フュリアとまた共に
ベルラウム邸でメルシェの料理に舌鼓を打つこと一時間――食事会は解散となり各々帰路についた後、アルスは中央広場のベンチに座っていた。
月明かりに照らされたイルゴニアの街は人影もまばらで、昼間の騒然とした活気とは違う静かな一面を見せている。静寂に包まれた夜空を星々が瞬き、心地よい夜風が全身を優しく撫でていく。
「よォ、相棒」
そんな他に誰もいなかった中央広場に現れたのは、つい先程別れたはずのフュリアだった。
「フュリアか。家に帰ったんじゃなかったのか?」
「たまにゃァ夜風に当たるのも悪くねェと思ってさ。お前さんこそ、レンはどうした?」
「宿に着いた途端に眠ったよ。色々あったからな、疲れてるんだろ」
「ほォ、目の前であんなめんこい娘が無防備な姿晒したってのに、何も手ェ出さなかっ……オイ冗談だってそんな怖い顔すんなよ」
イタズラっぽくにやついた表情を強張らせ、フュリアはアルスの隣に座る。
「一服してもいいか?」
「ああ」
フュリアはどこからともなくキセルを取り出し、慣れた手つきで火皿に葉を詰めると、指先に蝋燭の火のような魔法の炎を作り出してキセルに火をつける。
真夜中の薄暗い照明に照らされながらキセルに口を付ける女性というのは映えるものだ。フュリアの場合、顔立ちが整った美人というのもそれに拍車をかけている。
中身が元男性というのは複雑な気分だが。
(レンもかなり綺麗な顔立ちしてるけど、フュリアも大概だよなぁ)
「あまり人様の顔をじっと見なさんな。それともこの満点の星空の下、ロマンチストな言葉でも語るつもりかい?カカカカッ!」
雰囲気をぶち壊すような冗談を飛ばし、フュリアはからからと笑う。
(ホント、大人しくしてれば文句無しの美人なんだけどなぁ……)
呆れた溜め息をつき、アルスは再び夜空を見上げる。フュリアの口から吹き出される煙が夜空に吸い込まれてく様がよく見えた。
「……なあ、フュリア。そういえば言ってなかったことがあるんだけど、実はレンの正体は――」
「――ああ、【聖女】だろ?」
まさに言おうとしたことを先回りされ、アルスは目を丸くする。フュリアは得意気な表情を浮かべた。
「カカカッ、このフュリア様の観察眼を舐めてもらっちゃァ困るってもんよ。お前さんが【勇者】だって分かった瞬間にぴーんときたぜ」
「そ、そうなのか。そりゃ凄いというか……よく分かったな」
「あいつがお前さんを見るとき、目が輝いてんのさ。この世の有象無象の宝石なんかよりずっと眩しくな。【勇者】をそんな目で見る奴なんざァ、あたしは一人しか知らねェ。随分と見た目は変わっちまったが、そういうとこは変わってねェな」
当のアルスにはよく分からない観点だが、どうやらそういうことらしい。
「……それだけに、気になっちまうこともあるけどな」
「気になること?」
「ああ。お前さんも感じただろ?あいつから漂ってた妙な力の残滓を」
街に戻る前にレンから感じた、指先がチリつくような“黒い力”――フュリアはその事を言っているのだろうとアルスは瞬時に理解し、表情が硬くなる。
「ありゃなんだ?お前さんは何か知ってんのか?」
「……はっきりと感じたのは一ヶ月前、ゴブリン・ロードと戦った時だ。あの力でゴブリン数百匹を次々に斬り倒していた。きっと、あのマルベックとかいう魔術師と戦った時にも使ったんだろう。だが、具体的に何なのかは……」
魔法とも技能とも異なるもっと別のものだろう、ということくらいしかアルスには分からなかった。
「レンに直接聞いてみたりは?」
「……してない」
「ハァ!?何でだよ、気になんねェのか!?」
「気にならないと言えば嘘になる。だけどな――」
