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元英雄の日常 ~フュリアの場合~ ③

 岩食み(ロックイーター)から剥ぎ取った素材をレイン・カルナに持ち帰ってから一夜明け、日が登って下がり始めて時刻は既に夕方。

 その間自分の新たな工房にこもっていたフュリアは外に出て新鮮な外気を吸い込み、鼻歌を歌いながら黄昏色に染まった街並みの中を歩き出す。その顔には若干の疲労の色が浮かんでいたが、それを感じさせないほど足取りが軽い。


 歩きながら右手で弄んでいるのは果物ナイフ程度の大きさの鞘付きの短剣だった。


 フュリアは鞘をずらし、刀身を少しだけ露にさせる。青みがかった澄んだ輝きを放つ刀身はどこか不思議な雰囲気を漂わせており、ただの鉄や銀などではないことを主張している。

 これは鉄でもなければ銀でもない、ミスリルと呼ばれる鉱物によって作られたものだった。鋼より硬く銀よりも美しく輝くそれは魔力を宿しており、様々な魔法具にもよく使用されるとても希少なものである。

 ハズレかと思っていた岩食み(ロックイーター)の甲羅に唯一くっついていた唯一の金属だった。小さな短剣一つしか生成できないほどの量しかなかったが、例え甲羅を覆い尽くすほどの量の鉄の塊があったとしても、それが道端の石ころ程度に見えるほどの価値がある。


「我ながらなかなか良い出来だぜ。贈り物にしちゃァちょいと高価すぎる気もするが……」


 手に入ってしまったのだから仕方がない。最初に見つけたもので作ると決めたのは自分だ。そもそも価値云々に拘るのならこんな辺境の地に越してきたりなどしない。

 しばらくの間ミスリルの輝きを堪能した後、フュリアは既に工房の中で再三行った刃こぼれのチェックを再び行い、問題ないと判断してから鞘に納め直す。


(先にあたしのもんから打っちまってキョウカの嬢ちゃんにゃ悪い気もするが……まぁ、少しくらい構わねェだろ)


 あまり町中で刃物を手に持っているのは良くないだろう。懐に短剣をしまい込んだ時、ふと横から声がかけられる。


「――おんやぁ?そこにいるのはぁ……フュリアさんじゃないですかぁ」


 聞いている側が脱力してしまいそうなその声は、町に越してきたばかりのフュリアでさえ一度聞いただけで誰のものかを記憶しているほど印象に残っていた。


「あー……えーっと、確かポルカだったよな?」

「はぁい、ポルカですよぉ。覚えていてくれてたんですねぇ」


 声のした方を見たフュリアの目に最初に飛び込んできたのは、小さな口であくびをしながら気だるそうに近寄ってくるポルカの姿だった。


「そりゃ覚えてるさ。初めて会った時に組合支部のど真ん中で人形みてェに腕組んで立ったまま寝てた奴なんざァ、印象が強すぎて一生忘れられねェよ」

「あれは立ったまま寝られたらどこでもすぐに眠れていいなぁ、って思って実践していたんですよぉ」

「……そこまでして寝る必要あんのか……?」


 聞こえていなかったのか、ポルカはそのまま話を続ける。


「まぁ、結論を言えば不可能ではなかったんですがぁ……あんまり気持ちよくはなかったですねぇ。やっぱり暖かいお布団で眠るのが一番ですよぉ」

「お、おう、そうだな」


 一体何の話をしているんだ、とフュリアは半ば呆れながら適当な返事をする。


「それでフュリアさん、こんなところで何をしているんですかぁ?」

「あァ、これをアルスの奴に渡しにいこうと思ってな」


 フュリアはしまったばかりの短剣を再び取り出して見せた。


「ほほぉ、これはなかなかぁ……いい代物ですねぇ」

「なんでもこの時期、世話になってる奴に贈り物をする流行があるんだって?あたしは流行りものにゃ疎いが、たまには乗っかるのも悪くねェってことで、自分で打ってみたのよ」

