第三章
―3―
親友に導かれるまま、歩を進めた先。
「え、っと」
そこに、いたのは。
「紹介するね、シェイレーヌ! 私の従兄の」
「リンクウェル=アロニアだ。よろしく」
隣国の、第一王子でした。
背筋がぴんと伸び、なんとか、そう、なんとかお辞儀をする。
「ぉ、お初にお目にかかります。シェイレーヌ=シークレインと、申します」
ちゃんとできてる? できてる?? すごい自分でギギギッて音がするんだけれど。
「顔上げてシェイレーヌ!」
それに焦ったように言うレイカリラ。作法まずかったかな。そう思って顔を上げると。
「いいんだよあいさつなんて!」
まさかの言葉が返ってきてしまう。
「いやいやいやだめでしょう!!」
「いいの、そういうかしこまったのじゃないから!」
「あなたは従兄だからいいでしょうけども、――」
ん?
そこで、止まる。自分で発した言葉と、これまでの会話。
そう、従兄。
従兄と言った。私も、レイカリラも。
誰と、誰が?
レイカリラが、”私の従兄”と、言って。
リンクウェル様が、あいさつしてくれて――。
ヒュッとのどが鳴る。
「待って第一王子が従兄だったの!?」
「えへ、実はそうなの」
「もしかしてあの頃の”姫”って比喩じゃなくて……!」
「あながち間違いじゃなかったよ!」
「なんでそんなに清々しい顔なの! 私あなたにすごい不敬だったんじゃ――!!」
レイカリラは公爵令嬢だ。けれどリンクウェル殿下が従兄ということは、彼女も王族の血が入っているわけで。そんな彼女と、私は中学時代からずっと一緒に過ごしてきた。今では自他ともに認める親友である。当然ながら言葉は砕けているし、喧嘩したことだってある。
これはとんでもない不敬では、と思って聞くと。
「ううん、そんなんじゃないよ!」
ぐいっと詰め寄って、彼女は私に訴える。
「シェイレーヌは親友! 今までも、これからも!」
「……君がそういうなら……」
思わず素が出て、こほんと咳ばらいをする。納得したと思ったレイカリラは、にこにこと微笑んで。
「それでね! 提案したこと、あったでしょ?」
提案したこと。
言われて、ここしばらくを振り返る。彼女から提案されたことと言えば――そうだ。
新しい、恋。
……待って?
「レイカリラ、まさか」
「そのまさか! どうかな、ウェル従兄さま!」
「ストップストップ!!」
今度は私が彼女を引っ張り、少し離れたところに連れていく。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!! まず従兄とはいえ第一王子を公爵令嬢に紹介しちゃダメ!! 逆ならありだけど!!」
「だって従兄さまはもうあなたを知ってるし……」
「初対面なはずだけども!?」
そうだっけ? と首をかしげる彼女の記憶のどこにそんなものがあったのだろうか。少し心配になりつつ、その話は一旦置いておいて。
「レイカリラ、あのね」
気持ちは嬉しいけれど。そう言おうとしたら。
「リラ」
後ろから声をかけられて、肩がびくつく。前にいる彼女はぱっと顔が明るくなった。それを目に入れつつ、後ろを見ると。
美しいご尊顔がいらっしゃる。
「話は終わったか?」
その人はまぁきれいな、私とはまたちがう銀の髪を揺らして首を傾げた。
「うん! 大丈夫!」
「待ってなにも大丈夫じゃ――!」
「まずは一回お話してきてよ! 絶対大丈夫だから!」
「なにが!?」
見とれていた間に背を押されてしまい、リンクウェル様と二人にされてしまう。恨めし気にレイカリラを振り返っても、彼女は私にかわいく手を振っているだけ。そのかわいさにほだされてしまうのはもういつものこと。小さく小さく、息をついた。
「すまないな、従妹が」
それに気づいたのか、リンクウェル様は言う。それに慌てて首を横に振った。
