会議室の冷気と、下腹部のカウントダウン
午後1時、HAL名古屋の特別会議室。正面の大型スクリーンには、真鈴がデザインした、シャチをモチーフにしたANIAFFの美しい公式ロゴマーク [1] や、鮮やかなメインポスター [1] が映し出されている。正面の長机に並ぶのは、スーツを着た厳格そうな審査委員たち。俺は真鈴の身体を丸めるようにして席に座っていた。エアコンの冷気が、貧血気味の身体に容赦なく吹き付ける。下腹部の鈍痛はロキソニンで辛うじて麻痺させているものの、腰の重さと、太ももの間に常に挟まっている「血を含んだ分厚い異物」の生々しい存在感が、俺の精神をガリガリと削っていく。「――以上の理由から、本年度のメインビジュアルには、世古真鈴さんの案を強く推薦いたします」佐藤の熱のこもったプレゼンが終わり、審査委員たちの質疑応答が始まった。「デザイン自体は素晴らしい。しかし、この色彩はWebでの視認性は高いが、実際の映画祭会場の大型フラッグに印刷した際、彩度が落ちるのではないかね?」委員の一人が、鋭い指摘を飛ばす。実使途における技術的な問題。佐藤が答えに詰まり、会議室に不穏な沈黙が流れた。委員たちの視線が、一斉にデザイナーである俺(真鈴)に注がれる。(クソッ……頭がクラクラする。お腹が痛い……!)その時、机の上に置いた真鈴のノートPCの画面の隅に、ポップアップが表示された。リモートアクセスで繋がった、俺の大学にいる真鈴からのメッセージだった。【私が今からチャット画面に回答を入力する。それをそのまま、プロジェクターの画面に投影して!】画面に、彼女の猛烈なタイピングによって文字が紡がれていく。俺は痛む身体を必死に支え、震える指先でそのテキストをメインスクリーンへと転送した。【ご指摘ありがとうございます。その懸念を想定し、印刷用(CMYK)のデータでは、特定のインク(特色)を指定することで、布地や大型フラッグでもWebと同等の鮮やかな発色を維持できるよう、すでに印刷会社と検証を終えております。フォルダ内の『print_test.pdf』をご覧ください】プロジェクターに、補正済みの美しい印刷シミュレーションデータが展開された。先ほどまで厳しい表情をしていた審査委員たちが、目を見張る。「……素晴らしい。ここまで先を見越して設計されていたとは。実に見事だ、世古さん」パチパチと、会議室に拍手が湧き起こった。その瞬間、緊張の糸が切れた俺の身体の奥から、ドクッと大きな経血の塊が流れ落ちる感覚がした。ナプキンが一瞬で限界まで重くなる。しかし、俺は真鈴の顔で、委員たちに向かって深く、美しく一礼した。彼女のキャリアを、彼女の夢を、守り切った。




