魔窟
「こうして君たちの顔を間近で見るのは、何時ぞやの謁見以来二度目だな。
魔王討伐ご苦労であった。
武門を代表して、礼を言わせてくれ給え。
今後、良き関係を築いて行けたらと思う。
以後、よしなに。」
そう言って差し出されたバーレスト侯の手を、俺たちは取らざるを得なかった。
これほど周囲の目があっては拒絶など、選択肢に無い。
それまでどうにか笑顔を保っていたアーネスの口が、瞬きの間に引き結ばれた。
ただそれだけが、こいつの内面を如実に語っていた。
「君達は今後、より強く象徴としての働きを期待されるだろう。
国や貴族だけではない。
遍く民衆からもだ。
何か困り事が生じた際は、この老骨を遠慮なく頼ってくれたまえ。」
老人にしては伸びた背筋と、張りのある声。
小柄ではあるが、紫紺を基調にした仕立てよい衣服に包まれたその背の厚みが、何らかの武術を修めた者だと示している。
だが今は優しげな表情と声、会話の進め方で俺たちの喉元を締め付けようとしている。
笑顔を崩さないまま、含みがあるような目でアーネスを見ていた。
「おやこれは、バーレスト侯、久しいですな。
侯も大功を挙げた、未来ある若者への労いですかな。」
そう言って近付いてきたのは、白を基調としたこれまたお高そうな服にふくよかな腹部を詰め込んだ、現国務大臣のオージェルム侯だ。
引退したモレッド侯から大臣職を引き継いで八年になるその人もまた、にこやかな笑顔を浮かべていた。
「ああ、もちろん。
それに一部の文官共が実利のない継戦を求めて騒いでおったのを、これ以上ない形で鎮めてくれたしの。
大臣職は辞したりといえど武門の領袖としては、頭を悩ませておったのだ。」
「ええ、全く困ったものでした。
侯も国内に留まった武門貴族の不満を抑えるのに苦労なされたでしょう。
互いに辛い立場でしたな。」
「全くだ。
戦地におらぬ者が継戦を叫ぶなど何事かと、怒鳴りつけたくなりましたぞ。」
そう言って笑い合う二人の間には険悪なものは感じない。
だが、間違いなく牽制しあってるのがわかるだけに、側に居るだけで胃壁が削られる気分だった。
オージェルム侯もまた笑顔を崩さない。
会話を終えるとやはり何かありそうな目で、彼は俺を見ていた。
なんだ?
バーレスト侯はともかく、オージェルム侯には旅の間、何度も支援を受けてきた。
信頼を崩すようなことはなかった筈だ。
その目。
何を意味している?
集中状態に入った俺の意識の端にあるものを捉えた。
一通りの挨拶をすでに終えたのだろう。
俺の愛すべき仲間たち三人は遠くの壁際から、つまらなさげにこちらを眺めていた。
畜生か、あいつら。
「話が弾んでおるようだな、諸君。
一つ余も交えさせてくれんか。」
一段高くなった席にカーソン陛下と並んで座っていたはずのグレゴリオ閣下が、やはりにこやかな笑顔でグラス片手に近寄り話しかけてきた。
弾んでなんかいないんですよ、閣下。
「これはこれはウォルダート公爵閣下、わざわざ一段降りていただくとは畏れ多い。」
とはオージェルム侯。
揉み手をせんばかりの勢いだ。
もちろん謙ってはいるが、堂々とした態度ではある。
雰囲気の話だ。
「全くですぞ、それに娘婿の願いを無碍にするわけには行きますまい。
ささ、こちらへ。」
とはバーレスト侯。
好々爺の雰囲気だが、目の奥は決して笑っていない。
「そう畏まるな、話し難いではないか。
もっと胸襟を開いでほしいのだがな、この場では。
貴公たちはどう見ておる、我ら貴族の仲間入りを果たした若き英雄二人を。」
誰一人笑顔を崩さない。
俺はギリギリで耐えているが、アーネスは辛うじて目元だけは笑顔といった感じで口元は硬いままだ。
その瞳の奥は怪しげに揺らめき始めていた。
「そうですな、敢えて少しずらした答えをさせて頂くなら、アーネストリー君にはそのままでいて頂きたいですな。
民衆の嘆きを聞き、それを慰撫し守る。
変わらないのが彼には一番でしょう。」
「ほう、オージェルム侯は先を見ておるのか。
ジェスター君はどうか。」
「文武の才に溢れた彼ならば、今後もアーネストリー君の良き右腕になったことでしょう。
残念ではありますが、戦いに飽いたというのは理解できます。
出来る範囲で支援は続けて欲しいですな。
我らとて変わらぬ支援を約束しましょう。
差し伸べる手の種類で先は変わりましょうが、大きく変節する事は無い。
そう信じられるだけの物を二人は持っておりますれば。」
「ふむ、余が岳父はどう思う。」
「国務大臣の見立てと、そう変わるところは御座らん。
敢えて口にするのを赦されるのであらば、アーネストリー君にはどこか危うさを感じられる。
道を示す者が誰か側にあると良いのではないかと。
引き続き、バルガス殿が伴われるならば、それが一番でしょうが。」
道が分かれて行く事を前提で話してくれる。
物理的な距離は開いても俺たちの関係性など変わらないはずだ。
言い切りが出来ない自分に、反吐が出る思いだが。
「なるほどな。
余は二人に期待などしておらんのだ。
これだけの事を成せば期待したくなる気持ちは分かるが、放っておいてもそれなりの事はするだろう。
だがやりたい事が変わるというのは、人であれば当然の事よ。
いっそ悪事で無ければ好きにしろ、そう言ってやりたい気持ちが強い。
まあ、余が言っていい言葉ではないので、ここだけに留めてくれ。」
そのまま受け取ればありがたいお言葉、なんだが周囲への牽制なんだろうな、これ。
人の手駒に勝手な事をしてくれるなっていう。
アーネスが嬉しそうなのは、敢えて訂正しない事にした。
今はそれでいい。
というか、そのままではいられなくとも、そうであって欲しい。
俺は俺で、わがままだな。
三人が去った後。
遠巻きにしていた三人がニヤニヤしながら近付いて来た。
真面目に張り倒したい。
ジード爺様はまあ、物理的に無理寄りだが。
「やられてんなぁ、二人して。」
「あら、私は見ててよかったわよ?