「い、いえ」
その言葉は決して建前じゃない。だってあのちょっとした強引さは、私にはなくて。
「救われているのも、事実ですから」
彼女は別に、常にあんな強引なわけじゃない。いつだって私のことをよく見ていて、一歩踏み出すことが必要なときにああやって背を押してくれる。そのとき、いつも必ずいい方向に行くのだ。
そう。
ベイル様をなかなかお昼に誘えない時も、帰り、一緒に帰る約束ができなかったときも、背を押してくれて、できるようにしてくれた。
「……」
本当に彼女がいてこそだったと、疑った自分を恥じる。きっと今日も、これが必要なんだろう。どこかで心の引っ掛かりのようなものも感じつつ、リンクウェル様を改めて見上げた。
「!」
その人は優しく、私に微笑んでいる。紅い瞳は私だけを映しているようで。少し照れてしまって、すぐ目を離した。
話題。なにか。――あ。
「あの」
「ん?」
「遅くなりましたが」
一歩、片足を引いて、改めて礼をする。
「この度はお誕生日おめでとうございます」
先ほどと違って淑女らしく、きちんと礼をして。
「殿下のますますのご活躍、そして健やかなる日々をお祈りしております」
「……ありがとう」
顔を上げれば、それはそれは嬉しそうに微笑むリンクウェル様がいた。それに、少し驚く。
隣国のリンクウェル=アロニア殿下と言えば、こちらの国でも少し冷たい印象を聞く。まるで狼のように、統率力はあれど一人を好み、あまり人といるところを見ないという。令嬢たちのうわさでは当たる前に砕けてしまう、というくらいそういう恋愛事にも興味がないらしい。
その話だけ聞くと、どちらかというと人嫌いというイメージがあったけれど。
「……」
「なんだ?」
やさしく微笑むこの人は、そう見えなくて。
「いえ、噂はやはり噂だと」
「?」
微笑めば、首を傾げられた。そのしぐさがどこかレイカリラを思わせて、かわいく思えてしまう。
「……何故そこで笑う」
「ふふっ、いえ」
おかしくてくすくす笑っていれば、紅い瞳は私をのぞきこんだ。きれいなお顔がぐっと近くに来て、心臓が跳ねる。
「やっと笑ったな」
「え」
「リラも言っていたが、あまり心から笑っていないように思った」
「そ、れは……」
いろいろあったし、というのは言わないけれど。
「さっきみたいに笑っている方がいい」
「?」
「昔から、笑っているあなたの方が美しい」
「え」
昔から?
その言葉を、問おうとしたとき。
「ルルエール嬢!」
聞きなれた声が聞こえて、そちらを反射的に見やった。
「……ぁ」
視線の先では、ベイル様が飲み物を持ってレイカリラに近づいて行っている。それを、見て。
あぁやっぱり。そうなのかと、心が一気に冷えた。
瞬間。
「っわ!?」
グイっと引っ張られ、体ごと逆を向く。
今日はよく引っ張り引っ張られる日だと、的外れなことを思いつつ、見上げれば。そこにはリンクウェル様がいて。
「従妹の名誉のために先に言っておこう」
「?」
「あなたが思うことは決してない」
「……え」
私の、思うこと。
それはレイカリラとベイル様の二人が、恋仲になる、ということ。
それが、ないと?
でも。
「……わからない、です」
タイミングが、いろいろと良すぎる。
じゃあどうして、私がパーティーに行くことをベイル様は知っていた?
どうして、レイカリラは新しい恋を推す?
さっき恥じたはずなのに、また疑いが出てくる。その情けなさに、現実に。じわり、涙も出てきて。
「!」
それを、あたたかな体温がぬぐった。
「俺が今言えることは、あまりないが」
「……?」
「従妹をもう少し、信じてほしい」
な、と。頭を撫でられる。
この人本当にあの狼と呼ばれるような人なのだろうか。疑いたいのに、現実が疑いきれなくて。
心が、変になりそうだ。