アルスは思い出す。ゴブリン・ロードの洞窟で見せたレンの儚い笑顔を。詮索されたくない傷跡を見せてしまったかのような、不安と恐れが入り交じったような表情を。
「――きっとあいつ自身も踏み込んでほしくないことなんだと思う。そうじゃなきゃ、自分から話してくるだろう」
「……まァ、そうかもしれねェな。誰しも隠しておきたいことの一つや二つはあるもんか」
「そういうことだ。だから今は何も聞かないでやってくれ」
「分ァったよ。人の心に土足で入り込むほど悪趣味じゃねェからな。……だが、これだけは言っておくぜ」
フュリアは右目の片眼鏡を光らせ、アルスと目を合わせる。
「あの力は何かおかしい。ちょいと触れただけだってのに、心ん底から冷えるような嫌な感じがしやがらァ。そんなもんブン回して、あいつ自身に影響が出ねェとは思えねェ」
「影響……?例えばどんな?」
「知るかよ。何となくそう思うってだけだ。ただ……影響が出るとしたら、少なくとも良い方向には転ばねェだろうよ」
とどのつまり根拠の無い勘だが、フュリアのこれまで見せたこともないような真剣な眼差しが、何よりも説得力を生んでいた。
「ただの杞憂ならそれでいい。だが、何か起こって後悔するくれェなら……あいつが誰よりも慕ってるお前さんがしっかりと手綱を握ってやんな」
フュリアはキセルの灰を手に落とし、わずかに燻っていた残り火を握り潰すようにして火を消すと、夜風に任せて飛ばす。火を扱う仕事をすることの多い土精族の皮膚は、ちょっとやそっとの熱では熱く感じないらしい。
「これからも大切にしてやれよ。あの姫様、結構寂しがりやだからな」
「……そんなこと言う前に、灰はちゃんと処理しろ」
ガクッと全身の力が抜けたように、フュリアはベンチからずり落ちそうになった。
「今それを言うかい!折角良い感じだったのに、格好つかねェじゃねェか!」
「……くっ、ははははは!」
真剣な雰囲気をかき消すような爽やかな笑い声をあげ、アルスは話を戻す。
「そんなこと言われなくても分かってるさ。レンだけじゃなくて、お前もな」
「…………あん?」
驚くフュリアを、アルスは真っ直ぐに視線を向けて続ける。
「お前も俺にとって、かけ替えの無い大切な存在だ。長い時と奇跡を乗り越えて再開できた最高の仲間だ。だから……あー……うまい言葉が出てこないけど……またよろしくな、フュリア」
「――――ッ…………!」
フュリアは表情が見えなくなるほど深く顔を伏せる。
そして肩を震わせたと思えば次の瞬間、弾けるよう顔を上げて天を仰ぎ、額を押さえ、心の底から可笑しそうに笑った。
「クカカカカカカッ!!よくもまァそんな台詞を面と向かって言えるもんだァ!古今東西、常世現世どこ探し歩いてもそんな奴ァなかなかいねェよ!カカカカカッ!」
「…………そんなに笑うことかよ……」
夜の街中に、ひいては天高く輝く星にまで届きそうな大声で大爆笑し腹を抱えるフュリアに、アルスは不機嫌そうに口を尖らせる。
それを見てフュリアの笑い声は止まったが、誰が聞いても分かるような震え声が笑いを抑え込んでいることを示していた。
「悪ィ悪ィ、別にバカにしてるわけじゃねェんだ。そういうとこがお前さんの良いとこだと思うぜ」
アルスの肩をバシバシと叩き、笑い過ぎで瞳の端に浮かんだ涙を指で払いながらフュリアは立ち上がる。
「あー愉快愉快。んじゃ、あたしは帰るわ。色々と準備もしねェとな」
「……準備……?」
アルスはまだ若干拗ね気味に尋ねる。
「あァ、まだ言ってなかったか。お前さんとこの町長サンに売り込みにいくのさ。腕の良い鍛冶屋兼冒険者をお一ついかが、ってなァ」
フュリアは先程までとは打って変わり穏やかで爽やかな笑顔を浮かべ、こう続けた。
「また昔みてェに仲良くしようぜ、アルス」




