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元英雄の日常 ~フュリアの場合~ ②

 暗い洞窟の中を、指先に灯した魔法の炎を頼りにフュリアは進む。ドールマキナがいた洞窟に比べて湿度が高いのは、カーネ森林という森の中に空いている洞窟だからだろう。本道と呼べる広い空洞が下り坂のように下へ伸びており、そこからいくつもの横道が枝のように別れていた。

 ここは以前、アルスとレンが三人の三星(トライ)級冒険者と共にゴブリン・ロードと戦った洞窟である。フュリアはその時にはいなかったが、洞窟の場所と構造の特徴は以前アルスから聞いていた通りだった。


 こんな場所にフュリアがやってきた理由は素材集めである。アルスへ渡す贈り物を作るためのものだ。

 素材自体の在庫はまだあるのだが、それを使わずこうして自分の足を動かしているのは二つ理由はある。

 一つは、せっかくなら自分自身採った素材で作りたかったという単純な理由。二つ目は、工房や家に煩雑に置いてある鉱石を眺めているよりも、外で最初に見つけた素材を使うと自分の中で決めていたほうが何となく作る物のイメージが湧きやすいと思ったためである。

 自身の武器である戦鎚の他に、そこそこ重たいつるはしまで背負っているのはそういった理由だったのだが――


「……ハズレだなこりゃ」


 洞窟の壁や天井を隅々まで注意深く観察して歩いてきても、鉱石らしきものは何一つ見つからない。

 しかしそれはある程度予想はしていた。この洞窟は天然のものではなくゴブリンが掘ったと聞いていたので、目ぼしいものはその時に採られてしまっているだろうと。ならばそれを集めている場所が洞窟内にあるのではないかとフュリアは踏んでいた。ゴブリンは貴金属や宝石など光る物を集めたり奪ったりする習性もあるため、運が良ければそれも同時に見つけられるかもしれないという期待もあった。


 それから洞窟を歩き回ること三十分。それらしき物は一切見当たらず、フュリアの体にはただ疲労感だけが募っていた。

 残るは本道の続く先――洞窟の最奥の空間のみ。そこに足を踏み入れたフュリアはその広さに感嘆の吐息を漏らす。


「これをゴブリンが掘ったのか?……いや、さすがにそりゃ無理があるか。元々空いてた空間に道を繋げただけだろうな。まァそれでも、ゴブリンにしちゃ見事なもんだが……」


 ヒトが千人は入れるのではないかと思うほどの大空洞、その天井から壁、そして地面へとフュリアは視線を滑らせる。天井も床も暗闇に覆われていて見えなかったが、唯一目視できる地面には赤土色のまだら模様が描かれていた。

 自然にできたというにはハッキリとし過ぎているその不規則な模様が、この空間内で流れた血が地面に染み込むことで浮かび上がった模様であるとフュリアはすぐに理解する。


「ここであいつらはゴブリン・ロードとやりあったのか。……こりゃ随分と派手に暴れたもんだなァ。そういや、レンの奴が例の力を使ったんだったか」


 地面を覆い尽くしそうな血の模様がその時の凄まじさを物語っている。これのほとんどがゴブリン・ロードから、あるいはそれが連れていた軍団から流れた血だろう。それも百や二百程度の数ではない。五百匹近くはこの場で命を落としたのではないだろうか。

 よく見ればそこらじゅうにゴブリンの死体の残骸が転がっている。別の魔物に死肉を漁られたのかほとんどが骨のみになっているが、かき集めれば見えない天井まで積み上がりそうだ。


「……“黒い力”ねェ。アルスから聞いた限りじゃ、いつでも引き出せるってわけじゃねェみてェだが……」


 その力が発現しようとする状況に共通するのは、アルスに何らかの危害が加わった直後だということだ。

 レンはアルスの事を強く慕っている。大切な存在を傷つけられた怒りがトリガーとなっているように思えるが、現状では断定する材料が足りない。


(ま、今そんなこと考えても仕方ねェか。今んとこ特に問題が起こってるわけでもねェしな)


 フュリアは気持ちを切り替え、前を向く。


「さァて、後はちょいとここを調べて帰ろうかね。……骨しかねェかもしれねェけどな」


 時には骨も武具を作るのに良い素材になる。魔力がこもっている屍魔術師(リッチ)の骨ならば魔法の触媒となる杖の材料になるし、大鬼(オーガ)の骨のように強度があれば鈍器にもなる。

