襲来する蜘蛛
「よぉ、お二人さんお帰り。デートは楽しめたかい?」
鍛冶屋に入った途端にかけられた言葉に、アルスは「お前は俺の何なんだよ」と呟く。
そんなアルスの代わりにレンが満面の笑みで返事をした。
「うん、お陰さまで楽しかったよ!」
「そうかいそうかい、そりゃよかった。こっちもちょうど終わったところさ」
フュリアは預けていた剣二本と金槌を差し出す。
歪んでいた金槌はくの時に曲がっていた柄が真っ直ぐに直されただけでなく、錆びて赤黒くなっていた頭も艶のある黒色に戻っている。実は新品とすり替えましたと言われたら信じてしまいそうだ。
金槌が問題なく直されていることを確認したアルスは、次に剣を抜く。
鞘に納められている姿を見た瞬間からある程度予想していたが、これまた見事なものだった。
銀色の剣身は自分の顔が映るほど綺麗に磨かれ、光を反射して輝いている。自分でやるのとは大違いで、心なしかいつもよりも剣が軽く感じられた。
「へぇぇ……」
レンも自分の剣を眺めて満足そうに吐息を漏らす。
「驚いたな。自分で手入れするのとはまるで違う。こんなに変わるもんか」
「そんなに満足してもらえて嬉しいねェ。こっちもやった甲斐があるってもんさ」
「……正直言うとあんまり信用してなかったんだが、ちゃんとやることはやってくれたんだな」
「オイオイオイ丹精込めて真剣にやってやったってのに、そりゃねェだろ相棒。あたしのどこが悪かったってんだ」
「いやだって他に客いないし、妙に馴れ馴れしいし、頼んでもないのに余計なことしようとするし、なんか柄悪いし……」
「容赦ねェな!?少しは気ぃ使えよ傷つくぞ!」
そんな二人のやり取りを少し引いた場所で眺めていたレンは、くすっと小さく笑みをこぼした。
「今日会ったばかりなのに、二人とも仲良いねぇ」
「いや店主と客の距離感じゃないだろ、これ」
「カカカッ、仲良きことは美しきかなってね。交流が深まるってこたぁ結構なことじゃねェの。お前さんたち名前は?」
「……アルスだ」
「ボクはレン」
「アルスとレンか……。何だかお前さんたちとは長い付き合いになりそうな気がするな。カカッ、今後ともご贔屓にな」
――何だか変な奴に出会ってしまったな。
そう思う頭とは裏腹に、アルスの心に不快感はない。
フュリアは出会ったばかりなのに初対面ではないような、話をしていてそんな気分になる不思議な人物だった。だからこそ遠慮のないことも言えるのかもしれない。
(もし今後鍛冶屋に世話になるようなことがあったら、またここに来るのもいいかもな)
レンとも身長差など関係なく肩を組もうとするフュリアの姿を見ながら、アルスはそんなことを考えていると――
「――うわぁあああああああああーーっ!!」
絶叫が響き渡る。聞いたものの肌を粟立てるような、絶望感にまみれた声。
聞こえてきたのは鍛冶屋の外だった。声の大きさからして遠い場所ではない。
「な、なんだァ!?」
「レン!」
アルスはレンに目配せする。レンはそれに気づくと何も言わずに頷き、それを確認したアルスは蹴破るような勢いで扉を開けて外に飛び出した。
***
悲鳴をあげながら逃げる人々。その中心にいたのは人と同等以上の大きさを持つ茶色い蜘蛛だった。
蜘蛛型の魔物“洞窟蜘蛛”。その八本の脚の先端は槍のように鋭く、赤黒く輝く蜘蛛の目が不気味さを表面に押し出す。もごもごと動く食肢は獲物を貪るのを心待ちにしているようだった。
一体どこから現れたのやら、その数は三匹。前方の地上に二匹、向かいの建物の壁に張り付いているのが一匹である。
いずれも真っ直ぐに外に出て来たアルスを見据えている。まるで、獲物が縄張りに入り込んでくるのを待っていたかのように。
そのうちの一匹が大きく跳躍。自身の体高の数倍を軽々越える跳躍力を見せ、鋭い脚を振り下ろす。
「くっ……!」
アルスは剣を抜き、受け止める。ズシンと重みが腕に伝わり、生物の脚にぶつかったとは思えない金属音が鳴った。
「ハァッ!」
銀色の閃光が切り抜ける。レンの斬擊により、洞窟蜘蛛の腹部と頭胸部が切り離された。
力が伝わらなくなり軽くなった脚を弾き返し、アルスは切り離された頭に剣を突き立てる。
洞窟蜘蛛にとどめをさせたことを感触で確信すると、アルスは次の洞窟蜘蛛に視線を移す。
地上に残るもう一匹は脚を上げて威嚇するが、仲間がやられたことで警戒心を刺激されたのか飛びかかっては来ない。そこに今度はレンが剣を構えつつ飛びかかる。
反撃を許さぬ、神速の剣擊。
次の瞬間、再び洞窟蜘蛛の体が二つに割れる。
残るは建物に張り付いた一匹。更に警戒心を強めたのか、下に降りてくる気配がない。そのまま逃げてくれればいいのだが、その気配もない。
洞窟蜘蛛はそのまま体を反らすようにして腹部の先端を正面に向けると、そこから糸を噴出した。
アルスとレンは左右に分かれるようにそれを回避する。
蜘蛛といえば糸である。魔物である洞窟蜘蛛例外ではなく、鋭利な脚による攻撃以外にも糸を絡めて獲物の動きを止めることを得意とする。
剣の届かない場所から糸を出されるのはシンプルながらも厄介だ。回避するのは難しくないが、こちらの攻撃手段を限られる。
こういうときのための遠距離攻撃手段が欲しいところだが、今現在のアルスとレンにはその手立てがなかった。
(さて、どうするか……)
アルスが頭を悩ませていると――
「――あたしに任せな!」
鍛冶屋の中から飛び出してきたのはフュリアだ。
戦槌を片手で肩に担ぎながら前に出たフュリアは、空いている手で魔法を発動させる。
〈焔球〉
フュリアは掌に作られた拳大の火の玉をボールを投げるように全力投球する。それは洞窟蜘蛛に直撃、爆炎を吹き上がらせた。
「そら……よっとォ!」
その衝撃に耐えきれず剥がれ落ちてきた洞窟蜘蛛の頭に向かって戦槌が振り下ろされ、青い体液が飛び散る。頭を潰された洞窟蜘蛛はピクピクと脚を痙攣させ、やがて絶命した。
魔物が全滅し、逃げ惑う住民たちの悲鳴も止まる。
「おぉ……すげぇ」
「助かった……」
様々な方向から安堵の吐息と言葉が聞こえる中、アルスの視線はフュリアに集中する。
魔物に対して全く怯まないどころか、魔法で魔物を叩き落とし、流れるようにとどめを刺す先程の動きは、一介の鍛冶屋には見えない戦いに慣れた者の動きだった。
「……お前、戦えるのか」
その呟きが聞こえたのか否か、フュリアはアルスの方を見て自慢気に笑った。




