パレード
二度寝をしたにも関わらず、目覚めは不思議とすっきりしていた。
起こしに来たメイドさんは、これと言って何を言うでもなく淡々と仕事をしていった。
「パレードの際のご衣装は改めてご用意いたします。
今しばらくは部屋着のままお過ごしください。」
朝食の用意を整えた彼女はそう言うと、装飾のせいで重そうなカートを押して出て行った。
この日の朝食は、クルミが入った麦のミルク粥。
籠に盛られた、バターが香るブリオッシュ。
エッグスタンドに載せられたアイツの知識でいうところの「温泉卵」。
それとカリカリのベーコンに、冷製のポテトポタージュ。
蜂蜜を垂らしたヨーグルト。
主食、二品かよ。
朝から、なかなかボリュームがある。
腹持ちが良さそうなメニューから察するに、パレードが終わるまで食事はなさそうだ。
成長期をとうに終えた俺だが、七年も冒険者をやってれば「食える時に食えるだけ食っておく」体になってる。
残らず完食すると、呼び鈴を鳴らしてお茶を頼んだ。
思考すら止め、無のまま待っていると、パレードの準備を始めると部屋から連れ出された。
他の四人も揃って部屋から出てきた。
部屋着の俺以外は、みんなガウン姿だ。
まあ、これから弄くり回されるのがわかってるんだろう。
別室に通されると、驚くほどの人数が待ち構えていた。
すぐに全員裸に剥かれ、まずは浴場へ。
隅から隅まで、くまなく念入りに洗い上げられた。
今更どうということもないが、レミドまで一緒にだ。
堂々としすぎてちょっと怖い。
どことは言わないが隠そうともしやしない。
「恥じらい」なんて可愛いものを求めるのがそもそもの間違いか。
堂々としてるのはバルも一緒だけど、こっちはこっちで鼻歌交じりだ。
相変わらずゴツいんだよ。
どこもかしこも、マジで。
二人には呆れるが、女性たちに洗われて嬉しそうにしてる爺様は、もういっそ腹立たしい。
流石王城とでもいうか、メイドさんはみんな美人だ。
タイプが違う「美女の集団」とでもいうか。
俺としては照れが先に来る。
顔に出さない程度には慣れたが。
そんな中、難しい顔をしたやつが一人。
大方、夕べのことかこんな状況でパレードなんて、とか思ってるんだろう。
「なあ。
昨日は俺も言い過ぎたよ。
悪かった。
でもせめてパレードの間だけは笑顔を保てよ。
お前だって市民を不安にはしたくないだろ。」
部屋を移る時、軽く肩に手をかけ、そう声をかけた。
その時の驚いたようにビクリと肩を震わせたこいつの反応に、俺も少し驚いた。
「えっ、ああ、うん。
大丈夫。
わかってるさ。
それにジェスは悪くないよ。
ありがとな。」
どこか弱々しげな笑顔でそう答えたこいつに、いい知れない違和感を感じた。
それほど昨日のことが堪えてるんだろうか。
それならもっと他の反応をしそうに思うけど。
メイドさんの集団に押し流されるように別室に移動すると、寝台に寝かされ全身くまなく整え上げられる。
それはもう、つま先から髪の毛一本に至るまで全てだ。
衣服や装備で見えなくなるだろう、ムダ毛処理までされてげっそりする。
顔に出さずにいられたのは、やっぱり慣れだった。
五年前、最後に新調した鎧は歴戦の中でくたびれていたが、革の部分は油で拭き上げられて艶を取り戻し、魔石鋼の補強部分も鏡面のような輝きを放つようになっていた。
いつの間にか、入念な手入れをしてくれたようだ。
これには素直に嬉しかった。
愛着あるしな。
体の一部と言っていいほどに。
正午の鐘の音と共に、魔術師たちによる号砲が打ち上げられた。
いつぞやのパレードとは違い、オープンの馬車にはアーネスと俺、そしてカーソン陛下が乗っていた。
周りにはバル、レミド、ジード爺様が白馬に乗り固めていた。
王国旗をはためかせた二騎の旗手。
その後から隊列を先導するのは、グレゴリオ・ウォルダート公閣下その人だ。
王都に残る正騎士団が、白銀の儀式用の鎧に身を包み続く。
もちろんそれを率いるのは、兜を脇に抱え幾分老けたがそれが味にさえなっている、美丈夫のエリック副団長だ。
