SS.8 現場
5/10 改稿
本文に時系列上の大きな矛盾を発見したので、修正しました
一部展開が微差ではありますが変わっています
ーダメ親父ー
ジェスがディディの額に口付けしてる頃。
一人の老人が小さくぼやいた。
正確には口内に留まっていたが。
「なんでこんな事になっておるんじゃ。」
彼も頭の中では理解していた。
恐慌をきたした一部の部隊。
それが正常な判断ができなくなって暴発しただけだと。
周りの隊長たちの鼻息が荒いのも、もちろん理解できる。
それが彼の胃とこめかみをシクシクと痛めていようとも、だ。
総大将たる正騎士団副団長のクルガンが、殺されているのだから。
氷漬けの首が入った壺を見やり、口元まで出掛かったため息を飲み込む。
応急で張った陣幕の中、老将は一人苦悩し続けた。
幾人もの幕僚が、徹底抗戦を訴える中で。
「取って返しコルミア軍に逆撃を加えるべきです!」
若い正騎士団の大隊長が叫んだ。
クルガンに可愛がられていた、老将はそう記憶していた。
「間を合わせてザーベックが攻撃したらどうなるかね。」
「考慮に値しません!コルミアの連中など滅べばいい!」
老いた冷静な声に、興奮した若い声が応じる。
「君は一時の感情で、我が国を戦犯国にしたいのかね。」
「それは………。」
言葉に詰まった大隊長を慈愛に満ちた目で見つめる。
少なくとも彼は、その程度の演技を意識せずとも出来た。
たとえ内心が噴飯ものであったとしてもだ。
「王命は撤退。
であれば、それに背くなぞ出来ようはずもなし。」
その場の誰も、興奮していた大隊長ですら、ぐうの音もでなかった。
なにも言葉の意味を悟ったからだけではない。
老人が放つとは思えぬほどの殺気に、その「場」が気圧されたのが大きい。
「攻撃があれば応戦はやむを得まい。
座して死ねとは言わん。
じゃが、撃退までだ。
決して深追いするでない。
よいな。
総隊長代理としての命令じゃ。」
この言葉が締めになり、軍議は解散となった。
「君、待ち給え。
なんといったか。」
好々爺然とした老将、スプリンガー老伯に呼び止められた大隊長は背筋を伸ばして答えた。
「ゼノンと申します、閣下。」
「うむ、しかと覚えたぞ。」
「恐縮です。」
「ああ、よいよい。
君くらいの歳ならば、先ほど程度の熱がなくてはな。」
そう言われたゼノンは恐縮するしかなかった。
三十も半ばを過ぎた彼には「若い」と言われなくなって数年が経過していたからだ。
「不満があるならそこの首にでも唾を吐くがよい。
数回ならば見逃そう。」
「それは流石に………。」
「意外と理性があるんじゃな。
クルガンと副官たちを斬った男は、そこで首だけになって氷漬けじゃ。
怒りの持って行き場もなかろう。
儂とてそうしたい気持ちに駆られることもある。」
気持ちだけはまるっきりの嘘を混ぜた言葉は、ゼノンを納得させてしまっていた。
退出するゼノンの背を見ながら、一人の若者を思い出していた。
ジェスター・トルレイシア。
理知的な目をしていた。
苦笑があれほど似合う若者もそういなかった。
冷静に戦局を見極めてもいた。
でなければこの極限の戦さ場で、遅滞戦闘に努めて被害を最小にしろ、などという策を出せはしまい。
更には恐らく今回の王命の発案者。
老将の目にはそう映っていた。
「クルガンは彼の者のような、後継者を欲していただろうに。」
その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
撤退戦は攻めより難しい。
老将にとっての常識だった。
使い古されているだけに経験則を含んでいる、その実感が強くあった。
スプリンガー老伯も実務派の人間である。
バーゼル伯ほどの名声はなくとも、武門ならば一目置いていた。
その彼が選んだ策は、堅実そのものだった。
本隊の正騎士団を殿に、貴族家騎士団は少ない部隊から順に撤退させるというものだ。
「君たちはクルガンの遺志を継ぎ、王国の盾としてその力を振るって欲しい。」
出来れば苦労しない、とわかりきったことを口にして、老将は内心自嘲していた。
その視線は翳りを伴って、一台の荷馬車に向けられていた。
数多の遺品に埋もれた三つの棺。
クルガンと名も知らぬ二名の副官のものだった。
ふと。
老伯の脳裏に在りし日のクルガンの声が、情景を伴って蘇った。
クルガンはジェスターよりも一段上、というか一歩先の計画を持ってた。
「彼の者は、良い視点を持っている。
おそらくは勇者であるアーネストリーの意志を実現したいのだろう。
その上で犠牲を最小限に留め、魔王を討とうと。」
それにはこの老伯も同意していた。
その意図で間違いないと認めて、先を促した。
「我らは王国の人間だ。
その意図は汲めても、唯々諾々と従っているだけでは済まないと思うのです、閣下。」
言わんとすることが見えて、老伯も重く頷いた。
「ここが持ち堪えられない時には王国国境の大門まで引き、そこを最終防衛線にしようと考えております。
友軍の一部を切り捨ててでも。」
近隣国は見捨てる。
言外に含んだ意味に老伯も痛みを感じながら、現実的な案であることには疑いようがなかった。
