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目覚め

 五百年前とは変わった互いの姿にひとしきり笑い合っているうちに、アルスの体の傷はすっかり癒えていた。

 アルスは立ち上がり、フュリアの肩に手を置く。


「もう動けるか?」

「あァ。……しっかし、まさか討ち漏らしちまうとはなァ。久し振りに使ったが、思ったよりも威力が出なかったな」


 首を鳴らし、腕を回し、フュリアは体が動くようになったことを確かめる。


「やっぱり五百年前の時のようにはいかないってことだな、お前も」

「違ぇねェ。ま、お前さんほど深刻じゃなさそうだがなァ」


 イタズラっぽく笑うフュリアに対し、アルスは苦笑いで返す。


「【勇者】の役目は五百年前に終わったってことだよ。それよりも、動けるようになったなら進むぞ」

「……ったく、再会を喜ぶ暇もねェとはなァ。狂喜乱舞お涙頂戴の場面だってのに」


 アルスの心の中は喜びでいっぱいだった。本当なら抱き合って喜びを伝えたいところでもあった。

 だが、今はそんなことをしている場合ではない。危険にさらされている者を救助するのが先決だ。喜ぶのは後でもできる。

 私的な感情を押し込め、アルスは再び走り出す。

 死骸、あるいはまだピクピクと動いているが瀕死の洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の間を通り抜けていく。


「……なァ、アルス。封印の中身ってなんだと思う?」


 ふと、走りながらフュリアは問う。

 それに対し、アルスはベルラウムの館でのことを頭の中に思い浮かべる。


「凶悪な兵器って言ってたな。それに五百年前の代物とも……」

「五百年前っつったら、あたしたちの時代だよな。そんな時代の兵器って……」

「…………」


 アルスは過去の記憶の中を検索する。

 未知の部分が多い凶悪な兵器。当時の人類にそのような大層なものを作り出す技術は無かった。該当するのはおそらく魔王軍が使っていたものだろう。

 魔王軍は魔王が支配する魔物によって構成されていた。凶悪な魔物ならばともかく、兵器となるとかなり絞られるが――


 ――そして、アルスは該当しそうなものを見つけて瞠目する。


「まさか……“ドールマキナ”か!?」


 ドールマキナ――魔王の側近である“魔将”の一人が作り出した魔導兵器。

 主の命を忠実に遂行し敵を殲滅する、まさに破壊の化身と呼ぶに相応しいもの。

 数秒で村を焼き付くし、数分で町を壊滅させ、一晩で都市をも破壊し尽くす。兵器が故に心を持たず、心を持たないが故に容赦も慈悲もない。相手が女子供だろうが戦意を無くした兵士だろうが、問答無用で塵にする。


 その冷酷無比な姿は今でもアルスの脳裏に焼き付いている。


「オイオイオイ、そんなもんが現代に残ってんのか!?ありゃァとっくにぶっ壊れたはずだろ!?」

「確かにそうだ。かつての俺達五人がかりでようやく倒したはずだ。だが、壊れたドールマキナを回収されていたのかもしれない」

「チッ……修復されてたってわけか。確かにあれだけの戦力、手放すにゃァ惜しいもんな」


 アルスは頷く。


「修復が終わって起動する前、それか完全に修復が終わる前に戦いが終わった。そうして残されたドールマキナが二度と起動しないよう、誰かが封印した……そんなところだろう」

「もしそれが本当だとしたらとんでもねェことになるぞ。あんなもんがまた世に出てきたら……」


 アルスは想像するだけで底冷えするような寒気に襲われる。外界に出れば一晩ともたずにイルゴニアという街は廃墟と化すだろう。そしてそのまま目に映るもの全てを破壊し続けて、その被害は世界中に拡散していく。

 何としてもそれだけは避けなければならない。


「見えたぞ、扉だ!」


 そうこう話しているうちに、アルスとフュリアはようやく封印の扉にたどり着く。

 扉の前にいるのはゼムスと呼ばれていた大男。その脇で拘束された状態で膝をついているのはベルラウムだ。


「――ガハハハッ!何だよ、ぶっ壊しゃいいだけだったじゃねえか!ハハハハハッ!」

「あぁ……なんという……なんということだ…………!」


 何度も殴られたであろう腫れ上がった顔を歪め、愕然とするベルラウム。近くで高笑いするゼムスの足元には、バラバラに砕けた魔法具が散乱していた。

 それをアルスが目視したのが合図だったかのように、あの触れることもできないような封印が施されていた重厚な扉が、重量感のあるズズズッという音を鳴らして開いていく。


「……あ?」


 ゼムスは肩越しに後ろを見る。そして邪魔物が入ったことを認識し、不快感を露に舌打ちした。


「チッ、マルベックの野郎、偉そうなこといってやがったくせに……使えねぇ野郎だ。だが……」


 ゼムスはアルスらへの興味を失ったように、あるいは扉の中身への興味が抑えられないのか、再び正面へ向き直る。

 そして――ついに扉は完全に開かれた。


「――ん?んんぅ……?」


 開放された中身を見て、ゼムスの眉間に皺が寄る。


 ――そこにいたのは少女だった。


 見た目は十歳程度だろうか。まだ日曜学校に通っていてもおかしくない年齢である。

 森林に咲く花のような濃い紫色の髪は、後ろ髪こそ肩口程度まで伸びたショートヘアーであるものの、右側の前髪が長い。右目が隠れるどころか、顔の右側半分近くを覆っていた。

