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【武神】

 洞窟の前まで戻ってきたアルスとフュリアは一度立ち止まり、全力で走ってきたことで乱れた息を整える。

 急がなければならないが、焦ってもいけない。少なくとももう一人、ゼムスと呼ばれていた大男がいたはずだ。疲労困憊の状態で突撃して返り討ちでは笑い話にもならない。


「……クククッ」

「……何笑ってんだ、お前」


 唐突に含み笑いをしたフュリアに、アルスは訝しげな視線を送る。


「いやなに、こりゃあなかなかお熱い展開だと思ってね」

「……何言ってんだ、お前」

「わっかんねェかなァ。お前さんも男なら、一度は夢見る王道のクライマックスじゃねェのか?囚われの姫サマを助けに敵陣に突撃ってのはよォ。……おっと、今回は姫サマじゃなくて殿サマか」


 これは不謹慎というべきか豪胆というべきか。

 何が待ち構えているのか、どんな罠が仕掛けられているのかも分からないというのに。


「まったく、()()()()って頼りになるよ」

「カカッ、褒め言葉として受け取っておくぜ。さァて、そろそろ行くとするかい」

「あぁ、慎重にかつ急いでな」


 そうしてアルスは洞窟に足を踏み入れる。前に入ったのはつい一時間ほど前だというのに、その時とは違う張り詰めた緊張感が漂い、どこか空気も重いような気がした。

 アルスとフュリアは再び駆け出す。封印の扉があった最奥まではそう遠くない。


「何だ……?」


 入り口から入り込む光が届かなくなった頃、何とも形容しがたい不思議な音がアルスの耳に飛び込んできた。

 それが魔法の起動音だと気がついたとき、地面が大きく揺れる。いや、地面だけでなく、まるで地震のように洞窟全体が揺れているようだった。

 ほどなくして揺れは収まったが、一体何だったのかという疑問はアルスの中に残る。


(何か仕掛けてきたか?だとしたらどんな……)


 直後に聞こえてきた大勢の足音を聞いて、アルスはその答えをすぐに理解することになる。

 足音といっても人間のものではない。カサカサと不快感を感じるような蠢く音。

 アルスが始めにこの洞窟に来たのは、街中に現れた洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の住処がここだったためだった。臆病で警戒心の強いその魔物が、何かから逃げてきたのではないかという推測に基づいた結果である。

 この洞窟には無数の横穴があった。それだけの数の洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)が生息している証拠だ。

 洞窟全体が揺さぶられ、危機感を煽られた無数の洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)がとる行動は――。


「オ、オイ!奥から何か来てんぞ!」


 蠢く黒い壁。アルスが思い浮かんだ感想はそれだった。

 もはや数えるのも億劫な洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の大群が、目の色を変えて奥の空間の壁から這い出してきている。壁から黒い液体が滲み出ているようにも見えるそれは、洞窟を塞ぐ栓となって迫っていた。


「逃げろっ!」


 一体一体は大したこと無くとも、地を覆う大群となれば話は別である。アルスには逃げる以外の選択肢が思い浮かばなかった。


「……いや、こんなところで時間くってられねェ。無理矢理突破すんぞ」

「馬鹿言うな!どうやって突破するんだよ」

「まァいいから見てなって」


 フュリアは戦鎚を背中から取り、深呼吸を一つ。

 何らかの技能(スキル)を発動させたのか、フュリアの体に力が溜まっていくのを感じられた。


(……あれは……!)


 それはどんどん膨れ上がっていき、黒い波だった洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)一体一体の輪郭が見えるほど近づいてきた頃、フュリアは戦鎚を両手で握った。


「……やるのは久し振りだな。いいねェ、いい感じに昂ってきたじゃねェか!」


 迫り来る黒い壁、その先頭を走る洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)を見据えて、フュリアは体を横に向けて戦鎚を構える。


「うぉるぁあああああああ!!」


 脇を閉め、腰を入れ、力強く踏み込み、ドスの効いた雄叫びをあげながら、フュリアは思いっきり戦鎚をフルスイングした。

 溜め込んだ力を一気に解放したその一撃は先頭を走る洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)に直撃する。その余波が拡散し、周囲にいた数匹もろとも、冗談ではないかと思うほどの勢いで吹っ飛ばした。

 狭い道で吹き飛んだ魔物が弾丸となって別の個体を巻き込み、巻き込まれた個体は次々と壁や地面、天井に叩きつけられ、押し潰されていく。次々とギィッという悲鳴が洞窟中にこだまする。

 やがてその悲鳴が止まったとき、黒い壁は崩壊し大半の洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)は潰れ、残った少ない個体も動きを止めこちらフュリアに釘付けになっていた。

 蜘蛛の表情など分からないが、人間で言うなら唖然としている状態だろう。


(今の技能(スキル)……間違いない!)


