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レン vs マルベック③

 突然ぞわりとしたおぞましい感覚が全身を駆け巡った。

 マルベックはその感覚を与えてきた主を探すべく、不安に駆られた小動物のように周囲を見回す。

 しかし、いるのは目の前のレンという少女のみ。しかもその少女は無様に打ちひしがれ、息も絶え絶えといった状況。

 自分の身に何が起こっているのか理解できないマルベックは困惑し、粟立った腕を袖の上から撫でる。


 ――その時、黒い嵐が巻き起こった。


「……な、何だこれは!?」


 荒れ狂う力の暴風。渦巻く殺意に肌を貫き身を焼かれる感覚に戦慄き、マルベックは全力で後ろに飛ぶ。魔術師であるが故に激しく動くことに慣れていないマルベックは自分の咄嗟の動きに足がもつれてよろけた。

 すぐに体勢を立て直し、再び黒い嵐を見据える。黒い嵐というのは比喩ではない。本当にそこには、黒く染まった魔力とは似ても似つかない力の奔流があった。


 そしてその中心には、あの少女がいた。


(このような現象は見たことも聞いたこともない!一体何が起こっているというのだ!?)


 レンはだらんと首を前に垂れ下げた異様な格好のまま剣を引き抜く。拡散し続けるかに思えた黒い力は収縮し、レンの体に、そしてその剣に纏わりついていく。

 レンはおもむろに顔を上げる。乱れていたはずの息はいつのまにか整い、火傷の痕があった肌は瑞々しさを取り戻している。

 そしてその瞳の輝きを見た瞬間――


 ――剣がマルベックの喉を貫いた。


「……がっ……!?」


 痛みは無い。ただ冷たい刃が喉を通り、後ろまで突き抜けている感覚だけがある。

 全身から力が抜けていく。視界が縁から暗くなっていく。呼吸ができず、このまま命の灯火が消えていくかと思われた時――


「か、はっ……ハァッ、ハァッ、ハァッ!」


 マルベックは呼吸の仕方を思い出したように空気を貪り、喉を触って確かめる。

 喉を貫かれてなどいない。剣など突きつけられていない。そもそも――レンはあの場から動いてなどいない。

 全てあの殺意を具現化したような黒い力に当てられて見えた幻覚だと理解したとき、静かな声が響いた。


「――許さない」


 たった一言。

 その一言がマルベックに心臓を鷲掴みにされたような感覚を与える。

 言葉の意味がそうさせているのではない。それに含まれる暗く冷たい感情がマルベックの額に滝のような汗を流させていた。


(駄目だ、こいつは生かしておいてはならない。この場で確実に葬らなければ……!)


 生き物としての生存本能がそう警鐘を鳴らしていた。

 マルベックはまだ残っていた〈電撃機雷(エレクトリックマイン)〉を全て発動させる。無数の泡のように浮かび上がった電気の球がレンを囲み、同時に炸裂。先程の何倍もの威力の電撃爆発を巻き起こし、地面が弾け土煙が舞い上がる。

 普通の人間ならば即死だろう。だが、相手は普通の人間ではない。念には念を入れ〈空間跳躍(ジャンプワープ)〉を発動し、更に離れた場所に転移した。それと同時に頭上にキープしておいた詠唱途中の魔法も転移先のマルベックの場所まで移動する。


「詠唱途中のままキープしておいてよかった。これならばすぐに発動できる。我が最高位の魔法、受けて灰となるがいい!!」


 マルベックが頭上の魔法が解き放たれ、天高くに巨大な輪状の魔法陣が展開する。


 雷系統の最上級魔法〈神聖なる(ディヴァイン)電撃の巨剣(ライトニングセイバー)


 直径にして三十メートルを越えるその輪の中心から巨大な剣の形をした雷が現れ、地表に向かって急降下。収縮されきれずに大気中に残っていた黒い力の残滓を穿ち、凄まじい雷撃を周囲に放ちながらその大元の少女へと落下する。

 耳を貫く轟音、全てを白く染める雷光が術者であるマルベックの五感すら奪う。それほどまでに凄まじい威力だった。


 これであの少女は終わりだろう。マルベックは冷や汗をそのままにほくそ笑む。

 白んだ視界が徐々に色を取り戻していく。視覚が戻り、マルベックはレンがどうなったのかを確かめるべく目を凝らす。

 魔法が落下した地点はクレーターのように陥没していた。

 それだけの威力をその身に受けて生きているはずがない。

 ――しかし次の瞬間、その考えは否定されることとなる。


「…………ば……馬鹿…………な…………」


 クレーターの中心に、少女は無傷で立っていた。

 あまりの信じられない光景に、マルベックは吐き気すら覚える。

 自分が放てる最強の威力を持った魔法。地形を抉るほどの威力を以てしても、あの少女は倒せない。


「何だ……!何なんだ貴様は!?」


 悲鳴にも似た声で絶叫する。

 その答えは返ってこない。

 しかし、マルベックがただ一つ分かっていることは――。


「アルを侮辱する奴は、ボクが潰す」


 ――これから待ち受けているのは、絶望しかないということだった。


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