騒動の後
イルゴニアでの一連の騒動から一夜明けた、ベルラウムの館。
きらびやかな光を放つシャンデリア型の魔法具がぶら下がり、シミ一つない純白のテーブルクロスを被った大きなテーブルが中央に置かれた部屋で、アルスとレン、そしてフュリアの三人は並ぶように席についていた。
テーブルの上には辺境の田舎町に住む二星級冒険者には手が出せないような豪華な食事が並べられている。暖かく香ばしい匂いの湯気を挟んだ向かい側の席にはベルラウムが腰掛け、その横にはメルシェが使用人然とした綺麗な姿勢で佇んでいた。
「どうだね、我が家のメルシェの料理の腕前は。大したものだろう?」
「確かに凄いが……病み上がりだろ?大丈夫なのか?」
「えぇ、ご心配お掛け致しました。体に異常はございません。わたくしは眠らされていただけですから……。フフッ、こう言っては何ですが、意外と快眠でしたわ」
「逞しいねェ。まァ怪我が無くて何よりだ」
フュリアの言葉に、「ありがとうございます」とメルシェは愛想良く会釈する。
「さて……お主らを呼んだのは他でもない。どうしても直接言っておきたいことがあってな」
ベルラウムは立ち上がり、頭を下げる。それに続いてメルシェも先程の会釈のような軽いものではなく、深々と頭を下げた。
「この街を救ってくれたこと、住民を代表して感謝する。ありがとう」
感謝の言葉を述べられたアルスは、レンとフュリアとそれぞれ目を合わせる。三人とも感謝は受け入れるが素直に喜べないといったような微妙な表情をしていた。
「……まだ救えたとは言えない。ドールマキナは生きている。いや、人形だから生きてはいないが……とにかく、壊れてはいないと思う」
「……そうか……私は奴の恐ろしさの片鱗しか見ていないが、直接戦ったお主らがそう言うならばそうなのだろう。だが奴は今や山そのものに潰されているようなものだ。かなりの負傷を負わせているに違いない。それに加え“蛇の眼”の幹部を二人も討ったのだ。百人に問えば百人がお主らを褒め称えるだろう」
そう言って頭を上げたベルラウムは、何故か申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「本来ならばお主らの疲労が癒え、もっと落ち着いた頃にこのような催しをするべきなのだろうが……これから少々忙しくなりそうなのでな……」
「まァ、ドールマキナに対する備えは火急の案件だろうしなァ。やるべきこたァいくらでもあらァな」
「実際のところ、これからどうするつもりなの?」
「ふむ……。ひとまずは街に駐屯している騎士達に洞窟跡の監視をしてもらっている。すぐに状況を把握できる情報網を形成しつつ、王都から更に増員を要請するつもりだ」
「冒険者には依頼しないのか?」
ベルラウムは席に座り直し、渋い顔をする。
「……ドールマキナが封印状態で残っていた事実はイルゴニアの領主である私や騎士団上層部、王やその臣下の一部にのみ存在が伝えられている機密なのだ。一般人にはもちろんのこと、冒険者にもその存在を無闇に明かす訳にもいかなくてな……」
「……あぁ、なるほど道理で……」
洞窟蜘蛛を撃退した直後、洞窟の調査を依頼されたときのベルラウムの煮え切らない態度を思い出し、アルスは一人納得する。
「そのため、ドールマキナに関しては騎士団の管轄になるだろう。お主たちの功績を世に公表できないのは心苦しいが、どうか許してほしい」
「気にしなさんな。その判断は正しいと思うぜ。あんなもんが残ってるなんて世に知れ渡っちまえば色々と厄介なことは起きそうだもんな。……いや、もう実際に起きちまってるか」
「犯罪集団“蛇の眼”……奴らがどのようにしてドールマキナの情報を得たのかは分からぬ。ドールマキナだけでなく、奴らも警戒せねばならん。再びこの地に現れんとも限らぬからな」
「そうだな……。もしまだ俺達にできることがあるなら、いつでも依頼してくれ。微力ながら力を尽くすさ」
ドールマキナが魔王大戦時代の遺物なら、その時代に破壊しきれなかったアルスたちにも責任がある。そのせいで現代の人々が危機にさらされるというのなら、喜んで手を貸すつもりだ。
「ふふふ……そうだな、もしその時が来たならばよろしく頼む。それと、今回の件については――」
「――分かってる。他の誰にも言わないさ」
言われなくともアルスはそのつもりだった。わざわざ世に余計な混乱を招くようなことをする必要はない。
余計な心配だったな、と言わんばかりにベルラウムは小さく笑う。ただの口約束に過ぎないのだが、それを信じてもらえるくらいには信頼を得られているということだろう。
「話はこれくらいにしよう。せっかくの料理が覚めてしまう。今日は我が家の自慢の使用人の味を堪能してくれたまえ」




