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元英雄の日常 ~フュリアの場合~

 レイン・カルナへ引っ越してきてから一週間。

 フュリアは新しい家の中で忙しなく動き回っていた。


 荷解きの終わっていない荷物を配置を考えて移動させ、ひとまず今後の生活を見据えて整理をする。家具はおおまかに揃っているが、これはフュリアが前の家から持ってきたものではない。この家にかつて住んでいた者が置いていったものらしく、痛みや傷が少しばかり残っているが使用するのに支障は無いレベルだ。

 机や棚といった大きなものを前の家から移動させる手間が省けたのは大きい。当面はこれで生活し、気に入らなければ買い換えればいいだけの話なのだから。木製家具はフュリアの専門外だが、自分で一から組み立てるというのも悪くはない。


 引っ越すにあたり、一番面倒だったのはイルゴニアにあった前の工房から持ってきた鉄や銅、銀といった鉱石だった。一週間も経つのに家の荷ほどきが終わっていないのは、大量にあるそれらをレイン・カルナへ移動させなければならなかったのが原因である。

 これらの鉱石は武器防具によく使われるもので、鍛冶師としては重要な資金源だ。普段は冒険者に依頼したり自分で採りに行ったり商人から仕入れたりしているが、まだレイン・カルナでの仕入れのルートはできていない。それが確立するまでの繋ぎとして鉱石を持ち込んだが、予想以上に量が多く移動させるのに手間がかかってしまった。


「ったく面倒だなァ……整理整頓ってのは苦手なんだよ」


 溢れんばかりに生活用品が入った布袋を持って家の中を右往左往するフュリア。

 その時、玄関の扉がノックされる。フュリアは布袋を適当な場所に置きながら返事をした。


「はいよ!空いてるから入ってきていいぜ」


 顔を覗かせたのは黒真珠のような艶のある黒髪をした少女だった。少女は扉を完全には開かず、遠慮がちに中の様子をうかがう。


「ごめんなさい、忙しかったかしら?」


 フュリアは少女の代わりに内から扉を開いて中へ招いた。


「ちょうど一息つこうとしてたところさ。遠慮しねェで上がんな、キョウカ嬢ちゃん」

「嬢ちゃんはやめてよ、何だか気恥ずかしいわ」


 少女――キョウカは苦笑いしながら頬を指で掻く。靴を脱いで家に上がり込んだ彼女をフュリアはリビングに案内し、そこにある机に座らせると、自分も向かいの席につく。


「見ての通りまだとっ散らかっててな。満足に茶も出せねェが、まァゆっくりしていってくれや」

「ありがとう。あ、もし雨漏りするとか床が痛んでたとか、家に何か不満があったら言ってね。なにぶん古い空き家だから、どこにガタが来てるか分からないし」

「流石は町長の孫娘だ、気が利くねェ。だが心配無用。むしろ思ってたよりも快適で立派な家で満足してるぜ。これ以上高望みしたら罰が当たるってもんさァ」

「それなら良かったわ。でも、何か不安や不満に思うことがあったらいつでも言ってね」


 高齢のボーゲンに代わり、町長の代理として働いているキョウカは時々こうして様子を見に来てくれる。新たな土地に移住するという不安を少しでも和らげようとしてくれているのだろう。

 アルスとレンというよく知っている存在がいるうえ、町ものどかで平和な空気が漂っていて特に不安を感じるようなことはないだが、わざわざそれを言う必要もないだろう。迷惑でもない厚意を無下にすることもない。

 新たな地で新たな人と良い関係が築けるのならそれに越したことはない。


「それにしても、イルゴニアでは大変だったみたいね。アルスさんから聞いたわ」


 ピクッとフュリアの眉が動く。

 まさかドールマキナのことまで話してないだろうな、という疑いをアルスに対して持ったが、次の言葉でそれはすぐに晴れた。


「盗賊に襲われたんですって?そのせいで預かった金槌がどこかへ行っちゃったって、物凄く謝ってきたわ。もう土下座までしそうな勢いだったのよ。そんなの私もお爺ちゃんも気にしてないのに」


 アルスがうまく誤魔化していることにフュリアは内心ホッとする。


「あー……あいつァ責任感が強ェからな。昔っから約束事とかきっちり守らねェと気が済まねェタイプなんだよ。例えどんな小さなことでもな」

「ああそっか、フュリアさんはアルスさんとレンちゃんの知り合いだって言ってたわね」

「知り合いも知り合い、昔馴染みも昔馴染み。食い物の好みや趣味嗜好、ちょっとした癖まで何でも知ってるぜ」


 さすがに五百年前に魔王大戦を共に戦った五英雄の仲間であるなどとは言えないため、フュリアはある程度ぼやかした言い方をする。


「へぇ、昔馴染みか。レンちゃんが来たときも同じ事を言ってたわね……」


 言いながらキョウカの視線が一直線に自分に向いていることにフュリアは気づく。話をするために視線を合わせているというより、相手の姿を眺めるような視線だった。


「フュリアさんといいレンちゃんといい、アルスさんの昔馴染みって何でこんなにレベルが高いのかしら……」

「あん?何か言ったかい?」


 ポツリと呟かれた言葉が聞こえず聞き返すが、キョウカは「何でもないわ」と首を横に振る。


「あっ、そうそう!私フュリアさんにお願いがあって来たの」


 キョウカはポンッと手を合わせる。


「お願い……?」

「この前町に来た旅商人が言ってたんだけど、この時期に王都では普段お世話になってる人に贈り物をするのが流行ってるんだって。だからそれに乗っかって、私もお爺ちゃんに何かプレゼントしたいって思ってるのよ」

「ははァ、なるほどな。それであたしに何か作って欲しいってことかい」


 その通りだったようで、キョウカは頷く。


「使われてなかった町の工房はもう片付いてるし、炉の整備も終わって火も着けられる。アクセサリーでもチャームでも、概要を言ってくれりゃァ何でも作れるぜ。……勿論貰うもんは頂くが、レイン・カルナでの記念すべき最初の仕事だ。格安で請け負ってやらァ」

「本当!?ありがとう!」


 その笑顔の中には、贈り物を通じて家族に感謝を伝えたいという純粋で微笑ましい思いが見える。その気持ちを尊重して本当はタダにしてやりたかったが、これも一応商売だ。余程の事がない限り、最低限の体裁は保たなければならない。


 そうしてフュリアとキョウカは打ち合わせを始める。本来ならば自宅でするようなことではないのだが、今回は特別だ。

 何を作りたいのか、その形や素材はどうしたいのかなど具体的な要望を聞き、フュリアがそれに了解の意を示すと、キョウカは満足そうに礼を言って去っていった。


 再び一人になった家でキョウカの要望をメモした紙を眺めながら、フュリアはふと考える。

 世話になった者に贈り物をする流行があったとは知らなかった。流行というものにあまり興味がないのだが、普段から世話になっている者に贈り物をするというのは悪くない。

 その普段というのに()()()()()()()()()()()、贈るべき相手がいるのではないだろうか。


「……あたしも、アルスの奴に何か作ってやるのもいいかもなァ」


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