ばかしあい
「停戦の使者には我らが立ちます。
魔族たちの陣で戦闘が続いているのは上空から確認しています。
おそらく魔物が暴走してそれを退治しているのでしょう。
それに協力すると申し出れば、そう難しい交渉にはなりませんよ。」
渋る首脳陣に俺がそう告げると途端に口の端を緩めた。
腐ってんな、マジで。
大方、今こそ好機とか思ってんだろう。
間違っちゃいない。
魔王亡き今、国力が最も低下しているこの瞬間こそが、ザーベックを落とす、もしくは国を切り取る絶好機ではある。
だが今なお魔族たちが魔物と戦ってるなら、逆侵攻開始時点で既に戦闘は始まっていたはずなのだ。
それで成果がないのなら、今さら無駄ってもんだ。
「無駄ですよ。
組み込まれていた魔物に対する戦闘は、何も今に始まったことではない。
ましてこちらの実働戦力は、ほぼザーベックの隣接国のみになっているでしょう?
繰り返しますが、我々は連合軍に合流しません。」
これはカマをかけた部分もある。
アゼストリア以外の大国の内、幾つかは残っていた。
積極的に戦闘に参加するつもりがあるのかどうかは不明。
小国に貸しを作っておこうという思惑が透けて見えるが、それでどこまで利があるのかは分からなかった。
単にザーベックと小国群の疲弊を狙ってるだけかもしれないしな。
「し、しかしこのまま停戦では我らだけでなく、貴公らの故国アゼストリアとてただただ傷んだだけでは御座らんか!
なんの実利もなく退けと言われて飲めるものではない!」
まあわかるよ、その理屈も。
ただ隣接国の実利は出ているのだがな。
皮肉にも魔王のおかげで。
「お忘れですか?
ザーベックの現状を。
幼子の大部分は糧食にされ、荷役に使えぬ家畜も同様です。
民衆も全て動員され、ザーベックの戦死者の半数以上が本来非戦闘員ですよ。
それを踏まえ、こちらが提示するのは百年の相互不可侵。
十分な実利が出てるでしょう?」
絶句する首脳陣をぐるりと眺めやる。
一口に百年と言っても、世代を跨ぐ年月だ。
その間に対ザーベックの構造を強固にすることも出来れば、逆にザーベックに擦り寄ることも出来る。
諸国との関係を深めたりと、やれることは多い。
婚姻外交なんてのもありだろう。
俺の好みではないけどもだ。
勿論、アゼストリア以東の国にも旨味がある。
魔王なき今、最大の脅威は俺たちだ。
非常に不本意だが。
民衆のために振るわれていた剣が、自分たちに向く恐怖は計り知れないだろう。
故にアゼストリアにとっての脅威として、ザーベックが完全に潰れてしまっては困る。
のだが、俺たちが主導で百年の友誼を結ぶとなると、途端にその懸念が減る。
アゼストリアが外征に向かうと、それこそ各国から袋叩きにあうだろう。
「お前たちが裏切るのか」ってな。
「そのような条件、本当に飲ませられ………。」
「飲ませます。
というかザーベックは飲まざるを得ない。
彼の国は最早、内政で手一杯。
対外戦争をやる体力はない。
たとえ外からの防衛は可能だとしてもです。」
よしよし。
かなり停戦に傾いてるな。
俺の言葉には大きな嘘が隠れてる。
そもそも百年程度ではザーベックは復活し得ない。
人口のバランスが著しく壊れてるからだ。
「百年!?ラッキー」とか思ってるのなら、甘過ぎる。
逆の意味で。
繰り返しになるが無理押しするなら、今が絶好機なのだ。
だが百年という明確な期間を提示されれば、今まで強大だったザーベックの脅威から逃れたくなるだろう。
もう魔王はおらず、外に目を向けられないとわかっていても。
それに二度と魔王は生まれないと、これまで俺たちは明言してない。
それは魔王への恐怖を利用してるとも言えた。
「百年の相互不可侵」
というのは、停戦への餌でしかないのだ。
ここに為政者がいないのも効いている。
軍のトップは数多いてもだ。
モレッド前侯爵やグレゴリオ閣下なんかがいれば、とうに見抜かれていただろう。
たとえ魔王の復活はないというカードを伏せたままでも。
この程度の欺瞞ならばだ。
「協議する時間をくだされ。」
その言葉に勝ったなと思ったがおくびにも出さない。
チラリと横を見ると、我らが勇者様は目を閉じ、口を固く引き結んでいた。
こいつの好きなやり方ではなかっただろう。
俺の中にある小さな悪意を感じ取っているのかもしれない。
だが停戦に向かうには、利を示す必要があった。
それがありもしない虚構のものだったとしても。
「構いません。
しかし時間は切らせてもらいたい。
明日の昼、日が中天を指すまでとさせていただく。」
長すぎず短すぎず。
とはいえこれ程の案件をまとめるには、到底足りる時間ではないだろう。
我ながら嫌らしいな。
それだけ言って本陣を後にする。
踵を返す時、友を促そうとした手を引っ込めた。
肩が、握られた拳が震えていたからだ。
怒りなのか、怯えなのか。
どちらとも取れる表情が、俺に軽い困惑を与えた。
つと自然な形で爺様が促す。
一番最初に背を向けたのに、本陣を離れたのは俺が一番最後だった。
「ジェス………。
何か悪意を持って、話してたよね。
説明してよ。」
用意されたアゼストリア軍のテントに向かう途中、背を向けたまま俺に問う声はやや掠れていた。
「魔王の復活はない。
百年の不可侵を締結したところで、こちらはまだしもザーベックが国力を回復するのは難しい。
だから連合軍が逆侵攻する機会は今が最も適している。
それを伏せた、それだけだよ。」
敢えて事も無げに答えた。
「正直に話したら、あいつらは喜び勇んでこの終わった魔王との戦いを続けただろうからな。
これ以上はただの戦争だ。
やりたい奴だけやればいい。
まあ俺も見ていて気分が良くないから、あの手この手を使ってでも終わらせたいんだけどな。」
どこかでどうでもいいとも思ってはいる。
「止められるなら、止めたいだろ。
こんな後夜祭にもなってない、くだらない戦争なんて。」
本音だった。
これ以上はない。
「フェアじゃないじゃないか。
せめて………、せめて魔王はもう生まれないって伝えるべきだろ?」
俯きながらそう言う声は寂しそうな響きがあった。
気持ちを汲んでやることはできる。
だが。
「それは停戦の後でも遅くない。
それと後から文句を言うなら、予め腹案を出してくれ。
いつも言ってただろ?
