軋み
「そんな訳あるか、アーネス!
報告の内容を聞く限り、突発事態だ。
ジェスでもそんなこたあ、織り込めるわけねえだろ!」
腰を浮かせ、珍しく怒気を含んだ声でバルが言った。
「バルは黙ってて。
俺はジェスに聞いてるんだ。」
沈黙する俺を見据え、冷ややかな声音でそう言った。
腰を浮かしかけたままの格好で、バルはなんとも言えない顔をして固まった。
「お前はそう思ってるってことだよな。」
思ったより小さな声だった。
自分の声じゃないみたいに。
同時に。
俺の頭は、ひどく冷えていた。
冷静では決してない。
というか冷静でなんていられなかった。
怒りとも悲しみとも違う何か。
それが湧いてきて抑えが効かない。
今にも溢れ出しそうだった。
「答えになってない。」
「お前………。」
どうあっても答えさせたいようだ。
いいだろう。
だが望んだものとは違うだろうよ、アーネス。
「クルガンさんだぞ?
何度も顔を合わせて、しかも俺たちの理解者だった人だぞ?
死ぬなんて………。
見えてたら意地でも阻止に動いたさ。
決まってるだろ………。」
最後は声が震えてた。
ああ、そうか。
悔しかったんだな、俺。
ひどく安堵したような顔を見せて、
「そうか。」
とアーネスが言った。
ポツリと零れるように。
それを見て、俺の中で何かが切れた。
「そうかってなんだよ。」
「えっ。」
「え、じゃねえよ、お前。
俺を、知り合いを見殺しにした張本人みたいに言っといて、何勝手に納得して落ち着いてやがる。
バカにしてんのか?
ああ!」
「それは、ごめん。」
「なんだよ、それ。
俺は。
お前が。
一人でも多くを救いたいって言うから、俺なりに必死で考えた。
ずっとだ。
その結果がこれか?
ふざけんなよ。
お前が辛かったのはわかってる。
じゃあ、俺は?
そこは無かったことにされるのか?
なあ、アーネス!」
いつの間にか立ってた。
椅子が倒れた音は耳に入ってた。
周りの三人が血相を変えて立ち上がったのにも気付いてた。
でも。
全部どうでもよかった。
ただこいつの、アーネスのキョトンとした顔が、俺を無性に苛つかせた。
視界が滲んでる。
なんだ、俺。
泣いてるのかよ。
「ごめん、ジェス。」
意味のない謝罪。
「言ったろ?
お前ならいつか辞めるって言い出すんじゃないかって。
辛そうなのはわかってた。
わかってるつもりだった。
ちゃんとわかってなかったよ、俺。
ジェスがこんなに傷ついてたなんて。」
微妙にズレた言葉。
「今のは俺の言い過ぎだった。
許してもらえるかわからないけど、ほんとにごめん。」
これも微妙にズレてる。
「そうじゃなかろう!」
ジード爺様の怒声が響く。
「なぜわからん。
お主が疑った。
原因はそれじゃぞ。
そこを履き違えた謝罪に何の意味がある。
バカモンが。」
爺様は気付くか、やっぱり。
女ったらしなだけあって、心の機微には強いよな。
「お主もじゃぞ。
溜め込みすぎるな。
口にせねば伝わらんことの方が、人には多いのじゃ。
思うところがあるのなら、はっきり言わんか。
誰もがお主のように、聡いわけでは無いのじゃぞ。」
痛い所を突いてくれる。
しかしちゃんと見てるな、爺様は。
俺、今どんな顔をしてるんだろう。
ようやく思考が落ち着いてきた。
絶句してるアーネスの顔を見ても、おかしさが出るくらいには。
「いいよ、もう。
そこまで言われたらアーネスも理解しただろうし。
ありがとね、爺様。」
それだけ言うと、深く長く、息を吐き出した。
倒れた椅子を起こし、すっかり冷めた紅茶を一息に飲み干す。
もう一度深呼吸をして、座り直した。
着替える前、夜会のための高価な衣服でするのはどうかと思ったが、頬と目元を袖で拭う。
「それで。
お前はどうしたい?