剛加(ごうか)

 アルスはその技能(スキル)のことをよく知っていた。

 それは力を全身に溜め、一気に解放することにより次の一撃の威力を劇的に高める技能(スキル)

 絶大な破壊力をもたらすが――その代わりに大きな欠点もあるということも、アルスは知っていた。


「ハァ、ハァ……」


 息を切らし腕を垂れ下げるフュリア。だが瞳に威圧の光を宿したまま、残りの洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)を睨み付ける。

 やがて怖じ気づいたのか、洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)はまさに蜘蛛の子を散らすように洞窟内に引き返し、近くの横穴の中に潜り込んでいった。


「……よっしゃ、これで一丁上がりってね」


 道が開け、安心したのも束の間、フュリアは目を見開く。

 フュリアの近くでひっくり返っていた洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の一匹が起き上がったのだ。

 体は潰れかけ八本の脚も半分動いていない。体を引きずるように、だがかなりの速度でフュリアに這い寄り、洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)は鋭い脚先を振り上げる。


「……っ!」


 だが、フュリアは動こうとしない。ただ迫り来る凶刃を見上げているだけだ。


 ――アルスは知っている。

剛加(ごうか)〉は数秒の溜めの後に凄まじい一撃を繰り出すことができる強力な効果を持つ反面、使用者は反動でしばらく動けなくなるという大きなデメリットを抱えているということを。


 普段なら難なく避けられるであろう攻撃を、フュリアが避けようとしないのはそのためだ。

 動こうとしないのではない。動けないのだ。


「危ない!」


 アルスは叫び、ほとんど反射的にフュリアの前に飛び出る。

 自らの体を盾にしたアルスの左肩を、洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の脚が貫いた。


「アルスッ!?」

「ぐっ……!」


 アルスは激痛に顔を歪めながら、動かせる右腕で剣を抜いて洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の脚を切断する。

 そうして怯んだ洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の頭に剣を突き立てる。元々死にかけだった手負いの魔物は弱々しく鳴き、今度こそ完全に絶命した。


「オイ、大丈夫か!」

「このくらい、何てことな……いっ……!」


 アルスは突き刺さった脚を引き抜き、一層大きく顔を歪める。

 激痛が電撃のように全身を走る中、アルスは青い液体の入った小瓶を取り出し、流し込むように煽った。

 それはフュリアの鍛冶屋に行く前に武具屋で買った治癒の魔法薬(ポーション)である。飲んだ瞬間から効果が現れ、痛みが少しずつ和らいでいく。

 だがいかに傷を癒す効果があろうと削られた体力までは戻すことはできず、アルスは地面に座り込んだ。


「ハァ、ハァ……それより無理するなよ。〈剛加(ごうか)〉の反動でまだ動けないんだろ?」

「ぁ……!?お前さん、どうしてその事を……!?」


 驚愕に染まったフュリアの顔を、アルスは可笑しいものを見る顔で見上げた。


「俺の仲間がよく使ってたんだよ。そいつはよく加減を間違えて戦場のど真ん中で動けなくなってさ。その度に『後は頼むぜ』って言って俺にフォローさせるんだ」


 ――アルスは〈剛加(ごうか)〉という技能(スキル)のことをよく知っている。

 アルス自身が使えるわけではない。だが、アルスがよく知る仲間が好んで使っていた。


「一撃で決めなきゃ、一気に窮地に陥る。そんな博打に近い使いにくい技能(スキル)、よく使おうと思うなって聞いたら……そいつは何て答えたと思う?」


 まだ治まりきっていない痛みも忘れ、技能(スキル)の反動で動けないことも忘れ、二人の視線が交差する。

 そしてフュリアは何かを確信したような表情を見せると、わざとらしく咳払いをして喉を整え、いつもよりも低くした声でこう答えた。


「『ロマン溢れるいい技だろ?』」


 ――――。

 静寂が舞い降りる。

 そして――


「ハハハハハハッ!何で女に生まれ変わってるんだよ【武神(レイハルト)】!」

「お前さんこそ!随分ひ弱そうになっちまったなァ【勇者(ノア)】よォ!」


 二つの高らかな笑い声が、洞窟に響き渡った。


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