俺は少なくとも最善に近い手を打ってるつもりだ。」
きっぱりと言い切った。
顔を見ようとしない親友の背中に向けて。
「わかったよ。」
足を止めることも、こちらを振り向くこともなく、それだけ言った俺の親友は顔を空に向けため息をついた。
肩に手を回したバルの腕に友が頭を預けるのを見て、少し胸が痛んだ。
やけに背中が遠く感じて、俺の口からもため息がこぼれ落ちた。
この日から五日後。
正式に停戦が決まった。
軽く砂埃が舞う、よく晴れた陽の光の下で。
その夜。
俺はリフィルシャールの元を訪れた。
月明かりの下、黒光りする鱗がどこか幻想的に見えた。
「どうされました、ジェス殿。」
丸まって目を閉じていたリフが鎌首もたげそう聞いてきた。
「お前さ、嘘ついてるだろ。」
「バレました?」
俺の問いに悪びれるでもなくそう答えたリフは、ノッソリと起き上がった。
「ああ。
悪意がないみたいだから放っておいたけどな。」
「助かりたい一心でしたからね。
彼女なんていません。
魔王の支配力に対しても抵抗できていましたし。」
だろうな。
グリシャールが戦場にいないのがその証拠みたいなもんだ。
それにグリシャールの伝承にも、妻の存在がない。
単体で卵を産めるんだろう。
「で。」
「なんです?」
「だから。
なんでお前は此処にいる?」
「ああ、そこですか。
父に言われて魔王の様子を見に来たんですよ。
勇者が倒されたら、タイミングを計ってお前が討てって。」
それは意味がわからん。
「そもそも魔王って結構な数、勇者以外に始末されてるんですよ。
七神の祝福持ち、我ら古竜種、その辺りに。
知られてないだけで。」
どういう事だ?
「勇者と魔王は対になっている。
それは事実なんです。
ただ勇者迫害の歴史があって、野放しになった魔王を誰かが退治していたんですよ。」
グレゴリオ閣下が前に白薔薇園で言ってたな。
勇者を恐れて迫害したりとかって。
「抵抗できる者でも、魔王の支配力は魔石に影響を及ぼします。
だから父や他の古竜種、聖獣と呼ばれる一部の魔物は魔王の存在を感知できる。
様子を見てダメそうな時は、誰かがこっそりと狩ってたんです。
見つけるなり成長前に周りごと消し飛ばすような、過激派なんかもいるんですけどね。
ありません?
温厚なはずの魔物がいきなり街を襲った記録や伝承。」
あるな、俺が知るだけでも結構な数。
「ただ魔王は生まれる度に狡猾になっていきました。
そんな魔物たちの生息圏を避けて移動したり、ある程度成長するまで権能を隠蔽したりね。
父は一つの仮説を立てていました。
歴代の魔王は何らかの繋がりがあると。」
当然の帰結ともいえる。
それを知っていたのなら。
聞いていて魔王がしょぼく感じてしまった。
戦った俺としては、印象の乖離が酷い事になっているが。
「偶然なんですよ。
たまたま支配から解けた竜達を誘導して帰そうとしていた時に、しかも狩りの最中に軍と鉢合わせたのも、あなたたちと遭遇したのも。」
そうかよ。
ついてないな、俺も、コルミアの兵たちも。
「それだけじゃないだろ。」
「ええ。
人を食べてないってのも嘘ですよ。
まあ好んで食べないのは本当ですし、食べたいわけじゃないのは本当ですけど。」
やっぱりな。
「やっぱり殺されちゃいます、僕?」
「いや、いい。
ギリギリ勝てるとは思うけど、そこまでして害意がない相手と戦いたいわけじゃない。
あと、あいつとの約束は守れよ。
お前からしたら、短い時間だろ?」
「騎獣になる事と、王国守護ですか?
それは別に嫌じゃないんで、はい。」
「そうかよ。」
それだけ返してリフのもとを去った。
割り当てられたテントに潜り込み横になる。
目を閉じたが、夜明け近くまで眠りは訪れなかった。
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