「白馬の王子様」ってのは彼のための言葉だと言われても、納得するだけの絵面になってる。
俺達の後にはバーゼル伯家、モレッド侯家の騎士団が。
そのさらに後方にバーレスト侯家、オージェルム侯家の騎士団が続く。
各貴族家の旗もパレードの列に彩りを添えていた。
沿道には正騎士団が同じように儀式用の鎧に身を包み、装飾過多なハルバードを持って立ち並び、その間をお仕着せを着た見習いたちが埋めていた。
「勇者一行、万歳!」
「アゼストリアに栄光あれ!」
といういかにもな歓声に交じり、
「アーネストリー様〜!」
「キャア〜、エリック様〜!」
「ジード様〜!」
といった黄色い声や、
「バ〜ルッ!バ〜ルッ!」
「ジード老〜!」
とかいう野太い声援が飛び交う。
俺とレミドは、声援が少ない。
レミドはしょうがない。
見る人によって見た目が変わる魔法をかけ続けてるんだから。
まあ俺は、あれだ。
「影」とか「添え物」だからな。
これでいい。
たまに目が合うと手を振ってくれる子どもたちに癒されてるし。
バーゼル伯別邸の前に差し掛かると、急に鼻の奥がツンとした。
ディディが柔らかな笑みを浮かべて、手を振っていた。
両脇にいるのはご両親かな。
騎士服に身を包んで騎士の礼を執ってるのは、小柄ながらもがっしりとした壮年の男性だ。
アイスブルーの瞳が印象的で、暗い金髪と瞳以外はディディと生き写しの顔立ち。
仕立てよいローブに身を包むのは、ディディと同じ髪色の女性は聞いていた印象とは違い、温かみのある笑顔を浮かべていた。
なんだよ。
危うく泣くかと思ったわ。
そんな最中、俺の視界の端にグレゴリオ閣下にスッと駆け寄り耳打ちする何者かが目に入る。
なんだ?
鷹揚に頷いた閣下の表情に変化はない。
何事もなかったように、パレードは続いている。
いや、エリックさんのところにも人が。
彼の表情は少しだけ硬くなった。
笑顔だと認識できる範囲だけど。
エリックさんにも伝えることなのか?
本当になんなんだ。
嫌な予感が、それも形なく湧いてくる。
隣に並ぶこいつも奥歯を噛み締めた。
この歓声の中、俺にも聞こえるほど強く。
悪い情報だということだけは、確信に変わった。
俺はモヤモヤしたものを抱えたまま、南の大広場に着き隊列が止まる。
隊列を組み替えたあと、予定通りカーソン陛下の演説が始まった。
内容はありきたりだ。
勇者一行による、魔王討伐が完了した宣言。
俺達がそれぞれ受け取る褒美の内容。
魔王なき今、ザーベックとの戦争も終結に向かうこと。
その一歩として、アゼストリア王国は兵を引くこと。
これらが正式に発表されただけだった。
それに続く戦死者たちへの黙祷。
集まった人たちの間にざわめきが広がっていく。
継戦を望む者。
安堵する者。
聞こえるのは、嗚咽と不満と吐息。
そのどれが一番多いのかはわからなかった。
演説が終わり元の隊列に戻している間に、俺たちの下にも人が送られてきた。
陛下に、次いでアーネスに。
最後に俺に。
伝えられたのは、耳を疑うものだった。
「王国軍の後背を連合軍の一部が突く。」
その後のパレードも、大聖堂での式典も無駄に感じてしまった。
とにかく胸がざわついた。
「笑顔だけは絶やすな。
民に不安が伝わる。」
そう陛下に囁かれなければ、俺たち二人の表情は凍っていただろう。
茜空の下。
全ての儀式が終わり、大聖堂の中に促された俺の、いや俺たちの足取りは駆け出さんばかりになっていた。
「聞いたな。
撤退中の我軍に、コルミア軍と脱走兵の一団が後背から襲いかかったとの詳細が今し方上がった。
連携は取れておらず、コルミア軍にしても規模的にごく一部に過ぎん。」
どういうことだ。
王国軍は消耗してるとはいえ、少なくともまだ四万を残してたはずだ。
ただの自殺行為じゃないか。
「末期じゃな。」
渋い顔で呟く爺様の声が虚ろに響いた。
「ああ、そのとおりだ。
おそらくは恐慌をきたした一部の暴走だろう。」
グレゴリオ閣下の話に、その場に集まった全ての貴族家当主が首肯した。
クソが。
そういうことかよ。
アイツの世界の歴史にも、そして俺達の世界にも似たような事例は幾らでもある。
