第15話:最初の金貨一枚
翌朝、三人で朝食を摂る際、セレスティナは終始ご機嫌だった。
キリカも、余計なことは訊かない。
そして、朝食を摂り終えると、アルトはこんなことを言い出した。
「今日、俺は一人で行く場所がある。
宿は今晩の分も取っているから、二人は宿で待っていて欲しい」
「何か、ご用ですの?」
「うん。フォルトゥ・ブレサ様の加護を、より強く得る為に、ね」
「あの、隣国の邪神認定された女神様?」
「そう。王国の神官長が、ご加護を授かれないからと言って、邪神認定した」
「……邪神認定された原因がソレ?」
「あと、隣国を攻め滅ぼしておきたかったらしい」
「何ですの、その理由!」
聖女がプリプリとお怒りである。神官長は、神殿内の立場で言えば聖女より上だが、一般信者の認識は逆である。聖女様が神官長殿にお怒りだと一般信者が聞けば、神官長の地位は地に堕ちる。もっと上の立場の者から、『肩叩き』が行なわれる。役目を外されれば、市民に石を投げられる案件である。
そうして、聖女様が神官長殿にお怒りだと云う噂は地を走り、神殿に届けられる。セレスティナにその意思があろうが無かろうが関係無い。だからこそ、神官長は聖女を立てて動くのだから。
そして、聖女には特別な役目がある。そのことをアルトは思い出し、丁度良いかと、声を掛けることにした。
「あ、セレスティナ。その前に、一つ頼みがあるンだけど」
「──?何ですの?」
「『神降ろし』。頼めないかな?
今日のノルマの『レベルサクリファイス』、今のうちに──ええっと、何を司る何て名前の女神様の番か忘れた!とりあえず何様でも良いから、しばらくは女神様の番が続くんだ!
人目に付かない場所だったら、女神様の御霊体に降りてきて貰って施すンだけど、ソレ、結構目立つンだよね。
だから、セレスティナの『神降ろし』で……あ!セレスティナ自身のレベルをサクリファイスはしないから!」
「……何か、とんでもなく罰当たりな理由での『神降ろし』をさせるみたいだけど、別に構わないわ。
但し、部屋でにさせて頂戴」
「ああ、そのくらいは構わない」
そうして、部屋でガッツリと女神様のお怒りを受け、レベルサクリファイスを施してから、疲弊したセレスティナはそのままもう一度眠り、アルトはクレイドルをセレスティナの護衛に残して宿を出た。
そして辿り着いた貧民街。
何処にでも金貨を落とせば良いと云う訳じゃない。
キチンと、飢えた子供の住処に転がり落ちて行くように落とさなければならない。
事前にフォルトゥ・ブレサ様の声を訊いていたから、落とすべき場所は判っている。
──此処だ!
半地下の廃墟に住む孤児の兄妹の元に、金貨が滑り落ちる。
「お兄ちゃん、金貨が落ちて来たー!」
「何だと?お兄ちゃんがパンを買ってきてやるから、預けてくれないか?」
「一緒に買いに行く〜♪」
「そうか。あの店なら、売ってくれるかも知れない。
じゃあ、一緒に行くぞ!……落とすなよ、金貨」
「うん。もちろん!」
そうして、アルトはパン屋の近くに先回りし、『何でもショップ』のスキルのパンの種類を検索して、余りの多さに脳がクラクラとしながら、近くのベンチであんパンを買って食べながら待っていた。
「甘いな。パンがこんなに甘くて良いのか?」
そこは、フォルトゥ・ブレサ様のオススメで、なるべくカロリーの高いパンを、と云う方針で選ばれたものだった。
「お兄ちゃん、あそこの人が食べてるパンが良いー!」
「ああ、何処のパン屋で買ったのか、教えて貰おうか」
やがて駆け付けた兄妹がそう話すと、妹の方がスタスタとアルトに歩み寄って来た。
「おじちゃん、そのパン、何処で買ったの?」
「ん?このパンが欲しいのか?」
「うん。美味しそうだもの」
「そうだな……大銅貨1枚でどうだ?売ってやるよ」
その話を訊いて、兄貴の方が駆け付ける。
「オッサン、そんな小さなパンに、大銅貨1枚は高いだろう!もっと安く売ってくれ!」
「いや、ホントに大銅貨1枚で買ったんだ。
それに、甘くて美味しいぞ?」
「そうか……。なら、大銅貨1枚半で2個売ってくれよ」
「値引きは効かない。2個なら大銅貨2枚だ!」
「そっか……なら、お釣り誤魔化すなよな!数えるからな!」
「……お前ら、幾つまでなら数を数えられるンだ?」
「ちゃんと10まで数えられるよ!