クルガンが老骨に話した意味。
それをわからぬほど、老伯は衰えていなかった。
「何かの時は指揮を任せた。」
自然にそう理解した。
「まさかあんな死に方をするとは、思うてなかったじゃろうに。」
老伯の後ろに従う副官の二人だけが、老伯のつぶやきに小さく頷いた。
遺品という名の荷に埋もれた棺を眺める老伯の瞳は、なんとも言えぬ悲哀の色が浮かんでいた。
異変が老伯の耳に入ったのは、幾分遅れてからだった。
そもそもクルガンは本陣に撤退の命を受けた、それを伝えに行っただけだった。
それがいくら待っても戻らないと、騒ぎになりかけていた。
「どうせ一悶着あったんじゃろう。」
副官から報せを聞いてなお、老伯はそう思っていた。
同行した副官二名の行方もわからず。
ここまで聞いた老伯はやむを得ず動いた。
まず訪れた王国軍の陣幕は、混乱に飲まれかけていた。
「騒いでも事態は変わらん、落ち着け!」
その場の全員が肩を震わせるほどの大音声で発せられた老伯の言葉に、一転して場が静まり返った。
「正騎士団の連隊長、これへ。」
素早く老伯の前に並び騎士の礼を執る連隊長たち。
その目は既に殺気を帯びていた。
特に班員時代からクルガンと共に歩んで来たという男の目には、狂気に近い何かが宿っている。
焦燥、怒気、戦友に対する心配。
それらを綯い交ぜにしたなら、そのような目になっていてもおかしくはなかった。
何より帰還の報告をしに行っただけでは済まされぬ。
それだけの時間が過ぎたことを、それらの目が雄弁に物語っていた。
もっとも老伯はその意気やよし、程度にしか思っていなかったが。
「これから本陣へ向かう。
儂が赴くことに異論があるものはおらぬか。」
ざわめきは起きた。
が、異論を唱えるものは出なかった。
老伯の指揮権が暗に認められた瞬間でもあった。
「随員に半個小隊を正騎士団から借り受けたい。
君、選抜を頼む。」
クルガンの古馴染だった連隊長に命じた老伯は毅然としていた。
命じられた方は憮然としていたが。
「私にも同行の許可を。」
「ならん。」
短く切り捨てた老伯に向かって一歩踏み出したその男は、辛うじてそれで踏みとどまった。
だが狂気を帯びた目を更にギラつかせ、老伯に言い募った。
「何故です!
せめて理由を。」
「貴公が冷静さを欠いてるからじゃ。
気持ちは汲める。
じゃが今はこれ以上の混乱の種は芽吹かせたくない。
儂に信が置けないならば、君たちの合議で総指揮代理を今すぐに決め給え。
儂はそれに従おう。」
老伯以上に信を置ける者など、王国軍の中にはいなかった。
爵位だけなら武門の侯爵も参陣してはいた。
だが実務経験でスプリンガーを上回れるものなど、この場にはいないバーゼル前伯かバーレスト侯などの極少数しかいない。
そしてその者たちは国内守護に就くか、後継者を送り出していた。
「閣下の命に従います。」
四人の連隊長、ならびに主だった貴族家当主が頭を垂れたことで老伯の指揮権が確定したのだった。
白む程に拳を握り震わせた連隊長に、クルガンの姿がふと重なった。
面差しもまるで違う。
背格好すらも。
長く苦楽を共にした元班員の絆。
それだけがそうさせたのかも知れないと、老伯は理解することにした。
「よかろう。
やはり貴公にも同行してもらうとしよう。
ただし武装は禁ずる。
儂と副官二名も武装はしない。
随伴の半個小隊は完全武装で頼む。」
驚きの表情で顔を上げた連隊長は一礼の後に陣幕から駆け去っていった。
「やれやれ。
名を聞く暇もなかったわい。」
思わず一人ごちた老伯は軽く首を振ると、撤退の準備を引き続き進めるようにと厳命し、準備のために自身の陣へとため息を伴って引き揚げた。
老伯と連隊長が、シェザムと名乗った、連合軍の本陣に着くと見た目は落ち着いている、などということはなく混乱を極めていた。
思わず目を覆いたくなった老伯だったが、なんとか堪えることに成功していた。
響く怒号。
何かが倒れる物音。
遠巻きに本陣のテントを見ている狼狽した騎士たち。
地面にはテント内から流れ出た血が、ドス黒く変色し溜まっていた。
剣戟すらも聞こえている。
それに続く絶叫。
諸々を悟った老伯の、
「愚かな。」
という呟きはざわめきでかき消された。
混乱に乗じて老伯は、本陣に触れもなく外交上の欠礼を承知で踏み込んだ。
連隊長とそれぞれの副官二名が、それに躊躇いなく続く。
「我らが総隊長殿が一向に戻らぬゆえ、矢も盾もたまらず訪れてみればこの騒ぎは何事か!」
老伯の怒声でその場にいた生あるもの全てが肩を震わせた。
そのうちの一人の手からゴロリと転がったのは紛れもなく首だった。
彼らの足元には六人の死体。
本陣のテント内部は嵐が吹き荒れたかのような有様だった。
「せっ、説明させて欲しい。」
どもりつつそう言ったのは、今しがた手元から首を取り落とした何処かの騎士団長だった。
老伯が視線を向ければその男も手傷を負っていた。
それもかなりの重症であり、立ち上がることさえ覚束なさげだった。
「説明は他の者から受ける。
治療を受け給え。」
そう言って副官の一人に治癒術師を呼びに行かせた。
「………閣下!
