ずれ
二人の老人が眉をひそめていた。
どうやら爺様も、この老将もこいつの一瞬の表情を見ていたようだ。
まだ俺がキレた時のわだかまりが残ってた。
モヤモヤはある。
だがそう思うことにして飲み込んだ。
「ごめん、ビックリしちゃって。」
珍しく苦笑いを浮かべてそう言ったこいつに、おかしなところは見えなかった。
少なくとも今は。
「こっちこそ悪かった。
なんか子供のお前を思い出して、つい手を触ったりして。」
俺の表情も苦笑いになってただろう。
なんかヘラっとした笑顔を返してきたから、取り敢えず拳を出しておいた。
フンッと鼻を鳴らして、少しドヤ顔で拳を返してきた。
なんだよ。
情緒が迷子にでもなってるのか、こいつ。
いや元々、顔に出やすいやつではあるか。
「もう一つ、よろしいですかな。」
老将が穏やかな笑顔で聞いてきた。
微笑ましいと顔に書いてあるかのようだった。
一方で爺様は表情こそ笑顔だったが、目は笑ってなかった。
爺様的には、さっきのこいつの反応が気になるってことか。
「クルガン殿の最期の言葉ですが、もう一つ意味があるように思ってましてな。」
先を促すとそのように告げた老将は、一口水で口を潤した。
「むしろこちらの意味合いの方が大きかったのではと。
というのはクルガン殿は、王命の発案者の一人に勇者の参謀殿を見ておられたようで。
他にいるとすれば、そうですな。
モレッド前侯爵かバーレスト侯、その辺りでしょうかの。
そうはおらぬでしょうなぁ。」
そこで言葉を切った老将は、残りの水を美味そうに飲み干した。
「無駄死が増えることを勇者殿はことの外厭う。
そう老いた耳にも届いておりますぞ。
拗れれば不和の種に繋がるのでは。
クルガン殿がその懸念を持たないのは、実直な御仁らしからぬかと。」
返す言葉もない。
実際に揉めたしな、俺達は。
「心配していたのは何もクルガン殿だけでは御座らん。
知己の無い私もですし、ほれ。
そこの自縁と他縁の徒と呼ばれたお方も、どうやら。」
そう言って爺様にチラリと視線を送った老将は、少しだけ悪戯をしているような顔つきだった。
「なに。
少しくらい揉めたほうがよい。
変に溜め込むぐらいじゃったらのう。
アーネス、ジェス。
なあ、そうじゃろう?」
話を振られた爺様も、悪戯っぽく笑ってそう言った。
だから返す言葉もないっての。
バツが悪そうに横で頭を掻くのをなんとなく眺めていた。
だが。
俺たちは同時に立ち上がった。
バネで弾かれるように。
そこへ転がるように伝令が駆け込んで来た。
鋭く避け、走り出す親友の背を見て、
「バル!」
と声をかけた。
バルは俺の声より早く、荒く椅子を倒し立ち上がってた。
巨体に似合わぬ素早さでその背を追う。
さっきまでニヤついていた顔を、瞬時に引き締めて。
「スプリンガー伯、奴らが戻って来ました!
しかし様子がおかしいです!」
まだ若い伝令に、老将の怒声が飛ぶ。
「報告は正確にせい!
どうおかしいのだ!」
「武器も構えず、一目散に突っ込んで来ます!」
俺と一緒に、爺様とレミドも駆け出した。
そんな状況、あるならこれだ。
四千余りの兵が、全く手に負えない「何か」に追われてるんだろう。
何かは、うん、考えたくもないな。
どうせろくでもない。
背後から指示の声が叫びのように響く。
「構うな!素通りさせろ!」
「奴らは放置だ!準備急げ!」
慌ててはいるが、混乱はないな。
ならば俺も集中だ。
街道のど真ん中。
剣を抜き地面に突き立てるようにして立っているのは、我が友にして勇者様。
その少し後ろに、槍を背に腕組みして仁王立ちのバル。
その遥か向こう。
街道上に土煙が立っている。
ギリギリ先頭が視認できるかどうか。
二人の背後に迫った時、バルが呆れたように呟いた。
「どうなってんだ、アレ。」
直後。
まだ遠い彼らの背後で火の手が上がった。
一つ、二つ、三つ。
………増えた。
爆発的に。
「え〜と………、ブレス?」
小首を傾げて呟くのはまだいい。
ただ緊張切れてないか、こいつ。
「なんじゃ。
支配から解けて徘徊した、竜種とでも鉢合わせたか。
しかもどうやら群れの様じゃのう。」
爺様、何を呑気な。
「群れるとなると、下級種かしら。
まあ数がいれば厄介ではあるけど、情けないわね。」
お前もかよ、レミド。
なに言ってんだ。
「ドラゴンか!
いいな、やる気出てきたわ!」
いや、嬉しそうにする場面じゃないんだって、バル!