 だが、ゴブリン程度の骨では何の役にも立たない。魔法薬の材料になると聞いたことがあるが、今は必要のないものだ。


 やはり無駄足だったか、と半ば諦めかけた時――地面からわずかに振動を感じてフュリアは足を止める。

 気のせいではない。地震のような自然現象でもない。振動そのものが地中を動いている。

 そしてその振動が真下で止まった瞬間、フュリアは嫌な予感を覚えてその場から跳ぶ。

 直後、そこから大口を開けた魔物の首が突き出てきた。標的を捉えることができなかった牙は空を噛み、ガキンと音を立てる。


「何も見つからねェと思ってたが、こりゃなかなかの大物じゃねェか」


 着地しつつ、フュリアは這い出てきた魔物を見据える。

 半分以上が口になっている顔と、顔との境目が分からないほど太い首に、短い尻尾と四本の短く平らな足。背負っている甲羅はまるで岩山のようにも見えた。

 その姿を例えるならば、高さ五メートルを越える巨大な亀だ。固い甲羅は武器を弾き、その強靭な顎は鉄をも砕き、その巨体から繰り出される突進は大木をもなぎ倒す。

 そんな魔物を前にしてフュリアは戦鎚を構える。その顔に恐れはなく、むしろ口の端がつり上がっていた。


「こんなところで岩食み(ロックイーター)に出会えるたァ景気が良いねェ。どうやら、くたびれ損にはならなさそうだ」

 

 岩食み(ロックイーター)――その名の通り、岩を主食に生きる魔物である。普段は地中に潜み周囲の岩を食べ進みながら生活しているが、何者かが縄張りに入り込むと追い出そうとして地上に姿を表す。

 かつてゴブリン・ロードが自分の王国を築こうとしていたこの場所も、一ヶ月以上も過ぎれば別の魔物が縄張りとしていても不思議ではない。それがこの岩食み(ロックイーター)というわけだ。


 そして、フュリアがほくそ笑んだ理由はこの魔物の特徴にある。

 岩食み(ロックイーター)は岩を補食できてもそれに含まれる金属までは消化できないらしく、それが体内に一定量蓄積すると甲羅の表面に浮き出てくるという性質を持っている。つまり、岩食み(ロックイーター)の甲羅からは金属を採取できる可能性があるのだ。

 岩食み(ロックイーター)は主に地中の岩を補食するため、浮き出た金属はヒトの手が届かない場所にあったものをかき集めた物とも言える。そのうえ鉱石ではなく金属そのものが塊となって出てくるため、採った後に精練する手間も省ける。

 フュリアにとって岩食み(ロックイーター)は宝箱にも等しい存在だった。


「さァて、どんなお宝を運んできてくれたのか……なっ!」


 その瞬間、すさまじい勢いで岩食み(ロックイーター)の大口が迫ってきた。筋肉の伸縮を利用し、瞬間的に首を伸ばしたのだ。

 岩を砕き反芻する強靭な顎と強固な歯による噛みつき。食らえば骨が砕けるどころでは済まないが、フュリアはそれを身を翻してかわす。攻撃を外した岩食み(ロックイーター)は反撃を警戒したのか、すぐさま全身を甲羅の中に引っ込めた。


「うぉらああっ!」


 その甲羅にフュリアの重い一撃が加わる。だが、それは鈍い音を立てただけで手応えが感じられない。まるで鋼鉄の山を殴ったような感覚だった。


「ってェ……やっぱこれじゃ無理か」


 フュリアは跳ね返ってきた衝撃を受けた腕をぶらぶらさせる。

 岩食み(ロックイーター)はその巨体に重い甲羅を背負っているためか動きは鈍く、その場からあまり動くことはない。そのため攻撃を当てることは簡単だが、生半可な攻撃では傷つけることすら叶わない甲羅を利用した防御力はかなりのものだ。


「そんならこいつでどうだ!」


 フュリアの掌に拳大の炎の弾が発生する。一番得意な魔法である〈焔球(フラム)〉を甲羅の中へと投げ入れた。

 直後、爆発音と振動が響き渡る。甲羅がビクンと跳ね、手や首が出ていた穴から煙が吹き上がる。

 硬いのは甲羅だけであって本体は脆いという弱点を突かれた岩食み(ロックイーター)はそのまま動かなくなり、やがて筋肉が弛緩した首や手足がでろんと外に押し出されてきた。


 岩食み(ロックイーター)が絶命したことを確認したフュリアはつるはしに持ち替え、甲羅に登る。当たりならば多くの金属の塊が張り付いているのだが、それらしき物は見つからなかった。


「チッ、結局ハズレかよついてねェな」


 甲羅の凹凸を器用に足掛かりにして外周を回りながら、フュリアは舌打ちを一つ。これではただイタズラに魔物を殺しただけだ。

 溜め息をついたフュリアが諦めて飛び降りようとした時、視界の端に光るものが入った。見るとそこには甲羅の凹凸の隙間に挟まるように小さな塊が張り付いている。

 うっすらと青みがかかった銀色をしたそれをハッキリと視界に捉えたフュリアの表情に嬉々としたものが宿った。


「こいつは……!」


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