なぜこんな………。
背中から斬られているではないか!
しかもこれは、倒れた後に留めまで!?」
青ざめた顔でクルガンの遺体の傍らに膝を付き、肩を震わせるシェザムは別のものが目に入りまたも叫んだ。
「モーリス!ウィル!
何故だ!
何故お前達までここで死んでおるのか!」
怒りで腰に手が伸びるシェザムであったが、武装は解いて来ているので当然空を切った。
その顔はドス黒くなるほどに紅潮し、怒りで歪んでいた。
老伯もそちらに視線を向けたが、そこには袈裟懸けと逆袈裟に切られ絶命しているクルガンの副官だったもの達があった。
クルガンの副官が丸腰だったとはいえ使えぬわけもなく、転がっている首がいかに手練だったかを物語っていた。
駆け込んできた治癒術師に伴われ退出していく男を見送ると、やはり手傷を負った男が傷口を押さえつつ歩み出た。
足取りはしっかりしていたので、老伯は遠慮なく話を聞いた。
シュルツ公国騎士団長モルゲンと名乗った男によると事の顛末はこうだった。
クルガンは本陣を訪れるなり、
「本国より即時帰還の勅令が下された。
轡を並べた皆様に対しては心苦しいが、我らは全軍撤退させていただく。」
と告げた。
「反撃に移る絶好機に抜けられては困る。」
「せめて殿軍なり補給は続けてもらえないか。」
「士気に関わる。」
「同盟軍全体の連携が崩れかねない。」
口々に引き留めを図ったが、クルガンは全てに首を振った。
それを見て必死になって止めようとしていたコルミア公国騎士団長ミシェルが撃発した。
「貴公、さてはザーベックに寝返る腹か!」
「お戯れを。
王命ですので。」
冷静に返したクルガンは、そのまま背を向け退出しようとした。
その背に………。
「抜くなり斬りつけたのです。
その者は。」
そう言って転がっている首に視線を落としたモルゲンは静かに首を振った。
切りつけられ致命傷を負いながら、それでもテントの出口にヨロヨロとクルガンは足を進めていた。
「帰らねばならぬ。」
そう呟きながら。
その背を蹴り飛ばし、倒れた後にクルガンの背に剣を突き立てたミシェル。
「帰らねばならぬのだ。」
血を吐きながらそう言ったクルガンに足をかけ、ミシェルは突き立てた剣を捻った。
そこで遂にクルガンは絶命した。
異変に気付き飛び込んできた副官二名を、クルガンの背から抜いた剣で斬り伏せた。
逆袈裟でモーリスを。
そのままの流れで袈裟斬りにウィルを。
わずか二振りで。
「詫び切れはしません。
言い訳のしようもない。
我らはあまりのことに、すぐに動けなかったのです。」
モルゲンの表情を見るまでもなく声が苦り切っていた。
怒りの表情のまま涙を流すシェザム。
疲れたように首を振るスプリンガー。
同行していたシェザムの副官二人は憚らず嗚咽を上げていた。
他に倒れている三人の死体は我に返り押さえつけようとした各国の騎士団長だという。
あるものは喉を貫かれ。
あるものは頭を割られ。
あるものは臓物がはみ出た腹を押さえ。
「手がつけられず、やむなく………。」
「殺して止めるしかなかったか。
では首はそちらで処理をしてから、明朝までに渡してもらいたい。
そのために落としたのであろう?
我らが指揮官の遺体はこちらで運ばせてもらう。
彼の者も、貴公らに触れさせたくなかろうしな。」
モルゲンが重く頷くのを見て老伯は、副官たちに目配せを送った。
シェザムは、
「触れるな。」
と短く言い放つとクルガンの遺体を抱え上げた。
「帰りましょう、班長。」
そう声をかけながら。
棺を乗せた荷馬車が出立していくのを見送り、老伯は追憶を打ち切った。
「あの若者たちがこれを受け止めきれるかどうか。
どうやら儂に残したクルガンの宿題と言ったところか。」
その呟きは風にかき消され、重い足取りの老伯に付き従いあとに続く副官の耳にも届かなかった。
ジェスとアーネスが事の顛末を知るのは、この日から十日以上も後のことになる。
今回のSSは情報の先出しという新しい試みをやってます
いかがでしたか?
個人的には満足いく出来になってます
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら………
その時はそっ閉じで
それではまた次回(明日です)で!
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