現着
まずは腹ごしらえからだ。
食事をスルーしようとした勇者様は、バルに首根を掴まれて止められた。
俺が乗ってきた浮雲は三日の休みでリフレッシュできたが、みんなの馬は走り詰めだったようだ。
流石に飼い葉と水は与えていたようだが、無理をさせていたことにかわりはない。
せめて俺達の食事中くらいは休ませることにした。
「てかよう。
お前はどうやって追い越したんだよ?
俺らもかなり飛ばしてきたから、普通は無理だろ。」
バルがわずかに生えた無精髭に、肉料理のソースを付けながら聞いてきた。
レミドも目を細めて胡乱げにこちらを見てる。
面倒臭いな。
「それ!
俺も気になってた!」
お前は咀嚼しながら喋んなよ。
そんな中、爺様だけは優雅に食事を楽しんでる雰囲気だ。
まあ給仕のお姉さんがチラチラ見てるからだろうけど。
腹立つな、絶妙に。
「言ったろ?
リーザ川を使ったって。
四つの魔法を同時起動して、川を登ってきたんだよ、小舟で。」
「四つ?
向い風を遮る、帆に風を送る。
そこまではいいとして、後の二つは?」
レミドは詰問口調。
本気で面倒くさい。
「船体を空気でぴっちり包んで、後方の水流を整えた。
この二つだよ。
水の抵抗を減らして、速度を上げた時に出来る後方の乱流を制御することで、後ろに引っ張られる力を弱めた。
結果的に更に速度が上がったんだ。」
「なるほど、そんな使い方が。
面白いわね。
知識の出どころが気になるけど。」
相変わらずジトッとした目線でこちらを見ているレミド。
面倒くさくて、ため息しか出ない。
「いい機会だしこの際だから話しておくけど、俺って別の世界の知識があるんだよ。
魔法がなくて、知識を技術や道具なんかに変えて生きてるような世界のさ。
例えば鳥の羽根と石を同じ高さから落とすと、空気の抵抗がないなら同時に地面に落ちる。
それが法則として正しいって、わかってるような世界のね。
異界で生を終えた者の欠片、って枝加護を持ってるんだ。
それ由来なんだろうね。
黙ってたことは謝るよ。
その知識について突っ込まれた時なんかは適当に誤魔化してたから、それについてもね。」
俺の告白に爺様以外、驚きを隠せてなかった。
ただそれも一瞬で、妙に納得したり、思案顔でブツブツと呟いたり、不安げにキョロキョロしたり。
爺様はチラ見していた給仕さんに、お茶のおかわりを頼んでたけど。
てかマジで、この状況でナンパ始めるのなんなのよ。
腹立つわ。
爺様には枝加護のことを言ってたけども。
「なるほどな。
妙な知識をやたら持ってると思ってたら、そういう。」
「異界ね、なるほど。
文献にあったけど、こんな身近にいたとは。
研究バカに知られると厄介ね。
ていうか渡さないわ。
私が全て手に入れるわ、知識という知識、その全てを。
うふっ、うふふふふふふ。」
「えっ、ナニソレ?
どういう事?
はっ?」
レミドがヤバそうだったけど、とりあえず今はスルーだ。
しかし俺もなんでこのタイミングで話すかね。
まあ、言ってしまったものはしょうがない。
気持ちを切り替えて、本題に入ることにした。
「ミレリア南部の王国軍までおよそ一日。
俺も正確な場所まで把握してないけど、旧街道にいることはわかってる。
明日が勝負だ。
問題なのは………。」
「恐れ入ります、ジェスター様。
紋章を首から下げた魔禽が到着しました。
対応をお願い致します。」
申し訳なさそうにおずおずと告げる店主の声で話を打ち切った。
全員が頷き、それを見て立ち上がった。
食事を続けて貰うように言い置いてから店主に続いて外に出ると、入口の小階段の手すりで羽根を繕っている魔禽の姿があった。
ずいぶんと綺麗な見た目してるな、こいつ。
グレゴリオ殿下の魔禽は何度も目にしてるけど、その中でもかなり見た目が整った個体だ。
腹側を除いて鮮やかな黄色の羽根に覆われ、真っ白な尾羽根は長く伸びて地面に垂れていた。
小さな嘴は目を引くようなオレンジで、尾と同じく純白の腹も美しい。
首にはウォルダート公家の紋章が刻まれた、小さな銀色のメダルが下がっている。
「お疲れさん。」
そう言って頭を撫でようとしたら、手の甲を突かれた。
仕方なく脚に結わえられた、その体躯に似合わぬ大きさの文筒から書状を取り出して中身に目を走らせる。
一礼して店内に戻っていく店主を横目に、ため息をついた。
「コルミア軍、完全に二分。
戦闘が激化。
なお、数的優位は変わらず。
勇者一行にも同文を送る。」
刻一刻と状況が悪化してる。
悪化するとは思っていたけどだ。
そもそもなんでコルミアも軍が二分してんだよ。
トップが消えたからって、暴走しすぎだろうが。
もう一度、強くため息を吐き出すと同時にもう一羽、魔禽が降りてきた。
