!」
「働くよー! イチコに勉強させる為にも」
「おー、授業料は天引きさせるから、そのつもりでいろ!」
「うー! イチコの授業料……」
「その代わり、昼は好きなパンを食わせてやる!」
「ラッキー! 一番高いパン、喰ってやるよ」
「……角食一斤食べさせてやろうか?」
ソレはアルトのちょっとした意地悪で言ったのだが。
「ああ、半分喰って、残りはイチコに食べさせてやるんだ!」
「しまった……欠食児童だった……」
とりあえず、兄妹は食事にありつけそうであり。
「まぁ、コイツらを切っ掛けに貧民街一帯が救われる、盛大な計画の一環だからなぁ……」
とりあえずの人手を、アルトは確保したのだった。