「げっ。」
思わず声が出た。
近づいてくる集団の先頭。
ほぼ泣き顔。
決死の形相で駆けてくるのは、さっきの指揮官だった。
街道中央に陣取る俺たちには目もくれず、脇を抜けて……行けなかった。
ひょいと突き出したバルの槍に足を取られ、派手に転んだ。
宙を舞い、一回転して転がると綺麗に立ち上がり、すぐに走り出そうとする。
その鎧の襟首を、無造作に掴んだのもバルだった。
「よう、さっきブリだな。
何から逃げてやがんだ、おっさん。」
獰猛な笑顔でそう聞くバルに、情けない悲鳴を上げて震えだした。
「ドラゴンだ、一匹二匹じゃない!
群れとかち合ってしまったんだ!
頼む!
この手を離してくれい!」
そうこうしてるうちにも、次々とコルミア兵は通り過ぎていく。
構ってられないようだ。
まあ、そうだろう。
土煙の向こう。
エルダードラゴンの番。
それに続く七匹のレッサードラゴンの黒光りする鱗が、俺の目にも見えたからな。
魔術師が見当たらないこのおっさんの混成部隊じゃ、逃げ出したとしても責められない。
魔法なしじゃ、あの規模のブレスを食らえば消し炭だからな。
「指揮官殿!
こいつ、やるわ。」
呑気にそう言ったバルに応え、準備を終えて構えていた老将は近くの騎士に短く命じた。
そうしてる間も追いつかれた最後方のコルミア兵は、蹴散らされていった。
助けてやりたいが、逃げてくる兵たちが邪魔で近付けない。
俺の横では焦れてるのか、突き立てた剣の柄頭を強く握り、奥歯を噛み締める友の顔があった。
思わず漏れたため息をそのままに、一歩下がってレミドに耳打ちをする。
「周りを巻き込むなよ。
絶対いい顔しないから。」
「あら。
あたしだけにやらせるつもり?
あなたもやりなさいな。」
「わかってる。」
それだけ言って魔法の構築に入った。
まず止める。
だがここで逃がすわけには行かない。
わずか一日の距離には街がある。
迷わず俺は、先頭で暴れていたエルダードラゴンの眼前に氷の壁を打ち立てた。
ブレスで溶かされるのは承知の上だ。
コルミアの兵が逃げるだけの時間稼ぎに過ぎない。
レミドがきっちりタイミングを合わせてきた。
地面から鋭利な岩の槍が何本も突き出す。
その幾つかが竜の腹を抉った。
それを見て駆け出したバルと友の背に、俺と爺様が続く。
「弩、魔術師隊、放て!」
一瞬陰るほどの大量の矢が、俺たちを置き去りにして飛ぶ。
それが着弾すると同時。
上空から岩の槍が降り注いだ。
背中を狙ったのは比較的薄い翼の皮膜を狙ってのことだろう。
レッサードラゴンでも飛べる。
地面にいたのはたまたま食事をしていたか、狩りをしていたかだ。
コルミアの皆さんは、運がなかったとしか言いようがない。
まあ気持ち的には「ざまあ」だが。
痛みによる悲鳴か。
怒りによる咆哮か。
竜たちが強烈な鳴き声を上げ、一斉にブレスを吐いた。
周囲の温度をみる間に上げる勢いで吐き出された炎は、氷の壁をまたたく間に溶かしきった。
「ここ!」
ブレスを吐き終えた後の一瞬の弛緩を、バルが見逃すわけもない。
直後。
人間離れした、跳躍を見せた。
喉元の、鱗が薄い一点に迫る。
唸りを上げる槍が、捻り込まれて刺し貫いた。
長年の親友は動きに微塵の迷いもない。
前に出たレッサードラゴンの前足に取り付き、腱を斬り裂く。
たまらずバランスを崩し前のめりになったところを、狙いすましてバル同様に喉を突く。
その横を抜け、俺は竜たちの後背に回った。
竜ってヤツは理不尽だ。
デカく、重く、速い。
目もいい。
まんまバルの評価だな。
そんなどうでもいいことを考える俺を捉えようと、竜たちが猛る。
尾を振り、爪で抉り取ろうと迫りくる。
地面に膝を擦りそうなほど身を低くして、尾を躱す。
同時に。
暴風を伴って頭上を行き過ぎる尾の腹にそっと手で触れた。
「ぐっ!」
革手袋をしてたのにそれごと手のひらの皮を持っていかれた。
だが相打ちでは済まさなかった。
触れる前から魔力の波長を読んでいた。
その魔力の波長を、変えてやった。
おかしな鳴き声を上げもんどり打って倒れるレッサードラゴンを横目に、俺は治癒魔法で掌を癒す。
この程度なら、数秒も要らない。
てか爺様、素手でドラゴン殴って拳に傷一つないのよ。
おかしいだろ、なんだそれ。
しかも一撃でぐらつかせてる。
過回復使ってるな、あれ。
その後。
レミドと王国軍の魔法の援護もあって、多少の負傷者を出しながらも、二時間とかからずに竜九匹を余さず屠った。
前回に続き、今回も戦闘パートアリ!
いかがだったでしょうか?
ダメ親父的には花丸評価です
えっ?
もっと頑張れ?
はい、精進します
m(_ _)m
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら………
その時はそっ閉じで
それではまた次回で!
次回 三度の決戦場(5/9 19:00予定)