全く同じ見た目の魔禽は、持ってきた文も同じ内容だった。
最後の一文を除いて。
後からのは仲間たち宛だった。
肘を差し出すと、すぐに二羽とも腕に乗ってきた。
そのまま店内に戻ると、店主が水の入った皿を持ってきてくれた。
宿に魔禽が着くと水を与える。
俺たちの世界の常識だった。
魔禽達に干し肉を頼むと、
「すぐに。」
と言って下がっていった。
すかさずみんなに書状を回す。
「グレゴリオ閣下も流石に合流してるとは思ってなかったようだ。
メダルの裏に帰還珠がはめてあるから、俺たち別々に送ったのは間違いないね。
コルミア軍が二分してる理由は、俺にも見当がつかないよ。」
素早く書状に目を通す仲間たちにそう言ったが、バルは鼻を鳴らして椅子にふんぞり返った。
よしかかられた椅子がギシッと悲鳴をあげた。
「なに、そこまで難しいこっちゃねえよ。
コルミアの指揮官を慕ってた連中と、国元に尻尾を振った連中が仲違いしただけだろ、こんなん。」
バルの言葉がやけにすんなりと胃に落ちる。
感情面を考えれば、十分以上にあり得る話だ。
同時に、これは拗れそうだとも感じた。
いかに勇者の威光を振りかざしても、そう簡単に引き下がらないだろう。
どうする………。
「行こう。」
長年の親友が静かに立ち上がった。
意外にもその表情は落ち着いている。
「何か考えがあるのか?」
少しだけ期待して問いかけたが、堂々と首を振られた。
だよな、わかってた。
理屈じゃないんだよな、こいつの場合。
「ジェス、一つだけ俺にもわかることがあるよ。」
自信満々でそう言った顔を見つめるしかなかった。
「これはザーベックとの停戦が決まった所で、終わる戦いじゃない。
むしろ裏切りの証左だって言われかねない。
だからまずはこの戦場を止めるしかないんだ。」
ひどく「らしく」、えらく「確信を突いた言葉」。
自分の口元が思わず緩むのを感じた。
「だとしてもじゃ。
魔禽の羽休めぐらいさせてやらんか。」
「あっ。」
慌てて座るその姿に、俺を含めた全員が声を上げて笑った。
ずいぶん懐かしい光景だと、他人事のように感じながら。
「勇者アーネスの判断に従い、王国軍との合流を目指す。」
返信にはこう記した。
勘が鋭いグレゴリオ閣下ならこれだけで理解するだろう。
即時的な人死を食い止めるのを優先して、全体の停戦は後回しにしたことぐらいは。
飛び立って行く魔禽を見送り、俺達は厩へと走った。
時間との勝負だというのは、王国を経った時からわかってはいた。
しかし川沿いの街道をひた走り、その先に砂塵が見えた時は心底憂鬱になった。
土地勘がない俺たちは馬を駆りながら、両軍が対峙する地点にどう回り込むかで頭を悩ませた。
左手に大河リーザ川、右手は高さはないものの切り立った崖。
どうする………。
「任せろ!」
叫びながら完全装備のバルが加速する。
馬の負担がデカかろうに、無茶しやがって。
その後ろを俺達も一塊になって追走する。
風に乗って喧騒が耳に届き始める。
王国の騎士達の鎧姿が視認できる距離になると、スピードを殺しもしないでバルが馬から飛び降り、そのまま駆け出した。
「マジでか!」
思わず叫んだが仕方ない。
腹を据えて俺も続いた。
てか俺たち全員が。
「道を空けろ!
勇者アーネストリーの到着だ!」
槍を構えつつ、人間離れした速度で騎士団の中に飛び込んでいくバルに、とにかくついて行く。
ギョッとしつつも道を空け、俺たちが通り過ぎると歓声が後から追ってきた。
スッとバルを追い抜き、先頭に躍り出たのは真剣な表情をした、俺たちのリーダーだった。
「双方、剣を退け!
アーネストリー・トルレイシアの名において、この戦闘は預かる!」
空気を震わすほどの大音声での宣言に、一瞬、ほんの一瞬だけその場の全員が手を止めかけた。
勢いのまま振り下ろされる剣の一つを、抜いた剣で弾く。
「これ以上続けるなら、双方を俺たちの敵とみなす!」
俺も負けじと張った声でようやく、両軍の動きが止まった。
街道上、川と崖に挟まれたこの場所だからギリギリ成立した。
何が任せろだ、バル。
先導しただけじゃねえか。
SSに登場したスプリンガー老伯の再登場の予定でしたが、長くなったので次回ということで
m(_ _)m
ちなみにスプリンガーは、ダメ親父的にめっちゃ好きなキャラです
昔から爺様・婆様キャラが好きなんですよねぇ
黄忠&厳顔コンビとか、幽遊の◯界とか、他にも一杯(笑)
えっ、どうでもいい?
ですよね~
m(_ _)m
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら………
その時はそっ閉じで
それではまた次回で!
次回 老将の言葉(確定、4/26 19:00予定)