さっきの話のように俺に後ろを任せるのか。
信用できなくなったから無しにするのか。
俺はどっちでもいいぜ。
それこそ、誤魔化しは無しで頼む。」
ずるい言い方かもしれない。
それでも俺は聞かずにいれなかった。
「今」の、こいつの気持ちを。
いつの間にか俯いていたアーネスはしばらく黙っていた。
誰も。
何も言わないで、アーネスの答えを待つ。
「あのさ。
本当にそんなつもりじゃなかったんだ。
ごめん。
疑うような言い方になったのは、全面的に俺が悪い。
それでも俺はその役目を任せられるのは、ジェスしかいないと思ってる。
頼んでいいかな。」
俯いたまま小さな声でそういった。
まるで叱られた後の子供みたいだった。
「ああ。」
短くそう返した。
なぜか胸が痛んだが、それは絶対に表に出さなかった。
理由はよくわからない。
それでもこの場見せるのは、あり得ないと強く思った。
ようやく顔を上げたこいつは、泣いていた。
ボロボロと大粒の涙を流して。
「ありがとう、ジェス。
本当にごめんな。」
それを聞いて、また胸が軋むような痛みを覚えた。
さっきよりずっと痛かった。
「わかったよ、わかったから、もう泣くな。」
ポケットから綺麗な刺繍入りのハンカチを取り出して渡す。
そのまま遠慮無しに鼻をかんだ。
そんなこいつを見て、また胸が痛む。
なんだってんだ、これ。
「ありがとう、はい。」
そう言って自分のポケットから似たようなハンカチを渡してきた。
使ったものは綺麗に畳み、今度は顔中に広がった涙を拭ってた。
「とにかく二人とも落ち着いてくれてよかったぜ。
あんまヒヤヒヤさせんなよ。
まったく。」
バルは軽口っていうよりも、心底安心したようにそう言ってドカリと椅子に腰を下ろした。
レミドはやれやれって感じで首を振り、肩をすくめてからフワリと座る。
ジード爺様だけは何故か俺を見ていた。
眉をひそめて。
「でもさ。」
少し落ち着いたのか、それでもまだ鼻声のまま小さく切り出した。
「なんだよ。」
「せっかくジェスが本音を話してくれたから俺も言っていい?」
「ああ。」
何を言うのか。
少しだけ見当が付いていた。
言わずにはいられないんだろう、こいつも。
「それでも俺が戻っていれば、そう思っちゃうのは間違ってるのかな。」
「間違ってないよ。」
お前ならな。
その部分は飲み込んだ。
バルにグシグシと頭を撫でられているのを、ただ黙って俺は見ていた。
この日はこれでお開きになった。
それぞれが部屋に戻っていった。
それを見送りドアを閉めると、そのドアに凭れため息を吐く。
自分でも「デケえため息だな」と苦笑いが漏れるほど、やけに長くて重たかった。
目覚めると、外はまだ薄暗かった。
朝日が昇りきってない。
少し早すぎたがとりあえず、用を足しに部屋を出た。
間引かれた廊下の燭台の火が、かすかに揺らいだ。
「今日はパレードか。」
思わず漏れた独り言の大きさにビクリとなった。
誰かに聞かれなかったかと、つい見回してしまった。
早朝の、長大で豪奢な廊下は、無人のまま静まり返っていた。
ホッとしていると数歩先のドアが開いた。
爺様だった。
ほとんど聞こえないほどの足音と、無駄のない動きは流石だ。
それがただ、トイレのドアを閉めるだけでも。
ガウン姿にナイトキャップ。
オーラを出してない時の見た目は、ただのかわいいお爺ちゃんなのにな。
「早いのう、ジェス。
さては昨日のことが気になって、よく眠れなんだか。
若い若い。」
小声で話す爺様は、そこで止めるとじっと見てきた。
なんだろう。
「ジェスや。
お主、腹の中を明かしきっておらんのじゃろう。」
「まあね。」
そう答えた時、背中を一筋汗が伝った。
「損な性分じゃのう。」
そう言うと、まるで見透かすような目で俺を見る爺様から、目を逸らした。
女性関係はともかく、こう在れればと思ったうちの一人は間違いなくこの爺様だった。
今はその目が恐ろしく感じた。
「ゴタゴタが落ち着いてからでもええ。
腹を割って話し合ってみよ。
酒でも呑みながらのう。」
それだけ言うと背中越しに手を振り、部屋へ戻っていった。
「爺様。」
なんで呼び止めたのか、自分でもわからなかった。
無性に聞いて欲しくなったから、ではあるけど「今である理由」はどうしても見つからなかった。
「なんじゃ。」
「聞いて欲しいことがあるんだ。」
振り返った爺様の顔を見て、躊躇いが全て消えた。
「よいぞ。
部屋で待っとる。
すぐがええんじゃろ?」
「ああ。
悪いね、爺様。」
いつもの悪そうな笑顔ではなく、本当に優しそうな顔で微笑んだ爺様は、肩をグルグルと回しながら部屋に戻っていった。
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次回 打ち明け話(3/22 19:00予定)




