第一章
―1―
「新しい恋をしない?」
婚約破棄をされて数日後。学園でのお昼ご飯の時、いつもの中庭でレイカリラにそう言われた。一瞬理解ができなくて首をかしげる。
「えっと……?」
「新しい恋! 失恋した時は新しい恋が一番だと思うの!」
「……」
一理、なくもない。
ベイル様と私は同級生。家も近いことからやっぱり顔も合わせることも多くてどうしたって気まずい。もしも。そう、もしも。新しく好きな人ができたら、気にならなくなるんだろうか。
「……」
ううん、でも、
「だめだよ」
「え、どうして!?」
「忘れるために他の人を好きになるなんて、きっと失礼だ」
紅茶を飲んで、困ったように笑う。
「私は、そう思う」
「シェイレーヌ……」
一度レイカリラは納得しかけて、でもと食い下がる。
「でも、こう、あのっ、わざわざ好きになるんじゃなくて、こう、出会いの場に行ってみて、自然と惹かれたら?」
「えーと、レイカリラ?」
「ほらっ、社交場! どうしても行かなきゃなところに行って、出会って、自然と惹かれたら、ありでしょう!?」
「もうその言い方不自然にならないかな……?」
思わず苦笑いをこぼすけれど、レイカリラは必死にこちらに言う。
「来週! 来週にねっ、社交パーティーがあるの! 私の従兄の誕生日パーティー! 一緒に参加しない?」
「むしろ私が行っていいの?」
「いいの!! もう超っ歓迎するから!!」
「レイカリラ口調が」
必死すぎてすごい崩れてきてしまっている。私の言葉に我に返ったのか、彼女は一度こほんと咳払い。そうしていつも通りの上品で可憐な雰囲気に戻って。
「そ、それでね。私の従兄のなんだけど、隣国にいる人だから……あ、パーティーはこっちでやるんだけど、知り合いらしい知り合いもいなくてちょっと行きづらくて」
だから、と彼女は私の手に自分の手を重ねる。
「もしよければでいいの。もちろん新しい恋とかも、シェイレーヌが嫌ならしなくていい。ただもし、ちょっとでも気分転換になればって。ほら、お誕生日だからすごくこう、騒ぐこともあるでしょう?」
「えぇと、身内以外も入る場はちょっと難しいところだけど……」
どうかな、と半ばすがるような目で見られたら、断れなくて。
レイカリラは私がベイル様をとても慕っていたことを知っている。それが婚約破棄という名の失恋をしたから、気を使ってくれてるんだろう。その心遣いは、嬉しいから。
「……うん、行ってみようかな」
「本当!?」
「レイカリラもそれで楽しめるなら」
「もちろんだよ!! ありがとうシェイレーヌ!!」
「こちらこそ」
やったー!と令嬢らしからぬはしゃぎようのレイカリラに、ふふっと笑みがこぼれる。ドレス用意するからと張り切っている彼女を見つつ、私は紅茶を一口飲んで、のどを潤した。
その潤したのどが少しずつ渇いていく感覚に見舞われる。
「今、なんて……?」
目の前には、先日婚約破棄された想い人。その人は今日も共に帰ろうと言ってきて、断ることもできず、かといって隣も歩けず。一歩後ろを歩いていた。沈黙のまま歩いてしばらく。振り返って言われた言葉に、聞いてしまっている。彼は「何をそんな驚いて」と言ったように目をぱちぱちさせて、また紡いだ。
「来週の誕生日パーティー、君も行くんだろうと、そう言ったが」
まるで婚約破棄などなかったかのように当たり前にふるまうベイル様にも驚いたけれど、私はその言葉に驚いてしまっている。思わず足だって止まってしまった。
だってそうだろう。
なぜ、来週のパーティーに行くことを知っている?
だって私は、レイカリラと話したのだ、その話を。
今日、昼間に。
どうして知っているの。
知っているとしたら、彼女が言うしかないはず。
じゃあどうして、彼女が言うの?
「え、っと」
戸惑っていたら、彼からまるで刺すような答えが返ってきた。
「ルルエール嬢から聞いたんだ」
ヒュッと、のどが鳴った気がした。
「僕も参加するパーティーでな。ルルエール嬢がシェイレーヌと行くと。それで――」
「ごめんなさいっ」
「! シェイレーヌ!?」
どくんどくんと心臓が波打つ。それにかまわず走り出した。
苦しい、痛い。
けれどこれは、決して走るのがつらいからじゃない。今、この現状がとても苦しい。だってこの状況、まるで読んできた物語みたいだ。
よくある話。
婚約破棄をした男性の新たな想い人は、自分の親友だった――。
読んでいたころは、もうよくある展開だと他人事だったけれど。
まさか。
まさか――?
「は、はぁっ、はぁ」
急いで家に帰ってきて、息を整える。深呼吸しなきゃ。落ち着かなきゃ。そう思うのに、息は落ち着かず、頭もぐるぐるしてくる。
そんなことないよね?
まさかレイカリラと婚約したと告げられること、ないよね?
大好きだった想い人。
大好きな親友。
その、二人が。
「っ」
そんなことない。
レイカリラがそんなことするはずない。
「大丈夫、だいじょうぶ」
そう、言い聞かせて。
私は親友がくれたぬいぐるみを、強く強く抱きしめた。
そんな不安を抱えたまま。
「当日になってしまった……」
時は残酷に過ぎて、誕生日パーティー当日となってしまった。
あれからレイカリラとベイル様のことが気になって、あまり眠れなかった。いっそ後をつけて、なんて度胸は自分にはなく、レイカリラとベイル様にはなるべくいつも通りにふるまうしかできず。
「はぁ……」
なんて弱々しいのだろう。そう、ベッドの上で膝を抱えてしまう。引き留めることもできず、確かめる勇気もない。でもきっと彼女なら――。
「選んで当然だね」
まだ決まったわけでもないのに、そう笑って。
「シェイレーヌ!! いる!?」
「!」
パーティーも迫る時間。ノックと共に聞こえた親友の声に立ち上がる。
「いるよ、入って」
そうして私はいつも通りの笑みを張り付けて、彼女を招き入れた。