 そんな少女が立ったまま眠っている光景は、凶悪な兵器と期待して扉を開いた者にとっては予想だにしなかった光景だろう。それは兵器のイメージとは程遠い、ただの可憐な人形だったのだから。


 しかし――。


「これが……こんなもんが魔王大戦時代の兵器だと?ふざけやがって、ただの人形じゃねえか」


 期待を裏切られたゼムスは失望の光を瞳に宿しながら、少女――ドールマキナへと歩み寄る。子供が興味を無くした玩具に触るような手つきでその頭部を掴もうとした。


「やめろ!近寄るな!!」

「バカ野郎!近寄るんじゃねェ!!」


 血相を変えたアルスとフュリアの叫びが同時に発せられる。


 そう、五百年前、実際にドールマキナと対峙したことのある二人だからこそ知っている。

 その可憐な少女のような、どう見ても人畜無害そうな人形こそ、人々を焼き町を蹂躙した冷酷な兵器――ドールマキナであると。


「あ、なんだ――ぐふすっ!!」


 ゼムスの体が吹き飛ぶ。放物線などという生易しい軌道ではなく、直線を描いてアルスとフュリアの間を通り抜け、凄まじい勢いで地面を転がった。

 何が起きたのかゼムスには分からなかっただろう。だがアルスには、ドールマキナが拒絶するように右手を突き出したのが見えていた。


「………………」


 ドールマキナがゆっくりと目を開き、顔を上げる。その様子は神秘的でもあり、威圧的でもあった。

 寝ぼけ眼のような瞳が、状況を確認するかのように左右に一往復する。そして、前髪に隠れていた右目が妖しく輝き始める。

 その輝きは、それがヒトのかたちをしていながらヒトとは違う存在であることを示していた。


 右目の光に呼応し、ドールマキナの手足に装甲が出現する。

 肘から先、膝から先のみを守護する鎧のようなそれは中央に剥き出しになっているドールマキナの体の細さとは相反する重厚なもので、全体的にアンバランスなシルエットを作り出していた。

 続けて頭部にお椀をひっくり返したのような半円形の装甲が現れ、それをかぶることでドールマキナは完全に覚醒する。


「これが……」


 兵器に対する恐怖心か、はたまた未知のものに対する好奇心か、ベルラウムは崇めるような体勢でドールマキナを見据える。

 ドールマキナは一切の感情のない表情のまま再び右腕を伸ばすと、手が装甲の中に引っ込み、腕の先が筒のようになった。

 その砲口と化した腕に凄まじい量の魔力が収束していく。それが向けられている先には、地面に倒れたゼムスの姿があった。


 アルスが制止を叫ぶ間もなく、腕に収束された魔力が放たれる。高濃度に固められた光のような弾は瞬きする間もなく着弾し、爆発する。

 地面は割れ、岩盤が捲れ上がり、洞窟が悲鳴をあげるかの如く振動する。


 ――そして、爆発したあとには何も残らなかった。ゼムスという人間がこの世から消滅した瞬間だった。


「クソッ、だから言っただろうが!」

「ベルラウム、逃げろっ!そいつは普通じゃない!!」


 ドールマキナの凶眼がベルラウムの方へ向く。


「ひっ……!」


 ベルラウムの顔が一瞬にして青ざめる。今度ははっきりと恐怖している表情だった。

 ドールマキナは腕を向ける。魔力が収束し、死をもたらす光が凝縮していく。


「させるかってんだよォ!」


 それが放たれる直前、戦鎚がドールマキナに向かって振り下ろされた。

 それに気づいたドールマキナは光を霧散させ、もう片方の腕で攻撃を受け止める。

 その隙にアルスはベルラウムへ駆け寄った。


「悪いが腕の拘束を解いてる暇はない。あなたは全力でここから逃げるんだ」

「お、お主達はどうするつもりだ!?」

「俺たちはあいつをここで食い止める」

「な……そんな!危険すぎる!一度逃げて体勢を立て直すべきだ!街にはまだ冒険者も騎士団もいる!彼らと協力すれば……」

「そんな悠長なことをしてる暇はない!奴は眼に映るもの全てを破壊し尽くすまで止まらない!一度でも外に出れば間違いなくイルゴニアは……いや、ここら一帯は火の海になる!何としてもここで食い止めなければいけないんだ!」


 あまりに必死なアルスの凄みに圧され、ベルラウムは何かを言おうとした口をつぐんだ。


「……だから街まで戻って、応援を呼んでくれ。冒険者でも騎士団でもいい。とにかく戦力を集めてきてくれ」

「……承知した。すまない、持ちこたえてくれ!」


 アルスはベルラウムの体を支え、立ち上がらせる。拘束されているのが腕だけだったのが幸いだ。

 最後に自分のやるべきことを頭の中で確認したようにベルラウムは頷き、出口の方へ向かって走り出した。


「――どぉわっ!」


 入れ換わるようにアルスの前に飛ばされてきたのはフュリアだった。


「大丈夫か!?」

「心配すんな、投げ飛ばされただけだ。……んで、領主サマは行ったか?」

「あぁ……無事に逃げられればいいが……」


 フュリアは立ち上がり、戦鎚を構える。


「人様の心配より、自分の心配しろよ」

「……確かにな」


 アルスも剣を構える。

 その目で見据えるは五百年前の遺物ともいえる、破壊の兵器ドールマキナ。

 対してこちらは、当時のような英雄と呼ばれる力を失っているただの冒険者二人。

 勝ち目は皆無と言ってもいい。

 だが、それでも引くわけにはいかない。


「行くぞ!なんとしてもここで食い止める!!」


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