かつての話 その4
彼がここに来ていた理由は『超法則を再現する物質』の研究だった。
通常、超法則は人間……それも、選ばれた一部の人間にしか発現しないものといわれている。
超法則とは神が人間に与えた特別な力であると信じられていて、基本的には人にしか宿らない特別なものとされてきた。
ただ、この世界には当然人間以外にもいろいろな動物がいるわけで、その人間以外の存在にも超法則とは異なる特別な力を持っていたと思われる存在がいた可能性がある、という話なら聞いたことがある。
人間以外の動物でいえば、はるか昔には『白髪赤眼の悪魔』や『天候を自在に操る海の怪物』などのような"超法則に似た力"を有していたとされる存在がいた、という逸話は聞いたことがあるけれど――――植物や鉱物が超法則を有するなんて話は聞いたこともない。
だが彼は、物質を複数、一定の配置や割合で混合・配置することで、超法則に似た力を発生させることができるという。
その具体的な方法や仕組みについては、教えてくれなかったけれど……さっきの光景を見るに、その話は本当なのだろう。
もし、それが本当なのだとしたら。
「……ねぇ、一つだけ確認してもいい?」
「? …は、はい」
一つだけ、彼には確認しなければならないことがある。
「仮にあなたが言っていることが全て本当だとして。
……分かってるとは思うけれど、あなたがやっていることは『帝国転覆の大罪』に抵触する行為になる。
いうまでもなく重罪行為、バレたらほぼ確実に斬首の刑になるわよ」
「……」
白衣の男はバツが悪そうに顔をそむける。どうやらそのことは理解しているらしい。
「どうしてそんなことをしているの? 好奇心でやるようなことじゃないってことは、分かっているわよね?
……悪いことは言わないから、今日を最後にそういうことはもうやめなさい。
今回だけは見逃してあげるわ。助けてもらったし」
「…………」
「その不思議な力についてなにも答えられないなら、せめて今ここで、こんなことはもうやめると誓ってくれないかしら?
それが出来ないというのなら、私は……私を助けてくれた人を、大罪人として捕えなければならなくなる」
「……僕は、変えたいんです」
そこでようやく、白衣の男が口を開く。
「変えたい……?」
「知っているでしょう? この国では、超法則を持たない人は超法則を持つ人達に迫害されているという、現実を。
暴力行為、恐喝行為、酷いときには……殺人行為さえ起きてしまう。
でも彼らは超法則を持ってて、国からしたら有望な存在だから、一人二人殺した程度では軽い罰で済まされてしまう。あまりにも理不尽だ」
「……」
今度は私の方が押し黙ってしまう。
「……知ってますか? 僕達みたいな存在は、彼らの一部から"無能力者"なんて呼ばれているんです。
でも、その通りだ……力を持たない人間は、どんなに善良に生きようとしたって……力を持ってる悪人に対しては、あまりにも無力なんです。僕はその不平等を無くしたい」
彼は私の手を両手で握り、必死に訴えかけてくる。
「今はただ、こんな暴力にしか使えないような不完全な力ですけど……いつか必ず、正しく使える力にします! 帝国や善良な市民に牙をむくことがないように、僕が正しく使える力にしてみせる! だから、お願いします! どうか……どうか!」
彼は次第に感情的になっていく。
そして同時に、自分が無理なことを言っていることもまた、自覚しているのだろう。
「…………どうか、見逃してください……」
絞り出すかのようなか細い声。
彼の「この力を正しく使えるものにしたい」という気持ちが本物だということは、理解している。
私に対して具体的な方法を教えないのも、誰かに教えてしまえばそこから悪用が始まるかもしれないことが分かっているからだろう。
このような話を今まで聞いたことがなく、今ここで初めて聞いたことからしても……恐らく私以外の誰にも、『超法則を再現する物質』の存在すら口外していない。
むやみやたらに力を振るおうともしていない。彼なら私から逃げようとすることも、なんなら殺そうとすることもできるはずなのに、それをしない。
彼は最初から一貫して。
自分のためにその力を使おうとしていない。
彼は今、自分のためではなく誰かのために……この世界を支配する理不尽な法に、抗おうとしている。
震える手から、そのことが分かった。
「……はぁ」
こんなこと、私らしくない。
彼女の悪癖でも移ったのだろうか。
そう思いながら彼の手を軽く振りほどき、その場を立つ。
「私の休憩時間が終わりそうなので、私は元の場所へ戻ります」
「……え?」
「この辺りに鉱山があることは知っているでしょう?
元々私は採掘者達の護衛で来ているんです。
鉱山付近には私の仲間たちが何人か来ているので、もしやましいことがあるなら今日は近寄らないことですね。
……まぁあなたなら大丈夫でしょう。それでは、私はこれで」
私はさりげなく伝えるべきことだけを伝え、その場を後にしようとする。
「あ、あの!」
だが、今度は彼が大声で私のことを呼び止めてきた。
私は振り返らずに、足だけを止める。
「そういえば、まだ言ってませんでした! 僕の名前、イーヒリットって言います! アナタの名前はなんですか!」
……私は、彼の顔を極力見ないようにしながら、出来る限り声量を抑えて、応える。
「私はシアン。帝国第一部隊の下っ端よ。 ――――またいつか、会いましょう」
それだけを伝えて、私はその場を後にした。