一歩ずつ大人の階段を登ってる雰囲気が。」
「面倒事なぞ捨てて、出家してしまえば楽になろうものを。
儂のようにな。」
好きに言ってくれる、全く。
てか出家か。
その選択もあったんだな。
「そういや、お前らさ。」
ニヤついた顔を引っ込めて真顔になったバルが何か言い出した。
こういう時は大抵、真面目な話ではあるが警戒するのは染み付いた癖だ。
「何?」
「てかジェスに頼みがあんだよ。」
「急に何さ。
面倒事?」
「爺さんとも話したんだが、レミドはともかく俺らはこのまま組み続けたくてな。
そこでお前にパーティーの会計と依頼管理をやってもらいたいんだよ。
どうだ?」
また絶妙に拒否しづらい線を突いてきたもんだ。
俺は一線を退く、そこは変わらないし変えたくない。
バルの提案はみんなとの繋がりをある程度、残したまま後方に下がれる。
この提案は、
「都合がいい」
そう思ってしまった。
そんな自分がまた少し嫌になった。
「クラウディアと二人じゃ大変だろ?
どっちも超が付く有能でもよ。
ちょっと心当たりあるから、式の時に連れてくわ。」
「式?どの?」
「あっ?クラウディアとの結婚式だよ。」
またニヤけ顔に戻ってる。
面倒臭い。
「誰?俺も知ってる人?」
アーネスが興味を持ったのかそう言った。
「まだ秘密だ。
その時のお楽しみって事で。
あぁ、あれだ、お前らとの面識はねえはずだ。」
それで伏せる意味とは一体。
「ふむ。」
そう言って真顔で髭を扱くのは爺様だ。
「爺様まで何。」
「儂も誰か付けようか?
ふらついてる神官は山ほどあるしのう。」
「爺様の縮小版みたいのは御免だけど?」
「頭に浮かぶ顔に、そんなのは出てこんのう。
どちらかと言えば、お前さんが女になったようなやつじゃ。
雰囲気だけの話じゃが。」
それに神官なんてどう使えってんだ。
しかも俺っぽいって。
どんな女だ、それ。
「お手付きだろ、それ。」
「どうじゃったかのう?」
とぼけているが、ニヤけ顔に戻った所を見ると事実臭い。
面倒だな。
「ちょっとあんたたち!
そんな面白そうな話、私も混ぜなさいよ。」
もういいって。
しかも急に声を張るなよ。
それ、対面の会話の声量じゃないのよ。
「えぇ、レミドまで?」
面倒ではあるけど、無視する方がレミドは面倒臭くなる。
「丁度いいのがいるのよ。」
「どう丁度いいのさ。」
「研究棟を一つ吹き飛ばして………。」
「却下。」
「いいじゃない!
有能だけど扱いに困るとか、あんた、意外と好きでしょ?
それに話は通じるから、そいつ。」
そこは扱いに困るけど有能って言え。
どいつもこいつも本当に。
好き勝手ばっかり、言いやがって。
抱えそうになった頭を振った先。
カーソン陛下とグレゴリオ閣下の間にしゃがんで囁く従者が見えた。
陛下が頷き、閣下が立ち上がる。
なんだ?
何か、急変か?
涼しい顔でこちらに向かって来たグレゴリオ閣下の顔が、すっと真顔へと変わった。
この時点で嫌な予感しかしない。
「戦地から魔禽が戻った。」
俺たちの表情を確認するように視線を這わせていた閣下が、再度口を開く。
「クルガンが死んだ。」
えっ、なんでそんな………。
「なんでそんな事に………。」
口に出したのはアーネス。
この時の顔色は過去に見た、最悪に近い物へと変わってた。
視線だけが一瞬、こちらを向いた。
俺の視線と合った瞬間に逸らされ、そこに非難が含まれていると悟ってしまった。
付き合い長いからな、俺たち。
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次回 抱かせたもの (3/15 19:00予定)