1、2、3、4、5、6、8、7、9、10!
ホラな!間違えてないだろ?」
間違えているけどなと思いながら、アルトはあんパンを売ってみることにした。
「そうか……。なら、ホラ、あんパン2個、大銅貨2枚だ!」
「……ホントに誤魔化すなよな!あと、逃げるのもダメだからな!」
「判ってるって。
先ずは、払ってくれ。先にお釣りは渡せない」
「じゃあ……ホラよ、金貨だ」
「なら、お釣りの半金貨一枚、四半金貨一枚、大銀貨四枚、半大銀貨一枚、銀貨四枚、半銀貨一枚、大銅貨三枚だ。
間違い無いな?
ホラ、あんパン2個だ!」
「えっ!ええと……」
どうやら、困惑している。そう、この国の硬貨は、使う市民の計算能力向上の為に、四半硬貨と云う存在が、貧民の学の無さから、お釣りを誤魔化すことが稀にあるのだ。
「良いか、あんパン2個と大銅貨三枚で半銀貨一枚相当だろ?で、足すことの半銀貨一枚で銀貨一枚相当だろ?更に足すことの銀貨四枚で半大銀貨相当だろ?更に足すことの半大銀貨一枚で大銀貨一枚相当だろ?更に足すことの大銀貨四枚で四半金貨一枚相当だろ?更に足すことの四半金貨一枚で半金貨一枚相当だろ?更に足すことの半金貨で金貨一枚相当。
コレでも、分かり易く砕いてお釣りを渡しているんだぞ?
このくらい判らないと、お釣り誤魔化されても気付かないぞ?」
実際、四半大銀貨を三枚で支払えば、お釣りはもっと分かりづらくなる。端数を合わせる為に何故かあんパンより安い半銅貨を支払うお釣りの渡し方もある。
アルトとしては、コレで算術を確り覚えて欲しいものだと思ったが、ソレには妹の方が反応し、アルトの袖をギュッと握った。
「おじちゃん、私たちに計算の仕方を教えて?」
「難しいぞ、付いて来れるか?」
「ついていけなかったら、私たちはこれからずっとお釣りを誤魔化される」
「──そっか。お釣りを誤魔化されるの、嫌だもんな。
なら、お兄さんが教えてあげようか?」
「……?お兄ちゃんはココにいる。おじちゃんに計算の仕方を教えて欲しいの」
その様子を見て、兄貴の方が不安そうに妹を見て、その頭を抱き寄せた。
「イチコ、よせよ。このおっちゃんにも迷惑だぞ?」
「だったら、お兄ちゃんはずっとお釣りを騙されていればいい」
「イチコがだまされるかも知れないンだぞ?」
「……おじちゃん、私をだます?」
「騙す奴ほど、騙さないよと言うな」
アルトは、一つの真理を語った。
「わかったでしょ、お兄ちゃん」
「……何がだよ」
「このおじちゃんは、私を騙すつもりはない。
そのぐらい、わかるでしょ?」
「いや〜、判ってないだろうな〜、何しろ、数え間違いをする程だもんなぁ〜」
「数え間違い?1、2、3、4、5、6、8、7、9、10!
何処が間違っている!?」
「7と8が逆だ」
「えっ!?そんな!!
じゃあ、さっきのお釣りも間違いじゃ……」
「いいや。正しく渡した。
ただ、違う釣りの渡し方をしたら、正しいのに『間違っている』と言いそうだったから、説明しやすいお釣りの払い方をした」
「──ッ!じゃあ、その違う釣りの渡し方を教えてくれよ!」
「いやぁ〜、騙すかも知れないンだぞ〜?」
「グッ……!」
言葉に詰まって顔を真っ赤にした兄貴は、何も言い返せなかった。
「じゃあ〜、賢い妹が〜、兄貴に正しい計算を教えてあげるために〜、算術を習うかい?」
「はい!私、習います!」
「良い娘だねぇ〜。教えるのが得意な聖女様が宿で休んでるから〜、宿の食堂で算術を教えて貰おうか〜」
「宿!?イチコ、ダメだ!このおっちゃん、信用がならねぇ!」
「こんな幼い娘に手を出すほど、相手に困っている訳じゃないからねぇ〜。
何の心配をしているのやら……」
アルトは右手の人差し指で、自分の蟀谷を叩きながら、こう言う。
「先に自分のお頭の心配をしろよ!
お頭が惡いから、騙されるンだ!もうちっとまともに勉強する気が無いと、その金も毟り取られるだけだと、サッサと学べ!」
「……うぅーーーーーーー!!」
兄貴が叫び声を上げた。余程悔しかったのだろうと思う。
だが、何も動かないつもりなら、これ以上、世話を焼いてやる必要は無い。




