第八章ーSIDE:リンクウェルー
―8―
今では都合のいい時しか従兄と慕わなくなった従妹は、幼いころ、よくいじめられていた。
原因は、彼女の天真爛漫さや強引さではなく。
「……またか」
「ぅ、うっ」
その、生まれである。
時折遊びに来ればそうやって泣いている五つ下の従妹の頭を撫でて、わかっていつつも「どうした」と聞いてやる。すると、決まって返ってくるのだ。
「お母さまと、お父さまのこと」
泣きながら、馬鹿にされたとこぼす彼女を、あやすように抱きしめた。
レイカリラの両親は恋愛結婚だった。出会い、惹かれ、俺の父であるレイカリラの母の兄に、それはそれは嬉しそうに彼女の父のことを話していたという。妹が幸せになってほしいという思いで、父はレイカリラの母を見送った。
もともと友好関係からできた隣国とこの国。民同士も気兼ねない者が多く、隣国との行き来や交流などはよくある話だった。友人というよりも家族同然で、笑い合い、祝い事は皆で祝い、祝福する。王家はその示しのような形で、友好の証として相手国に赴いて誕生日を祝い、結婚式などはまるで身内のように相手国の者を扱っていた。
だから当然、今回の結婚も祝福されると思っていたのだ。
けれどそれが許されたのは、同じ階級の者同士だけの話だったらしい。
仮にも王族となるレイカリラの母は、公爵家へと行ったことで周りにひどく言われたそうだ。
売られた姫。
そんなことを言われ続けたと聞いている。彼女の母は強く強く保っていたが、その姿勢が逆効果だったのか、それが止むことはなく。ひどく怒った父は、それ以降、誕生日パーティーを隣国ですることも、結婚式に隣国の民を呼ぶこともすべてやめた。
けれどそれでも誹謗中傷は止むことはなく、一人娘のレイカリラにも矛先が向いた。
彼女自身も売られた姫と馬鹿にされ、ひどいときはものを投げられたこともあったそうだ。それを、本人は最初言わずにいた。辛かったろうに、明らかに様子がおかしくて問えば、そんないじめのことをぽろぽろと言い出した。
ただ、話を聞いて。
こちらは手を出せなかったのが正直なところだった。
親ぐるみなのかうまくかわされ、こちらで現場を見れることは一切なく。子供ながらたくみに隠され、立場も相まってこちらは下手には言えない。けれどレイカリラは泣いて帰ってくる。事実はあるはずなのに言えるカードがなくて。
「……すまない」
泣きじゃくる従妹の背を、ゆるく叩くことしかできなかった。
そんな従妹のいじめられている現場を見れたのは、彼女が中学に上がった時だった。
レイカリラに用があって学園まで来れば、彼女が罵詈雑言を浴びせられているところが目に入る。
「売られた姫め!」
「かわいそうにー!」
木々が揺れる中庭。景色は穏やかななのに、光景は見ているだけではらわたが煮えくり返りそうなものだった。今なら、とそいつらに足を踏み出した時。
「!」
さっと、何かが横を駆け抜ける。光が反射するその髪はきれいな銀髪で。
その、銀髪は。
「っ」
颯爽とレイカリラを守るように肩を抱き、そいつらを強くにらんだ。
「げっ、シェイレーヌ嬢……!」
「……」
「なんだよ、王家にぶら下がってる分際で! こっちをにらむのか!?」
そのにらみに負けじと言葉を返すも、シェイレーヌと言われた人物は動じない。そうしてその銀髪の人物は、レイカリラをより引き寄せて、はっと笑った。
「男がそろって弱いものいじめか?」
「なっ」
「これはベイル殿下がお前たちと交流しないのも当然だな」
カッと顔を赤くしたそいつらは、ぐぐっと体に力を入れるが、一歩踏み出せない。それを冷たく見据えて、その者は言う。
「……今、この場で消えるなら殿下には言わないでおいてやる」
「っ」
「もちろん、この非行を許すつもりはないけど。……もし次、やったら」
息を、吸って。
「僕の友人の心を傷つけたこと、一生後悔させてやるからな」
まるで氷のような冷たさで言って、その子はレイカリラの肩を抱き、長い銀髪とスカートをなびかせて去って行った。
女生徒とは思えないそのかっこよさに見ほれたこの時を、きっと忘れないだろう。
そしてその日から、従妹の話題はその子でもちきりだった。
「シェイレーヌがね!」
「あぁ」
「それで、――」
シェイレーヌが友達になってくれた。
王子様みたいにエスコートしてくれるけど、かわいいところもあって。
良い友達に出会えたんだと、毎年遊びに行ったとき、いつもにこにこ話すようになり、その変化もあって、国の友好関係も少しずつ回復していった。
そうなったら当然、話したことがなくともシェイレーヌには好印象なわけで。レイカリラの元に訪れた時、この一件について礼を言いたくて、学園へと赴いた。
レイカリラが中等部三年のときの修了式の日。彼女の手引きで学園へと入れば。
「殿下」
「君は僕の友だろう!? どうして友としていてくれないんだ!」
「ですから」
「やめてくれ!」
中庭でシェイレーヌとベイル王子のこじれたところに出くわした。思わず壁に隠れてその動向を見守る。するとちょうど話が終わったのか、ベイル王子は去って行き、シェイレーヌ嬢が一人取り残された。彼女も去るかと思いきや。
その少女は顔を上げて、今にも泣きそうな、いっぱいいっぱいの表情でまっすぐベイル王子の背を見ていた。それは決して敵対心などではなく、礼儀として。
彼女は婚約者として、彼の背が見えなくなるまでそこを動かなかった。耐えきれず涙が流れても、その場を動かずしっかりと婚約者の背を見送る。
その姿に、心打たれないわけがなくて。けれど今の自分には、声をかけることもできなくて。
礼のためと包んだものをそっと握って、その場を後にした。
「……」
その、渡す予定だった髪飾りを手で遊ぶ。
彼女をイメージした青い花の髪飾りは、自室の窓から入る太陽の光を受けて輝いていた。
それを見て、首をかしげる。
さて。
「どうしたものか」
と。
婚約を申し込み、彼女が受けてくれて、卒業を待ち、結婚まで至ることができた。そんな晴れの日、ふと思い出して。ずっと持っていたその髪飾りを引き出しから取り出し、光の反射を楽しみながら手で遊ぶ。もう少しで会場に行かねばならない。それまでに、この髪飾りのことを決めたい。そこで思うのは、こんなこと。
彼女に渡したら、どう思うだろうか。
礼の品として包み、渡せずずっととっておいたもの。それはどうしても、彼が絡む記憶。そんなものを渡されて彼女はどう思う?
「……いや」
困る、という答えには首を横に振った。
決して長くはないが、共に過ごしてきたからわかる。きっと彼女はその記憶も、俺の想いもすべて抱きしめてくれるのだろう。
それならば、と。
紙にペンを走らせて、大事に折りたたみ。そのプレゼントの中に入り込ませる。
それを、彼女につけたメイドに託して。
「――」
彼女が待つ会場へと、一人向かった。