戦争末期に指揮から離れて暴走する部隊なんてのは。
「停戦の使者として請われるのを、このまま待つなんてできません。
ましてやこんな状況になってまでです。
今すぐ俺たちが出ます。」
そう静かに言い放った瞳には、決意が見て取れた。
こうなった以上、誰にも止めることはできない。
こいつは絶対に行く。
「それではすぐに出立の準備を………。」
「ジェスは残って。」
俺の言葉を遮って、静かにそう言ったのは他でもない長年の親友だった。
「引退するんでしょ。
結婚式だって控えてる。
もう来てたでしょ、ディディ。
ジェスはもう戦いの場に出ちゃ駄目だ。」
俺を見る目は真剣そのものだ。
有無を言わせない圧が、薄く浮かべた笑顔の奥から溢れてた。
「コイツのお守りは、任せとけ。
なに、ちゃちゃっと終わらせてくるさ。」
「あたしたちが帰ってくるまでに、式の準備を済ませちゃいなさいな。
結婚なんてつまんないことでも、祝福してあげるから。」
「事ここに至ったなら、終わりは近いじゃろうて。
ましてやアーネスが直々に赴くのじゃ、請われる前にのう。」
三人もからかい混じりでそんなことを言ってくる。
「………、わかったよ。」
飲み込めないものはあった。
それでもため息交じりに答え、駆け出していく仲間たちを見送った。
ドアが閉じると同時に、やけに深いため息がもれた。
それがなんの物かは、自分にすら説明できなかった。
「強大な力があるとして、真に恐るべきは頭脳が備わることだ。
私が恐れたのは権力を失うことではない。
制御不能な新たなる暴威の誕生だ。
私がアーネストリー君に危うさを感じ、君を高く評価している理由でもある。」
取り残された俺にそう言ったのは、バーレスト侯その人だった。
いきなりなんだ。
しかも頭脳を備えて制御できないって、矛盾してないか?
「知恵あるものは自分なりの理論で動こうとする。
君のように周辺への理解をしながら動くものなど少数派と言える。
私は真に聡いものはその少数派だと思っているがね。」
それ以外は小賢しいとでも言いたげな目つきだ。
「敵対する意味を失った。
そう言っておるのだよ。」
穏やかな笑顔を浮かべたその人は、そう言うと俺に退出を促した。
「お前の仕事は終わりだ。」
暗にそう言っているようだった。
促されるままに退出した俺を待っていたのは、一人の女騎士だった。
「案内します、ジェスさん。」
その声を聞き、バイザーを上げられてやっとトゥーレだと気が付いた。
本当に立派になったな。
肩には班長の飾り布まで付いてるし。
「人は散り始めてますが、念のため馬車に。
ほかの方々は既に西門に向かわれました。」
おいおい、準備もなしかよ。
「心配そうですね。
実はあらかじめ、グレゴリオ閣下の指示で食料などは用意されてたみたいですよ。」
この口振り。
どうやら事情を知ってるようだ。
馬車に乗り込んでから、数ブロック先の別邸に着くまで偉く時間がかかった。
引ききらない人混みのせいで。
気になりはしなかった。
ただ虚無感に飲み込まれていた。
別邸ではディディが一人、部屋で待っていた。
パレードで見かけた時は涙が出そうになってたのに、今はその気にならない。
俺の顔を見たディディには、微笑みを引っ込めて真顔になった。
「ジェスはそれで、本当にいいの?」
前置きは何もなし。
真っ直ぐに俺を見つめてそう言った。
「ああ、これはディディ。」
そんな当たり前のことが頭に浮かんだ。
思わず笑みが漏れる。
「こんな時こそ、あなたの力が必要なんだから、アーネス様の役に立って。」
顔色変えずにこれだ。
これはもう本当に。
尻に敷かれるの確定だな。
同時に、気合も入った。
妻の期待には応えないとな。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
どちらからともなく、抱きしめ合った。
短く。
でも強く。
部屋の隅に置かれた、愛用のカバンと背負子。
手早く中身を確認すると、ディディのおでこにキスをして部屋を出た。
仲間たちの背中を追うために。




