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重なる姿

「さすが冒険者やってるだけはあるな。助かったぜお二人さんよ」


 フュリアはからからと笑う。

 気味悪がって洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)の死骸から目を逸らしたり、逆に警戒して何度も見る他の住民たちとは違い、明らかに魔物という存在に慣れているようだった。


「いや、こっちも助かった。あんな高いところにいられちゃ手が出しづらかったからな」

「あんな粗末な魔法でよけりゃ何発でもぶん投げてやるさ。……にしても、こんな街中に魔物が入ってくるなんてな」

「怪我人もいなさそうだし、早めに対処できてよかったね」


 などと話していると、未だざわつく野次馬を割って近寄ってくる者が一人。


「お主たちがこの魔物を退治してくれたのかね?」


 立派な髭を蓄えた、白髪混じりの初老の男だった。アルスは他の二人と顔を見合せた後、代表してゆっくり頷く。


「……あなたは?」

「おっと失礼した。私は領主のベルラウムという」


 男――ベルラウムは紳士的に頭を下げる。


「このままでは住民に被害が及ぶところだった。街を代表してお礼を言わせてもらう。ありがとう」

「いや、当たり前のことをしただけだよ。それよりも領主様、この街では魔物が入り込んでくることはよくあることなのか?」

「……いや、少なくとも私が領主になってからは一度も無かったな。ましてや洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)など……」

「この近くで洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)はどの辺りに生息してるんだ?」


 ベルラウムは街の外にそびえ立つカレイコルス山脈を指差す。


「山の麓にある洞窟の中に住み着いている。臆病な気質だから、外に出てくることは滅多にないのだが……」

「何らかの理由で出てきて、街に迷い込んだと?」

「そういうことだろう。問題はその理由が何なのか、ということになるか……」

「別のおっかねェ魔物が住み着いた可能性もあるし、一度見に行った方がいいんじゃねェか?」

「確かに。また洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)が街に入ってくるかもしれないしな」

「……う、む」


 ベルラウムは眉間に皺を寄せる。その歯切れの悪い返答にアルスは違和感を覚えた。


「どうしたんだ?何か問題が?」

「いや何でもない。……そうだな、住民の安全が最優先だ」


 それはどこか自分自身に言い聞かせているようにも思えた。アルスは更に訝しげに思うが、同時にフュリアの声が響く。


「なら決まりだな。丁度ここに冒険者が()()いるし、いっちょ景気よく依頼しとくれよ」

「……三人?」


 この場にいる冒険者はアルスとレンの二人のはずである。

 そう思っていたアルスの目にフュリアの姿が入り、その疑問はすぐに瓦解した。


「……もしかしてお前も冒険者なのか?」

「ありゃ、言ってなかったっけか?まぁ副業って奴だな」


 アルスは驚くよりもむしろ納得がいく。魔物に対して恐れがなく、むしろ戦い慣れている様子だったのはそれが理由かと。


「……分かった、お主らに任せよう。すぐにでも向かってもらいたいが……その前に一つ」


 そこで言葉を切ると、ベルラウムは周囲の野次馬を見渡す。まばらに散ってはきたが未だ多くの人々が集まっていることを確認すると、彼らに聞こえないように声をすぼめた。


「もし洞窟の中で見慣れぬものを見つけても決して触れず、決して口外はしないでくれ。それだけは約束してほしい」


 それがどういうことなのかは分からない。だが、わざわざ断る理由もない。


「……分かった。約束しよう」

「ありがとう。では私、領主ベルラウムの名において依頼する。洞窟内の調査し、異変があった場合は可能な限り排除してくれ。済まないが街の安全のためにも、よろしく頼む」

「あぁ、全力を尽くすさ」


 アルスとベルラウムは握手を交わす。

 その時視界の端にレンの姿が目に入り、アルスは彼女に何も相談せずに独断で依頼を受けてしまったことに気がついた。


「あっ……勝手に引き受けてごめんな。せめて一言、お前に同意を得るべきだった」

「ううん、アルがそう決めたならボクに異論はないよ。街のみんなが危ないかもしれないのに、見て見ぬ振りなんてできないしね」


 そう言ってレンは微笑む。アルスは安堵しながら感謝の気持ちを込め、彼女の頭にポンポンと優しく触れた。


「それじゃまァ、行くとするかねェ」


 その横で腕を上げて体を伸ばすフュリア。気合い充分と示すように腕を回し、戦槌を背中にかける。

 完全に同行する流れであるが、先程の戦いっぷりから彼女の実力は認知済みである。もしもの時は心強い戦力となってくれるだろう。


「フュリア、よろしく頼む」


 アルスは手を差し出す。共に行動する仲間として改めて挨拶を交わすためだ。フュリアもそれに応じ、差し出された手を握り返す。

 何度か軽く上下に動かして固い握手を交わした後、アルスは離そうとするも手が動かない。フュリアが手を離さず、じっと握り会う互いの手を見つめていたからだ。


「お、おい、どうした?」


 不安になって問いかけると、フュリアはアルスの目に視線を移す。嬉しそうなような寂しそうなような、何とも言い表せない笑みを浮かべていた。


「……何でだろうな?こうしてお前さんと握手を交わすのは、今日が初めてじゃねェような気がしてならねェんだ」

「……?」


 何を言っているのだろうと眉をひそめるアルスに、フュリアは更に続ける。


「思えば、初めて見た時から妙な既視感があるんだよな、お前さんたちは」


 ポツリと呟くようなフュリアの言葉。その瞬間――


「……っ!?」


 ――まるでそれが幻術の魔法の詠唱であったかのように。

 アルスの心臓の鼓動が高鳴り、全身が沸き立つ。

 そして――目の前にいる人物が、それとは違う人物に重なって見えた。


「……変なこと言っちまったな。気にしないでくれ。さて、ちょいと工房を閉めてくるから待っててくんな」


 しかし、その感覚を頭で処理しきる前に手を離され、アルスは我に返る。

 フュリアは鷹揚に手を振りながら鍛冶屋の中へ戻っていった。


「……どうしたの?何か言われた?」

「…………」

「……アル?」


 二度声をかけられ、ようやくアルスは反応を示す。


「……ん?あぁ、いや、何でもない」

「そう……?ならいいけど」


 不思議そうな顔を見せるレンだが、それ以上追及してはこなかった。

 アルスはフュリアと握手した手を見つめ、先程の感覚を思い出す。


 前にも似たような感覚があったような気がすると過去の記憶から検索し、思い出したのはカーネ森林でのこと。すなわち――レンと初めて出会った時。

 それは、見た目は全くの別人となっていたレンの姿が【聖女(レントローゼ)】と重なって見えたあの瞬間の感覚に似ている。


 ――そう。フュリアの姿がとある別の人物に重なって見えていた。

 その人物の名を――レイハルト。

 現代における五英雄の一人として数えられ【武神】の二つ名を戴く男。

 かつてアルスが共に魔王と戦った仲間の一人であった。


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