「流行……あぁー、そういえば都会ではそんな流行がありましたねぇ」


 ポルカもまた流行とは無縁そうな感じがするのだが、知っているとは流石は王国に深く根差す冒険者組合の受付嬢というべきか。

 いや、単にフュリアが疎すぎるだけなのかもしれないが。


「……フュリアさん知ってますかぁ?それってぇ、実はもっと昔にも流行ったことがあるんですよぉ」

「へぇ、そうなんかい?」


 ポルカは首を傾げてこめかみに指を当て、自分の記憶を探るような動作をする。それからこう語り始めた。


 二百年程前の話。

 とある街の貴族の当主の男がとある貧しい平民の女に恋をした。

 身分不相応な恋をした男は家族に猛反対され、家を飛び出した。

 財産を全て失った男は女のところを訪れ、道端で摘んだ花を贈って愛の告白した。女はそれを受け入れ、二人は貧しいながらも幸せに過ごした――


「――なかなかロマンチックな話だが、そいつが何の関係があんだ?」


 当然の疑問を抱くフュリアに、ポルカは更に続ける。


「このエピソードに感銘を受けた人々がぁ、愛する者に贈り物をするようになったのがこの流行の原形と言われていますぅ。流行は風習になり、やがて廃れていったのですがぁ……最近になってまた流行り始めたみたいですねぇ……」

「なーるほどなァ……元々は愛する奴に……」

「そういうことですねぇ。贈り物をしてぇ、愛の告白とかしていたみたいですよぉ」

「……愛の……告白…………」


 その言葉を反芻し、フュリアは自分の顔が徐々に熱を持っていくのを感じる。


「ははは……まぁ、昔のことですからぁ。今ではもっと軽いものでして……せいぜい感謝の気持ちを伝えるくらいのものですよぉ。……というわけでぇ、フュリアさんもアルスさんに心を込めてプレゼントしてあげてくださいねぇ」


 そう言い残し、ポルカはあくびをしながら歩いていってしまった。

 眠気と戦っているのか時折ふらふらと揺れるポルカの背中を見送り、フュリアは手に持ったままの短剣に目を落とす。

 時間をかけたくなかったために柄や鞘には何の装飾も施していない。シンプルといえば聞こえはいいが、どちらかといえば無骨な印象の方が強い。

 アルスに渡すのにこんな物でいいのだろうか。せめてもう少しだけでも飾り気を出した方がよかったかもしれない。今からでも戻って作り直すべきか――などと浮かび上がってきた様々な思考を、フュリアは頭を振ってかき消す。


(馬鹿馬鹿しい!何を考えてんだあたしは!ただダチにちょいと短剣渡すだけだろうが)


 愛する者だの愛の告白だのと聞いたせいで余計なことを考えてしまった。まさか前世は男だった自分にこんな乙女的な思考があったとは、自分でも驚きである。


(今じゃそんな大それた意味はないって話だし、変に意識することなんざ何もねェ。あァそうだ、そういう深い意味はねェからな!)


 変なことは考えずにさっさと渡してしまおう、そう思ってフュリアが短剣を握りしめた瞬間――


「よう、こんなところで何してるんだフュリ――」

「うぉわぁぁぁっ!?」


 突然背後から声をかけられ、フュリアは叫び声をあげながら振り向きざまに短剣をぶん投げる。


「うぉおおおお!?」


 声をかけた人物――アルスもまた似たような叫びをあげ、顔面に向かってきた短剣を避けるように咄嗟に体を大きく反らしつつ、両手で挟み込むように受け止める。


「いきなり何するんだお前殺す気か!!」


 鞘に収まっているとはいえいきなり顔に向かって凶器が飛んできたのだ。アルスの顔が青ざめるのも当然だろう。


「わ、悪ィ、つい体が勝手に反応しちまった……無事か?つうかよくキャッチできたな」

「自分でもよく取れたと思うよ。……ったく、これは何だ短剣か?」


 アルスは鞘をスライドさせる。そして少しだけ姿を見せた刃の輝きに目を丸くした。


「これって……まさかミスリル製か?よくこんなもの持ってたな」

「あァ、そいつな、お前さんにやるよ」

「え、俺に!?」


 アルスの目が更に丸くなる。


「そいつァこのフュリア様お手製だぜ?大事にしろよ」

「……いや、でもこんな高価なものを……」

「いいから受け取っとけよ!細けェことをぐだぐだ言う男はモテねェぞ!」


 フュリアは怒鳴り直前の強い口調を放つ。

 王都でそういう流行りがあるから、という理由をあえて伏せた。その元となった出来事をもしアルスが知っていて、変な意味で捉えられては気まずいと思ったからだ。

 冷静に考えれば、それは変な意識をしすぎだろう。しかしこの時のフュリアはその変な意識が妙に頭から離れなかったのだ。


「……分かった。ありがたく受け取っておくよ。ありがとうな、フュリア」


 強い口調で言われたにも関わらず、そう返して笑顔を見せるアルス。フュリアはそれを何故か直視できず、目線をずらしながら「お、おう」と歯切れの悪い返事をするしかなかった。



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